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Duel・Duet ―砕かれた憧れの先へ―  作者: べちかつ
『銀夜の弱起』
3/13

E2.再接続


 日が沈み、街に光が灯り出す頃合い。


 帰宅して早めの晩飯を済ませた俺は、電源を入れたデスクトップPCへ《VWDD(ギア)》を接続していた。

 

 単体でもプレイ可能な《VWDD(ギア)》をわざわざPCに繋いでいるのは、回線速度の向上でPINGが安定するほか、処理を分配することでゲーム内のグラフィック設定を引き上げられる利点があるからだ。

 

 普通に〈 Second(セカンド)Sphere(スフィア)〉を楽しむだけなら、PC非接続による不都合は気にならない程度の些事だろう。遅延(ラグ)は意識しなければ分からないほどだし、解像度やフレームレートも快適なプレイには十分な数値が出るからだ。

 

 しかし、対人戦(PvP)をメインに据えていた俺のような人間にとって、遅延(ラグ)はストレスの権化。

 相手の些細な動きを知覚するために、『解像度は最高設定にしつつ、高いフレームレートを維持したい』と願う者にとって、PC接続は必須と言えた。

 

 有線接続された《VWDD(ギア)》のコードが絡まないようベッドまで引き寄せ、リング状のデバイスを頭に装着する。

 

 俺はそのまま、仰向けに横たわった。

 

「アップデートは終わってるな」

 

 視界いっぱいに広がるVRモニター。端の通知欄に、〈 Second(セカンド)Sphere(スフィア)〉のアップデート完了報告があるのを見て安堵の息を漏らす。

 

 半年分の更新を消化するため、爺さんの家を出る際に端末から起動しておいたのが正解だった。

 

「よし、始めよう」

 

 瞼を閉じ、身体の力を抜く。リラックスした状態で、言い慣れた言葉を紡ぐ。

 

「――“ダイブ・オン”」

 

 思考が沈む。

 全ての感覚が一時的にリセットされ、夢を見ているような曖昧な感覚が訪れる。

 

『五感の移行完了――アバターに同期中』


 意識が急浮上し、肉体の実感が取り戻される。わずかな違和感――感覚のズレが、身体がアバターへと切り替わったことを強く実感させた。

 

『同期完了――おかえりなさい、“セツ”』

 

 瞼を開けば、そこは白で塗り潰された部屋だった。

 六畳程度の広さの小部屋で、唯一あるものと言えば部屋の真ん中に浮かぶ辞書のように分厚い本だけ。

 

 空さえ閉ざされたこの場所は、通称“白箱”。コンソールゲームで言うところのタイトル画面であり、ログイン時の一時待機場所だ。


「まずは設定の確認だな」


 ワールドに降り立つ前に最低限の調整はしておこうと、浮かぶ本に右手を翳し、「グラフィック設定」と口にする。

 本が独りでにペラペラと捲れ、あるページで固定された。そこには『テクスチャ品質』や『影の品質』といったグラフィック設定に関する項目がびっしりと並んでいる。


「やっぱり、推奨設定にリセットされてるか」


 予想通り、『モーションブラー』や『視界深度アシスト』がONになり、最低にしていた『オブジェクト描画補正』も最高になっていた。どれも俺には不要な機能ばかりだ。

 OSやドライバーのアップデート時に、設定の保持を選択し忘れたらしい。

 

 推奨値に書き換えられた設定を、記憶を頼りに元へ戻していく。詳細な微調整は後回しにしたが、それでも全てを確認し終える頃には、一時間近くが経っていた。


「やっと終わった……」


 設定を保存し、溜まった空気を吐き出す。

 VW環境下で肉体疲労はないとはいえ、文字の羅列を追い続けるのは精神的にくる。

 

 だが、これで準備は整った。

 俺は再び、閉じられた本に手を伸ばす。


「“ログイン”」


 声に応じ、本が眩い光を放つ。


『アバターをワールドへ接続――同期完了。……行ってらっしゃい、セツ』


 視界が暗転し、一瞬の浮遊感。

 ゲームを始めた頃は戸惑った、“転移”特有の懐かしい感覚だった。


「……ここからか」


 回復した視界に映ったのは、どこまでも続く蒼天と、眼下に広がる巨大な要塞都市だった。

 

 城壁に囲まれたその街の名は〈スペクタクラ〉。

 決闘都市の通称を持ち、俺と爺さんが拠点(ホームタウン)にしていた場所だ。

 

「とりあえず、街を目指すか」

 

 今いる場所は崖上の安全地帯(セーフゾーン)

 景色以外に何もないアクセスの悪さから、利用者はほとんどいない。

 

 一応は街と街をつなぐ中間地点ではあるのだが、使いやすい安全地帯(セーフゾーン)が他にあるのでそちらに人が流れているのだろう。

 

 街へと続く便利な移動手段もないため、俺は徒歩でスペクタクラを目指すことにした。

 

