第9話:情報屋
レイヴェルでの初任務から一ヶ月後。あれからレインとアルマは、無事見習いから下級魔法使いに昇級し、いくつかの任務をこなしていた。
悪魔にやられたレインの怪我も体に巡る魔力によって三日で全快し、アルマはしばらく筋肉痛に苦しめられたが無事治り、二人で任務に励んでいる。
初任務後に二人の前に現れたアリスによると、シードアイと戦った時にレインが目覚めた属性は重力らしく、使いこなしていけばアルマも徐々に体も慣れていくだろうとのことだった。
ただし問題もある。レインの重力魔法は中級〜上級魔法並みの魔力を食うらしく、一度使うとすぐガス欠になってしまうのだ
現時点で使用できる最上の魔法、必殺技である"マインドライブ"にまで届く魔力消費量では、実戦では使い物にならない。
なので今は、任務の合間に重力魔法を使いこなすために修行をしている毎日だ。
少し意外だったのは、初任務以上に難しかった任務が今のところないことだろうか。
もっとも、下級魔法使いになった後にこなした任務が、失せ物探しや避難誘導に救助活動などの平和維持の任務が主で、最近レインが遭遇した悪魔は、際限ない食欲で家畜を荒らす、ハングリードッグくらいだった。
アルマは少し退屈そうだが、避難誘導や救助活動も人を助ける立派な魔法使いの仕事だ。
そんなわけで今日も、魔法の練習をしようとアルマと待ち合わせた訓練場に向かっていたのだが――
「レインくん、お久しぶりッス! ラルフ・ロイドッス!いや〜最近は凄いじゃないッスか!」
ぶんぶんと腕を振りながらこちらに近づいてくる、好青年然とした風貌ではあるが、どこか胡散臭い香りを漂わせているクラスメイトだった。
「ラルフ、久しぶりだな。俺に何か用か?」
レインに話しかけてきたのは同じマギア科のラルフ・ロイドだった。
レインも何回か話したことがあり、自らを情報屋と称し情報収集を行っている人物だ。育成学校に入学してから、無属性ということで何回か取材されたが、その後は特に関わりはなかった。
何故、今になってまた話しかけてきたのだろうか?
「またまた〜! 最近レインくんのご活躍はかねがね聞いてるッス!」
「活躍?」
ラルフはそういうが、レイン自身に心当たりはない。
「噂の重力属性や、先生から救助の任務は丁寧で評判も上々って聞いてるッス!」
「ああ、救助任務か」
思い返してみると救助任務の時に褒められた記憶があった。重力魔法で瓦礫を浮かせられたので、救助する時間が短縮できたのだ。ラルフはそのことを言っているのだろう。
「レインくんとリチアちゃん、二人のどっちが早くパートナーを見つけるか賭けになってたぐらいだったのに、見事パートナーを見つけてからは怒涛の快進撃!」
「賭け?」
レインの問いかけを無視してラルフは続ける。
「すぐに中級魔法使いに昇格して、あの悪魔憑きや黒魔術師の任務も任されちゃうかも!?」
"悪魔憑き"とは、悪魔に取り憑かれ、同化している人間のことを差す。殆どの悪魔憑きは自分から体を差し出すことが多く、大抵が犯罪者だ。悪魔と分離できることもあるが、できなければ悪魔として討伐される。
そして黒魔術師は、悪魔に堕ちたマギアである。悪魔を倒す存在であるマギアが欲望に走り、悪魔に味方する。魔法使いにとって悪魔よりも忌むべき存在だ。
どちらも危険な存在で、中級以上でなければ対処不可能な任務だと、授業で散々教えられたところだ。
いや、今は悪魔憑きも黒魔術師のこともどうでもいい。そんなことより、ラルフの話がどうにも引っ掛かる。リチアをダシにして、レインを持ちあげているような。
「まさに、実技トップなのに魔法使いにもなれてないリチアちゃんとは雲泥の差ッスね!」
「……そうか」
なおもラルフは調子よく喋り続けており、目の前にいるレインの顔がどんどん険しくなっているのに気が付いていない。
それどころか、レインが大人しく聞いているのをいい事に、さらに気を良くしたようで失礼な物言いはエスカレートしていく。
