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Duel・Duet ―砕かれた憧れの先へ―  作者: べちかつ
『銀夜の弱起』
5/14

E4.MMOは助け合い


 何らかの要因が引き金となることで発生する特殊行動。

 一部のモンスターには、そんな厄介な仕様が存在する。


 ボス級に実装されていることが多いそれは、強力な広範囲攻撃や形態変化など多種多様だ。

 

 その中でも、俺たちプレイヤーが“HP予兆”と呼ぶのは、体力が一定値を割り込むことがトリガーとなって発動する特殊行動である。

 

 このHP予兆の何が厄介かと言えば、規定値を越えるダメージを与えても余剰分をすべて無効化し、強制的に行動を完遂させる点にある。しかも発動中は凄まじい被ダメージ軽減を纏っており、攻撃は事実上通らない。

 

 運営の『これから必殺技を放つから、大人しく避けてみろ』という意志を感じざるを得ない仕様だ。


「何が来る……?」


 いつでも刀を抜き放てる体勢で、オーガの一挙一動を注視する。

 

 主武装であるハルバードを地面に突き刺した以上、次の行動は予測できない。

 今はただ、あらゆる事態に備えるしかなかった。


「グオォォォォォ!」


 ハルバードから手を放し、天に向かって吠えるオーガ。最初の咆哮とは比べ物にならない音圧が、周囲の木々を震わせる。

 

 鼓膜を(つんざ)く轟音に反射的に身体を屈め、耳を塞ごうとした瞬間――それを待っていたかのように、オーガが跳んだ。


「まずいっ!」


 急いで刀に手をかけるが、反応が一歩遅れた。

 飛びかかってきたオーガの巨躯に押し潰され、逃れる隙もなくその太い腕に組み伏せられる。

 がっちりと固められたオーガの両手は、俺がどれほど抗おうとも微塵も動かない。刀を抜くことさえ封じられ、背筋に冷たいものが走る。

 

 もはや抵抗は叶わない。俺にできるのは、次の攻撃が割合ダメージであることを祈ることだけだった。

 

「……死なない程度に頼む」

 

 鼻息を感じる距離にある醜悪な顔に向け、冗談めかして語りかける。

 だがその願いも虚しく、俺は地面へと強く叩きつけられた。


 視界の端でHPゲージが激減し、30%以下(イエローゾーン)へと突入する。だが、これだけでは終わらない。むしろ本番はここからだ。

 

 オーガは両手を絡ませた巨拳を、天高く振り上げている。

 仰向けに倒れる俺を、太陽を背にした拳が真っ向から見下ろしていた。

 

 叩きつけの衝撃で、“|Capacity Point《残ダウン容量》”――『体勢を崩すまでの耐性値』を削り切られている。

 強制硬直に陥った今の俺には、回避もスキル発動も不可能。死は免れない。


 ごめん――。


 心の中で少女に謝罪する。

 派手に助太刀に入っておきながら、この無様さは情けない限りだ。

 

 羞恥心をごまかすように力ない笑みを浮かべた時、不意に振り下ろされる拳の先にある空がキラリと光った。

 星のように光ったそれに、俺は一筋の希望を見つける。


「【ライトニング・ストライク】!」


 少女の凛とした声が響く。

 直後、空を割って放たれた落雷がオーガを直撃した。

 凄まじい轟音が響き渡り、余波によるダメージが俺のHPをも微かに削る。

 

 特殊行動中のオーガにダメージは通らない。


 だが、“痺れ”だけは通った。

 それが必殺の拳に、ほんの少しの遅延(ディレイ)を生む。


 たった一秒。

 けれど、結末を変えるには十分だった。


「ナイス」

 

 俺は少女に賛辞を送り、硬直の解けた指先で柄を握る。

 仰向けのまま繰り出すのは、もう一つのエリートスキル。奇しくも、雷を名に冠するものだった。


「【紫電春雷(しでんしゅんらい)】!」


 抜き放たれた一閃が、紫の軌跡を描いて巨拳を迎え撃つ。

 

 不利な体勢、圧倒的な力差。

 しかし刃が触れた瞬間、仰け反ったのはオーガの方だった。


 攻撃力をすべて『体勢崩し(CP)』へ変換する、極端なカウンタースキル。

 対象の肉体に直接触れねばならず、防具に阻まれれば無効化されるという取り回しの悪さはあるが、こと体勢崩し(ダウン)性能においてはゲーム内随一を誇る。

 

 当てることさえできれば、どれほどの巨躯であろうと強引にパリィを成立させる破格の性能。


 パリン、とガラスが割れる音が響く。

 

 パリィ成功の合図とともに、オーガを包んでいた不気味な赤いオーラが霧散した。

 

 軽減効果は消えた。

 

 俺は跳ねるように身体を起こし、吸い込まれるような突きを放つ。

 狙うは、核の眠る胸の中央。ただ一点。


「【縮地】」


 スキルによる超加速が乗り、刀がオーガの胸中へ深々と突き刺さる。

 