「馬や飛竜が居れば楽なんだが」

 

 このゲームには搭乗可能な生物が一定数存在する。野生個体を手懐けるのは骨が折れるが、高額な使い切りアイテムを使えば一時的に騎乗できる仕様だ。

 

 俺のインベントリには、そのアイテムが数十個ほど入っているのだが、肝心の相手がいない。この辺りに出現するのはゴブリンやオーガといった人型の魔物(モンスター)ばかりだ。それらに跨る趣味はない。

 

 そんな思考を見透かしたかのように、茂みがガサガサと揺れ、三匹のゴブリンが飛び出してきた。

 

 緑の小鬼のうち、二匹が棍棒持ちの近接型。一匹がスリングショットを構えた遠距離型だった。

 

 このエリアが脱初心者向けである事もあってか、等級(ランク)は『C』。中級者ならば余裕で捌き、初心者なら苦戦する相手だ。

 

「リハビリの相手としては、ちょっと物足りないな」

 

 腰の刀に手をかける。


「グギャギャ!」

 

 奇声を上げて肉薄する一匹へ、まずは一閃。


 クリティカル。

 

 軽快なSEと共に、確かな手応え。

 抜刀による攻撃ボーナスが乗り、スキルなしでもゴブリンのHPを全損させた。

 

 小鬼は戦利品(アイテム)を残し、一瞬で灰となって霧散する。

 

「【縮地】」

 

 瞬間的に距離を詰める移動技を発動し――即座に失敗を悟った。

 

「ぐぇっ」

 

 情けない声を上げ、俺はゴブリンと正面衝突した。

 力加減を誤り、スキルの移動距離が伸びすぎてしまったのだ。


 幼稚園児ほどの背丈しかないゴブリンに突っ込み、俺は躓くように前へ倒れ込む。

 アバターの重量設定が軽いため衝突ダメージこそないが、ゴブリンは微動だにせず、俺だけが醜く姿勢を崩していた。

 

「ギャギャ!」

「ギー!」

 

 好機とばかりに、二匹のゴブリンからの攻撃が俺を襲う。

 棍棒の連撃と投石。計三発の直撃を浴び、俺のHPが一割ほど削られた。

 

「……しっかり痛いな」

 

 もちろん、現実の痛みではない。

 この『痛い』はゲーマーの使う方言のようなものだ。


 そもそも痛覚をフィルタリングしている〈 Second(セカンド)Sphere(スフィア)〉では、攻撃された箇所は暖かく感じるだけである。例えるならば、少し熱めのカイロを当てられている程度の暖かさだ。


 続く追撃。大ぶりに振り下ろされる棍棒を、俺は膝立ちの態勢のまま刀で受ける。

 刀の(むね)に左手を添えて耐えるが、腕に響く衝撃は想像以上に弱々しかった。

 

 いける。

 

 俺はそのまま刀を力強く振り払い、棍棒を弾き飛ばした。


 ――パリン!

 

 “パリィ”成功を告げる、ガラスの砕けるような音が響く。

 

 振り抜いた刀の(きっさき)を反転させつつ、左足を踏み込む。立ち上がる勢いを利用し、柄を両手で握り込んだ。

 刀は、右下から左上へ。

 

「グギッ」

 

 斬り上げた一撃は敵の芯を捉えたが、クリティカルには至らずHPを半分削るに留まった。

 だが、パリィの硬直は未だ残り続けており、敵は無防備に仰け反っている。

 

 ――追撃。

 

 もう一匹からの投石を無視し、右足を踏み込んで刀を叩き下ろす。

 左足への着弾と同時に、刀がゴブリンの脳天を割った。

 

 今度はクリティカル。二匹目が灰へと霧散する。


「ラスト一匹」

 

 呟きと同時に走り出す。

 

 ゴブリンには厄介な習性があることを、今さっき思い出した。

 

 ゴブリンは最後の一匹になると逃走し、強力な“上級部隊”を引き連れて戻ってくるのだ。

 “上級部隊”は中級者でも手こずることのある相手。それだけは御免だった。

 

「【飛翔斬】!」

 

 案の定逃げようとしているゴブリンに向け、刀を振ってスキルを放つ。

 

 飛翔する斬撃。

 侍系統(ツリー)では貴重な遠距離技。速度は遅いが、威力は高い。

 

「ギャッ」

 

 ゴブリンが茂みに飛び込む寸前、斬撃がその背中にクリーンヒットする。

 よろめいた数秒――それで十分だった。

 

「間に合った!」

 

 一気に間合いを詰め、首を()ねる。

 グロテスク回避機能により首が飛ぶことはないが、急所への一撃を受けたゴブリンはそのまま事切れた。

 

「危なかったな……」

 

 周囲に敵影がないことを確認し、納刀する。

 

 半年前の俺なら、こんな雑魚相手にミスなどしなかった。

 

 復帰第一戦は、ブランクの重さを痛感する苦いリハビリとなった。




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