第8話:預言者
「いいえ、重力の申し子が彼女と契約したのは必然なのです。万物の器は、契約すべき相手がいます」
アリスとルイス、そしてショーンしかいないはずの校長室に、低く、凛とした女の第四者の声が響いた。
「貴方は、シェヘラザード様……!」
突然の第四者を認識したショーンは、その人物の正体に驚く。謎が多いマギステルの中で、数少ない“名を知られた存在”。それが、彼女――シェヘラザードだった。
属性不明のマギアだが、魔法協会の数々の危機を、秘匿された力を使い乗り越えてきた人物。
過去には、悪魔の特徴や出現場所までピタリと言い当て、世間では「未来を視る女」と噂された。
だがまさか――
「貴方が、予知の固有属性なのですか!?」
驚愕するショーンにシェヘラザードは視線を向ける。シェヘラザードの左右で色の違う瞳に見られると、全てが見透かされるような気になってしまう。
いたたまれなくなってきたショーンを焦らすように、ゆっくりと形のいい唇が開く。
「いいえ……。わたくしのゴーストがそう囁いている、というのでしょうか……。フォースも捨てがたいですね、いや邪眼も……右腕が疼く……」
「あ、あの?」
「シェヘラザードはちょいと不治の病を患っちまってるのさ。思春期特有の空想癖みたいなのを」
シェヘラザードの意味不明な発言に、ショーンが困惑していると、アリスが補足する。つまり、気にするなと。
「は、はあ。ゴーストなんて言うから悪魔に憑依されているのかと思いましたよ……。フォースとはなんです?」
「さあね。私にも分からん。どこかの国の言葉か、世界が違うか」
「国? 昔はともかく、今は数えるほどしかないはずですが。世界が違う、というのは……?」
「ともかく、“万物の器”は、“雷神の子”と契約するために生まれた存在。彼女の力を最大限に引き出せるのは万物の器だけ。そして万物の器を完全に満たせるのも、彼女しかいないのです」
ついさっきまで「ゴースト」だの「右腕が疼く」だの言っていた人物とは思えない。
まるで人格が切り替わったかのように、毅然とした口調でシェヘラザードは話を無理やり戻した。
「ワンドの中でも珍しい、全属性耐性持ちに加え、マギアの魔力に器を合わせることができる特異体質。さすがに固有属性のレインはそれほどだったが、最初から重力が発動できただけでも奴の優秀さが分かるね」
ワンドは普通、三属性耐性でも希少とされる中、七つ全てに耐性を持つなど規格外だ。
レインと仮契約した際は物が少し浮いたが、アリスによると風属性ではなくレイン本来の属性である重力属性が発動したらしい。それだけでも普通はありえないことだろう。
それに加え、普通は魔力の量に合わせるなんてことは不可能だ。
水の量が多ければ器から溢れるし、少なければ余る。水の量も器の大きさも生まれながらに決まっている。しかし、どんな水の量でも大きさを合わせ、満杯になるのなら、魔力は溢れもせず余りもせず、常に100%の力を出せる。
それは、もはや奇跡としか言いようがない。
「まさか……“万物の器”って、ジルコーン・サヴァンのことですか? "雷神の子”は……リチア・サンダース?しかし、サヴァン君は"あの事件"の……」
ショーンは、顔に縫い目がある線の細い男子生徒と、どこか近寄りがたい雰囲気の凛とした女子生徒を思い出していた。確かにまだ二人ともパートナーが決まっていない。
しかし、確かにジルコーン・サヴァンは優秀で、彼には一切の非がないがパートナーが決まらない理由はあるし、それはリチアも同様だ。
「それ以上は、運命が交わる時まで言えません」
ショーンの懸念に、シェヘラザードは答える気がないようだった。校長室に気まずい空気が流れる。
「あ……。じゃ、じゃあ、レイン君のパートナーのアルマちゃん? は、どんな運命なの?」
その空気を気にしてか、シェヘラザードが現れてから、それまで黙って話を聞いていたルイスが、おずおずと質問する。
「そういえば、イーリスさんは任務の後、全身が筋肉痛になったんでしたね。ヴェルトラム君の固有属性に合わなかったのでしょうか?」
レインの報告によると、悪魔を倒した後、喜びの舞?を踊ろうとしたアルマが全身に痛みを訴え、数日ベッドの上から動けなくなった、と書いてあった。
「ああいや、それは単純に体がびっくりしただけさね。何年も寝てた奴が、いきなり叩き起こされて全力で運動したら、ベッドから出られなくなるだろ」
「体が、びっくり……」
「直に属性に慣れるはずさ。そしたら問題はなくなる」
「彼女は、重力の申し子にとって光なのです」
それまで静かに聞いていたシェヘラザードが、ルイスの疑問に答えるように口を開いた。
「彼女という光があるから、彼は正しき道へ進み、成すべきことを成すのです」
「つまり、レイン君とアルマちゃんも運命なんだね……」
「彼等は希望です。悪魔や黒魔術師、悪魔憑きに対して後手に回っていた魔法協会を、良い方向に導くでしょう」
マギステルとして多くの危機を乗り越えたシェヘラザードに、希望とまで言われるとは。
「あの二人が、そこまで大きな存在だなんて……」
「この話は口外するんじゃないよ。それにあいつらはまだまだひよっこだ。強くなるように、アタシらがしっかりサポートしなきゃね」
「勿論です。私は教師として、生徒を導かねばなりません。それはどんな生徒でも変わりません」
こうして、校長室で行われた密談は、打ち明けられた大きな秘密とは裏腹に、ひっそりと終わったのだった。
次回からは日曜の週1更新になります。
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