 弾けるようなダメージエフェクト。確かな手応え。刀身は間違いなく、敵の核を貫いていた。


「グォォォ……」


 力なく崩れ落ちるオーガ。HPは完全に尽き、その巨体は灰となって霧散していく。脳内にレアドロップの通知音が鳴り響くが、確認は後回しだ。

 刀を静かに鞘へ納め、俺は後方に立つ少女へと歩み寄った。


「お疲れ様。それと最後のスキル、助かった」

 

「い、いえ……! あんなことくらいしか出来ませんでしたし……感謝するのは、助けていただいた私の方です!」


 彼女はぶんぶんと手を振り、恐縮した様子で深く頭を下げた。


「気にしなくていい。MMOなんて助け合いだし」

 

「それでも、本当にありがとうございました」


 実戦での素直な感謝は、どこかむず痒い。

 俺は照れ隠しに、背後に立つ二つの十字架へと視線を向けた。


「蘇生はここで?」

 

「そうですね。蘇生魔導薬液(リバイブポーション)もありますし、ここで蘇生(おこ)していこうと思います」


「それじゃあ、蘇生が済むまで周りは警戒しとく。……それと、もし良ければ体力回復魔導薬液(ヒールポーション)を分けて欲しい。もちろん、代金は払う」

 

「えっ、あ、はい! ただ……中級以上を切らしてしまっていて、下級でも大丈夫でしょうか?」

 

「もちろん。回復できるなら何でも助かる」

 

「では、三本ほどお渡ししますね」


 緑色の液体が詰まった試験管を三つ受け取り、そのうちの一本の栓を抜いて飲み干した。

 

 苦みのある冷たい液体が喉を通り、視界の端のHPバーがじわりと上昇し始める。

 

 一分間かけて三割ほどを回復する持続型の回復魔導薬液(ヒールポーション)

 中断されないよう注意は必要だが、ひとまずの安心は確保できた。


「お金は、言い値で払う」

 

「いいえ、要りません! こうして護衛までしてくださっているんですから」


 二つの十字架を中心に、蘇生魔導薬液(リバイブポーション)で魔法陣を描きながら、少女は笑顔で首を振った。


「こう見えても金は余ってる。遠慮しなくていい」


 地味な装備のせいか、昔から貧乏人に見られることが多かった。

 実際は最高級素材を用いた匠の品なのだが、装飾がないためレアリティが伝わりにくいらしい。

 

 だが少女は、「それでも」と譲らない。


「助けていただいたお礼だと思って、受け取ってください。それに『MMOは助け合い』なんですから」


 そう言われると断るのも野暮だ。


「……わかった。なら、有り難く頂いておく」

 

 俺がそう言って頷くと、彼女は満足そうに微笑んだ。

 そして胸の前で手を組んで、詠唱を開始する。


「『気高き魂よ、旅立つなかれ。戦士の器よ、朽ちることなかれ。旅は終わらず、果てなき高みを目指して歩め』」


 厳かな声に導かれ、オーガが消えた場所に漂っていた青い火玉が十字架へと吸い寄せられていく。

 あれは対象を討伐(キル)したことで解放されたプレイヤーの魂だった。


「『汝がいま一度望むのであれば、この世に再び舞い戻らん』――【リバイブ】」

 

 詠唱の終わりとともに、天から眩い光柱が降り注いだ。

 光が収まると、そこには十字架の代わりに二人のプレイヤーが姿を現していた。

 

 一人は、軽装に双剣を帯びた少女。

 素早さに長けたシーフ系の前衛職だろうか、利発な瞳が周囲を警戒するように動いている。

 好奇心旺盛な少女と言った感じで、蘇生魔法を使った落ち着いた雰囲気の少女とは対照的だった。

 

 もう一人は、大盾と片手剣を装備した少年。

 典型的な重装戦士(タンク)といった出で立ち。ゲーマーにしては珍しい純粋そうな少年で、性格は純朴そうだ。

 死んだ(デス)した事を謝罪しているのか、深々と仲間たちへ頭を下げているのが好印象だった。

 

 三人が話し合っているのを少し引いた位置で見守りつつ、俺は二本目の回復魔導薬液(ヒールポーション)の栓を開ける。

 

 無理に顔を突っ込む事はしない。

 助けたと言え、俺は部外者である。パーティーとして色々と話したい事もあるだろうし、なにより仲良く談笑しているグループに話しかけられる程のコミュ力は持ち合わせていなかった。


 HPの回復をぼんやりと眺めていると、話を終えた三人がこちらへ駆け寄ってきた。


「助けていただき、本当にありがとうございました!」

 

「「ありがとうございました!」」


 先頭の少年が勢いよく頭を下げ、後ろの少女二人もそれに続く。


「そんなに畏まらないでくれ。当然のことをしただけだし、返礼にポーションももらったから」


 空になった試験管を見せ、少しおどけて笑ってみせる。

 

 実際、動機はポーション目的だった部分もあるのだ。感謝されるたびに、小さな罪悪感が胸を突く。

 俺はそれを誤魔化すように、努めて明るく話題を切り替えた。


「俺は“セツ”。君たちの名前、聞いてもいいか?」


 俺は三人にプロフィールカードを送信した。

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