第6話:臆するな
レインは拘束された状態をなんとかしようともがく。
マギアは体内に魔力を宿しているため、普通の人間よりも身体能力が高い。
拘束している人間が一人なら楽に解けただろうが、寄生され体のリミッターが外れている状態の人間数人がかりで体を押さえつけられている。
さらに、レインが使える魔法では住人達を傷つけてしまう可能性が高いので、少しでももがいて自由になる範囲を拡大したほうがいいと判断した。
「このっグッ!」
「レイン!」
しかし、それを察知した悪魔に顔面を蹴られてしまう。
「きゃはは! た〜のし〜い! もっともっとしてあげる!」
悪魔がそう言うと、地面に押さえつけられていた状態から体を起こされ、羽交い締めにされる。さらに伸びた両腕も押さえられる。
睨むことだけしかできないレインを、悪魔は楽しそうに殴った。
「ほらぁ!」
「グハッ」
その後も二、三発と顔や腹を殴られるが、悪魔の様子から、さらにレインを甚振るつもりなのは容易に想像できた。
どうにかしなければ。
そうは思うが、状況を打開する術が思い付かない。
拘束された状態で『影写し』は意味がない。
『ダークショット』は手から魔力を発射する。今は腕が伸びた状態で拘束されているので発射しても当たらない。
『シャドウニードル』では寄生された住人が串刺しになってしまう。
「レイン! しっかりして!」
そんなことを考えつつ殴られていたら、アルマに心配させてしまった。
「ぶっ……は、大丈夫、だ」
「ぜんぜん大丈夫じゃないよぉ!」
「きゃははは! 痩せ我慢ってやつ? おもしろ〜い」
悪魔はまたレインを殴ってくる。
万事休す、そんな言葉が頭に浮かぶが、アリスに言われたアドバイスを思い出す。
『臆するな』
そうだ、レインは魔法使いになるのだ。
立ち止まらず、進み続けないといけないのに。
脱力していた体に力を入れる。
足を踏ん張って自分の力で立つ。
自分のすべき事を思い出す。
まだスタートラインにも立ててないこんな場所で――
「こんなところで、終わってたまるか!」
その瞬間、レインの体全体に熱が走った。
それはまるで、"立ち上がれ"と叫ぶようにレインの体をぐるぐると廻る。
レインの体に力がみなぎった時、体を押さえつけていた男達の体が沈んだ。
「なっ!?」
自由になった体で、先ほどまでさんざんレインを殴っていた悪魔を思いっきり殴る。
レインの拳が悪魔の頬に食い込み、骨が砕けるような鈍い音が響いた。
「ぶげッ!」
突然のことに反応できなかった悪魔にレインの拳が刺さり、勢い良く飛んでいく。悪魔の体が床を滑り、壁に叩きつけられる。
「な、なによ……何が起きたのよぉ!?」
「レイン、いったい何が起こったの!?」
レインが急に自由になったことに悪魔だけではなくアルマも混乱しているが、レインもまた何が起こったかは分かっていなかった。
しかし、体が驚くほど軽く、力がみなぎっている。先程までのレインとは別人になったかと錯覚してしまうほどの万能感がレインの頭を満たしていた。
そして分かっていることは、このチャンスを逃せば悪魔に逃げられてしまうということ。
ならば、やることは一つだ。
「ここで仕留める!」
「りょ、了解!」
「急に強くなるなんてずるいずるいずるいぃ!!」
悪魔は負けじとレインを攻撃しようとするが、振り上げた拳はレインの体を素通りする。
「遅い」
隙だらけな悪魔の顔面を、レインの拳が打ち抜いた。
「がぁッ!」
「まだまだいくぞ!」
攻撃を一発ではやめず、そのまま連続で悪魔の体に叩き込む。
「ばはっ! あぎっ! ぶへぇ!」
悪魔は情けない悲鳴を上げながら、勢い良く床に倒れ込んだ。
「もう終わりか?」
「っ、うう……ずるい……! みんなあ!助けてぇ!」
たまらずといった風に仲間に助けを求めた悪魔だったが、生憎と仲間の悪魔達は未だに地面に沈んだままだ。
「チィイ! クソがぁッ!!」
このままでは祓われると判断したのか、悪魔は逃げることにしたようだ。
レインと対峙している悪魔だけではなく、沈んだままの悪魔達も寄生をやめ、脱出を始める。
取り憑いていた男の舌からブチブチと肉を破って出てきた目玉は、恨みがましそうにレインを一瞥してから、飛んで逃げようとするが――
「逃げられると思っているのか?」
レインがそう言った瞬間、その場に固定されたように動けなくなった。
「そろそろ観念しろよ、妬み野郎!」
そう言って、レインがグッと拳を握ると、周囲に浮かんでいた悪魔達が集まり、逃げることもできずにひとかたまりになる。
「これで、終わりだ!」
ひとかたまりになった悪魔達をレインが渾身の力で殴りつけると、目玉しかない悪魔は断末魔も出せず静かに、消滅した。
「倒せた……んだよな」
悪魔のあっけない最期に実感が湧かずに呆然とする。
いったいさっきまでの力は何だったのだろうか?そう思考の海に潜りかけたその時――
「レインー!」
「うぉ!?」
感極まった様子のアルマが、レインに飛びついてきた。受け止めきれず、二人とも地面に転がってしまった。
「うえええん! 良かった! 良かったよー!レインがぁ、死んじゃうかと思って! わたし!」
「あ、アルマ、落ち着いてくれ! もう大丈夫だ、俺達で悪魔を倒せたんだ! 任務成功だ!」
「うう、任務、成功……? てことは……。あっ、レイン、踊ろう!」
「何で!?」
アルマを落ち着かせようとしたレインだったが、アルマが唐突に言った踊りの誘いに面食らった。
「いやいや、何で踊るんだ……!」
「嬉しいことがあったら踊るでしょ! わたしの家ではそうだったよ! レインの家だってそうでしょ?」
アルマの言葉に、レインは自分の家族が一心不乱に踊っている姿を想像してしまった。ほとんど話したことのない父や妹ばかりに構う母、レインを見下す妹が楽しそうに踊っている姿など、恐怖でしかない。
「うわぁ……」
「よーし!じゃあ早速喜びの舞を……」
自分の想像に思わず引いているレインをよそに、アルマが立ち上がった時――
「い"っい"った"ぁー!! 体中が痛いよぉー!」
建物に、アルマの悲鳴が響き渡った。
悪魔図鑑
植物系寄生型悪魔【シードアイ】獣級〜妖級
植物でできた目玉の姿をしている悪魔。
人間の額や舌などに寄生し、根を張ることで肉体の主導権を奪う。
肉体を乗っ取られた人間はリミッターが外れ、悪魔の意のままに操られてしまう。
本体は植物で構成されているため、火属性に弱く、物理攻撃にも脆い。
単体での戦闘能力は高くないが、寄生された人間が人質になってしまう点や、その性質の悪辣さから「獣級」に分類される。
寄生後、時間が経つと「分体」を作り出すことがある。分体が生成されると被害が拡大するため、難易度は「妖級」に跳ね上がる。
人間の「身体」を強く羨んでおり、感情の起伏が激しい。口癖は「ずるい」。