「実はリチアちゃん、最近学校来てないんスよ。一ヶ月くらい前第二訓練場に大放電してから。停電しちゃったし、気まずいんスかね?」
「そんなことがあったのか?」
一ヶ月前となると、レインが初任務に挑んだのとと同じくらいだろうか。自分のことに手いっぱいで、全く知らなかった。リチアが放電してから来ていないのは心配だ。
「電気工事の人から聞いた話ッスから確かッス。あ、もしかして元マギステルが親でエリートだから、マギア至上主義者でワンドのせいにしてるとか〜?」
「リチアがそんな奴なわけないだろ」
ラルフの失礼な物言いに、とうとうレインの堪忍袋の緒が切れた。
ドスの効いた声に、ラルフはようやくレインを怒らせていたことに気付いたようで、饒舌に回っていた口が静かになる。
確かに、レインはリチアとそこまで親しいわけではない。しかし、レインはリチアを尊敬していた。今の状況に満足せず、訓練場で努力を重ねる姿を見てきた。
そして、お互いに認め合い、励ましあってきたのだ。そんな相手をこうも馬鹿にされて、黙ってなどいられない。
「リチアは努力家だ、俺は尊敬してる。いきなり話かけてきたと思ったら陰口か。終わりなら俺は用事があるから行かせてもらうぞ」
レインの底から響くような声に、ラルフの表情が固まる。そのままレインが踵を返すと、ラルフは顔を青ざめながら、レインを引き止めた。
「ちょ、ちょっと待って、待ってッス、レインくん!」
レインが一応聞く姿勢を取ると、ラルフは青ざめたまま、手をすり合わせながら口を開く。
「ごめんなさい! 口が滑ったッス。つい、リチアちゃんみたいなエリートへの嫉妬が出ちゃって……」
ラルフは謝罪しながら、恐る恐るレインの様子を伺う。どうやら、話だけは聞いてもらえそうだと判断したらしい。
「……ボクがなんで話しかけたかっていうと、次の任務をレインくんとやるからッスね。その取っ掛かりを作ろうとして大失敗したッス。不快にさせて本当にごめんなさい!」
もう一度ラルフは謝罪し、深く頭を下げた。ラルフも、根は悪いやつではないのだろう。ただ、知っていることを話したがる性格なのだ。調子に乗って、余計なことまで口にしてしまうだけだ。反省した様子のラルフを見て、レインも口を開く。
「分かった。謝罪を受け入れる」
「っ! ありがとうッス!」
頭を下げつつも注意深くレインの反応を探っていたラルフは、レインの言葉にパッと顔を輝かせた。
「あ、レインいたいた! おーい!」
「ラルフもいる。探す手間が省けたね」
ちょうど話のキリがついたところで、アルマともう一人知らない生徒の声が聞こえてきた。
「アルマ? 訓練場で待ち合わせだったはずだが」
「ボクのパートナーのムサシもいるッス」
「訓練場で待っててもレイン来ないし、探しに行こうとしてたらムサシから次の任務一緒だって教えてもらったんだ〜」
そこで、アルマと一緒にいた落ち着いた雰囲気の生徒が一歩前に出る。
「オレはムサシ・ダイモン。ラルフのパートナーで自律型だよ。よろしく」
「レイン・ヴェルトラム、重力属性だ。こちらこそよろしく」
「あ、ボクはラルフ・ロイドッス! 風属性ッス!」
「アルマ・イーリス、集約型でーす!」
それぞれ自己紹介しつつ、レインは軽薄そうなラルフのパートナーが穏やかな雰囲気のムサシということが意外だった。
それに自律型は珍しい。自律型は、他のワンドのどれとも違い、装備じゃなく自律した何かに変身する。強力だがその分魔力も食うワンドだ。
「ムサシはラルフとは正反対だな。それに自律型か、珍しい」
「あっワンド差別だ! やっぱり珍しい方がいいの!?集約型が一番多いからって!」
「いや、そんなこと言ってないだろ」
「まあまあ、自己紹介も済んだことだし、任務ッスよ!音楽の街グランドベルで、楽器や魔導車が盗まれる被害が出てるッス。その盗人を何とかするのが、ボクたちの任務ッス!」
こうして、四人は音楽の街グランドベルへと向かうのだった。




