E3.怒れるオーガ
「HP回復魔導薬液が劣化してる……」
戦闘で削れたHPを回復しようとインベントリをまさぐっていた俺は、手持ちの魔導薬液が軒並み使用期限切れになっていることを知る。
魔導薬液なんて買ったそばから使っていたため、使用期限なんて気にしたことがなかったのだが、倉庫に入れず携帯しているものは、二ヶ月ほどで劣化する仕様だったらしい。
「実質、回復縛りか」
HP回復魔導薬液以外に回復手段を持たない俺は、先程の戦闘で削れたHPバーを見て苦笑いを浮かべるしかなかった。
街に着くまでに、あと数回は戦闘があるだろう。
身体の感覚を取り戻すつもりで軽くこなす予定だったが、回復できないとなれば死亡する可能性はぐんと高くなる。
いきなりハードモードだ。
「戦闘はできるだけ避けつつ、ステルス重視だな」
周囲の敵の居場所を探知する【気配探知】などといった便利なスキルは使えないが、俺は音や気配を減少させる【鶯殺し】というパッシブスキルを装備している。
対人戦において、相手がこちらを見失った際に音で位置を把握されるのを防ぐのに重宝していたのだが、魔物相手であれば発見される範囲が狭くなるといった効果があったはずだ。
右手の人差し指と中指を立て、トントンと左手の甲を二度叩く。それにより目の前へ表示されたメニュー画面の中から、俺は『ステータス』と書かれた項目を選択した。
――――――――――
PN:セツ
LV:200
JOB:剣豪【V】
HP(体力):11050/12500
MP(魔力):0/0
CP(ダウン容量):500/500
STR(物理攻撃力):8750
INT(魔法攻撃力):0
VIT(物理防御力):3750
MND(魔法防御力):3750
AGI(敏捷性):6000
DEX(器用さ):50
LUK(幸運):50
Master Skill:【龍墜とし◆】
Elite Skill:【朧月◆】【紫電春雷◆】
Normal Skill:【縮地◆】【燕返し◆】【露払い◆】【飛翔斬◆】【慧眼◇】【鶯殺し◇】【骨断◇】
Job Skill:【侍◇】【刀を極めし者◇】【剣豪◇】
Weapon Skill:【追閃◆】【揺季◇】
(◆Active Skill ◇Passive Skill)
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ずらりと並んだ文字の中から、Normal Skillの欄にある【鶯殺し】をタップし、詳細を確認する。
――――――――――
【鶯殺し】
身軽な者の前では、回廊の鶯は死んだも同然である。
1.『自身から発生する音を減少させる(自身の重量に比例し、下限値は10)』
2.『規定重量以下の場合、攻撃予兆に反応する敵スキルを無視する(60sに一度)』
3.『被発見範囲が小さくなる(上限値は50%)』
――――――――――
文言はフレーバーテキストに至るまで、過去に見たものと同じである。半年離れていた間にも、このスキルに大きな変更は入っていないようだ。
上方修正はともかくとして、下方修正は覚悟していたのだが、その様子もない。
俺の剣豪は、まだ“生きていた”。
しかし改めてステータスを見ると、我ながら本当に尖ったスキル構成である。剣豪というジョブの特性ゆえに魔法スキルも遠距離スキルもないのは仕方がないとしても、制約なしで使える攻撃スキルすら二つしかない。
極端なコンセプト構成だけに、ハマれば滅法強い。だが、相手の魔物によっては苦戦を強いられることも多かった。『私の存在に感謝しなさいよ』と、一緒にダンジョン攻略を行っていた相方からは毎度のように言われていた。
鈴のような声音と共に浮かぶのは、ミリタリーロリィタと呼ばれるファッションを身にまとった“魔導調合師”の少女である。
会うたびに『お金がない』とぼやいていた彼女――“クレア”は元気にしているのだろうか。
あんな別れ方をしたのだ。憤っている姿が目に浮かぶ。
そうやって気になってはいても、俺はフレンド欄すら開けない。
『女々しいやつだ』と、爺さんの声が聞こえた気がした。
「おっと」
躓いたのは木の根だった。
目を逸らすように彼女のことを思考の隅へ追いやり、先程の戦闘を思い返す。
いまいち身体が馴染んでいない感じがする。
なんだか上手く力が入らなかったり、力みすぎてしまう。
現実の体格に寄せているため感覚のズレは起こりにくいはずなので、久しぶりのVWであることが原因なのだろうか。
ゴブリンに激突なんて一度きりで十分だ。
早く身体に慣れないと。
せめてもの足掻きに、手を握っては開く。軽く上半身をストレッチし、歩きながら腿上げも試してみた。
「ギギー」
突然聞こえたゴブリンの声に、ストレッチをやめて急いで茂みに隠れる。
軽減されているとはいえ、流石に音を出しすぎたか。
しかしゴブリンはこちらには気付いていないようで、どこかへ向かうように走り去っていった。
「なんだ?」
焦った様子で、何かから逃げるようにも見える。
もしかすると、誰かがやり損ねたゴブリンかもしれない。
それなら飛び出て仕留めるべきか。
だが、そう考えた時には既にゴブリンの姿は消えていた。
視認性の悪い森の中だ。
緑色の皮膚という天然の迷彩を持ち、小さくすばしっこいゴブリン。追いかけても無駄だろう。
それよりも。
俺はゴブリンが来た方向に目を向ける。
ゴブリンが逃げて来たということは、人がいるかもしれない。
最短ルートを少し外れるくらいだし、向かってみるのも悪くない。人がいれば、交渉次第でHP回復魔導薬液を売ってくれる可能性もある。
「行ってみる価値はあるか」
この森を抜けた先に待つのは、街を囲むように存在する広大な丘陵だ。
そこでは身体を隠すことのできる遮蔽物は少なく、魔物との戦闘は避けられないだろう。
保険としてHP回復魔導薬液を確保しておきたかった俺は、ゴブリンが来た方向へ進路を変更することにした。
――ボンッ!
進路を変えて数分。進行方向から爆発音が聞こえた俺は、煙が上がった方向へ向けて全速力で走り出す。
木々が生い茂るこの森で、煙が上がるほどの規模の魔法を撃つ。それ自体が救難信号のようなものだった。
前衛が潰れたか、処理しきれない量の敵に囲まれているか。とにかく、後衛がなりふり構わない状況に陥っているのだけは確かである。
木々を抜けて煙に近付いていくと、ぽっかりと開けた土地に出た。先を見れば、一人の少女が杖を構えて巨大な赤鬼と対峙している。
黒髪を三つ編みに束ねた、魔法士姿の少女だ。
彼女の肩は荒く上下し、ローブの裾は焼け焦げている。さらに近くには仲間の残骸と思われる、十字架を模した墓が二つほど建っていた。
「助太刀する!」
少女を狙って振り下ろされるハルバードを、割り込むようにして刀で受ける。
手に伝わってくる重みに受けきるのは不可能だと判断し、滑らせるようにして力を横へ受け流す。
ドンッという低音と共に、ハルバードは地面を砕くように突き刺さった。
交戦状態に入ったことで表示されたのだが、目の前の魔物の名は“《怒れる》オーガ”というらしい。等級『A-』でLv105。この森には似つかわしくない、エリアボス級魔物だ。
俺は少女との情報共有のために、一度距離を取る選択をする。幸いなことに、オーガはハルバードを地面から抜くのに手こずっていた。
「構築とLvは?」
「えっ? あっ、えっと、Lv76の五属性魔法構築です」
五属性魔法構築。
攻撃と支援を両立した万能型だ。器用貧乏とも呼ばれるが、上手い奴が使うと厄介なビルドである。
「MPの残量は?」
「もう無いです。魔力回復魔導薬液も下位のものしか……」
「了解。回復が済んだら援護を頼む。前衛は任せてくれていい」
オーガが体勢を立て直したのを見て、俺は返事を待たずに走り出す。
相手の残りHPは20%ほど。戦闘スタイルは近距離型のようだし、Lvもこちらの方が上だ。上手くやれば何とかなる可能性はある。『大丈夫だ』と自分を鼓舞し、俺はオーガとの距離を一気に詰める。
「グオォォォォォ!」
雄叫びと呼ぶにふさわしい声量で吠えながら、オーガはハルバードを振るう。
横薙ぎに来たそれをスライディングによって躱し、股をすり抜けて背後を取る。
そのまま背中へ三連撃。
スキルを介さない通常攻撃であるが、見た目より防御力が低いのかHPバーが目に見えて削れる。おまけに“出血”のバッドステータスも付与できていた。
首だけを回し、血走った瞳が俺を見据える。
よし、注意は貰った。
オーガは身体を俺の方へ向けながら、今度は斜めにハルバードを振り下ろしてくる。
大振りの一撃。
安全策を取って回避するのが無難な選択。しかし、俺の足は止まっていた。
恐怖が原因ではない。培った感覚が、俺をその場に留めていた。
ハルバードが当たる寸前。あと数ミリで刃が届く瞬間、自然と口が動く。
「【朧月】――」
刃が当たる。しかし、ハルバードは俺の身体をすり抜けるようにして空を切った。
霧のように揺らぐそれは、もう俺ではない。スキルの発動で生じた幻影だ。
オーガの“背後”からそれを見届けた俺は、がら空きの背中へ向け刀を構える。脇構えと言われる、斬り上げる際の前姿勢だった。
そんな俺に同期するように、揺らぐ幻影もまた上段に刀を構えた。
スキルで発動したこの幻影は被弾判定を持たず、“攻撃判定”だけを持つ。
「――【残月】」
「――【新月】」
声が重なり、放たれるのは別々の技。
幻影は右上から左下へ。俺は左下から右上へ。挟み込むように、バツ印を刻む軌道でオーガを斬り付ける。
――カチンッ。
時が止まったような静寂。
納刀の音から一拍遅れて、両方の傷口から淡い炎が吹き出した。
「ガァァァァァ!」
【朧月】の完全成功。
直前の相手攻撃の75%分ダメージをそのまま返す【朧月・残月】と、自身の攻撃力の75%を相手の耐性や装備を全て無視して叩き込む【朧月・新月】。その両方が命中し、追加で武器アビリティによる追撃まで入った。まともに耐えられる威力ではない。
オーガのHPはガッツリと削れ、5%以下付近にまで落ち込んでいた。
いや、違う。
区切られたように、HPバーが5%でぴたりと止まる。
「“HP予兆”だ!」
後ろの少女に聞こえるよう叫びながら、俺は柄に手をかける。
オーガは赤いオーラを纏いながら、ハルバードを深く地面へ突き刺した。




