第28話:知らなかった一面
文句を言う男を無視してアルマを追いかける。通路を曲がり、一つの部屋に辿り着く。ドアを開けると、そこには――
「た、助けて……」
『ナーンテ不健康ナノデショウカ! 背スジモコンナニ曲ガッテ! ワタクシガ健康ニシテサシアゲマスワ!』
メイド服を着たゴーレムに、ジルが絡まれていた。
「……ジル?」
「えっと……」
「ア、アルマ!……レインも! ゴーレムを、止めるの、手伝って! あっあとリチアも止めて!」
予想だにしていなかった光景に、レインとアルマの動きが止まった。が、それは一瞬のことで、すぐにレインは状況を理解しようと辺りを見渡した。
すると、何体ものゴーレムに引き止められながらも、それをものともせず引きずって歩くリチアの姿が見えた。リチアの視線は完全にメイド型ゴーレムしか映っておらず、これはまずいと確信する。
「待て待てまて! リチア、ゴーレムを壊そうとするんじゃない!」
「どうどう! ストップストップ!」
それから、なんとか、本当になんとかリチアを止めることができた。できるだけゴーレムを遠ざけ、ジルには側にいてもらう。それでも、リチアの機嫌はまだ直っていない。拗ねたような、不貞腐れた顔がその証拠だった。
「……リチアもこんな顔するんだな」
「そお? 結構分かりやすいよ?」
「だからゴーレムを起動するのに反対したんだよ。いくら戦闘型じゃないって言っても暴走するかもしれないし、現にこうやって――」
「う、ごめ、ごめん……だ、大丈夫だと、思ったんだよ……」
ジルがリチアに詰められている。こういうこともあるんだな。なんとなくリチアはジルを全肯定するのかと思っていたが、そんなことはないらしい。
「それにあのゴーレム! なにが『ワタクシが健康にして差し上げる』だ! ジルを健康にするのは私なのに!」
あ、通常運転だ。
リチアが一番怒っていたのはそこらしい。……歪みないな。
「まあまあ。ゴーレムは一旦停止したし、合流もできたからいいだろ」
お互いに軽く情報共有を行った。
ジルとリチアはゴーレムを倒した後、この研究所に入り、何か手がかりがないか調べていたらしい。いくつか資料や証拠も見つけたようだ。
「……気になって、たんだけど。この人、は?」
「ああ、そういえば私も気になってた。そいつ、一般人じゃないでしょ」
「うるせぇっ俺を見るな!」
ゴーレムは首の後ろにスイッチがあった。ジルに絡んでいたメイド型ゴーレムを含めて、停止させていた。
落ち着いたころ、ついにジルから男について尋ねられる。ジルもリチアも、男を訝しむように見ていた。どうやら二人とも、おおよその見当はついているらしい。
「……悪魔憑きだ。影喰を操っていた」
レインが言った瞬間、ジルの目に怒りの色が浮かぶ。
「バベッジ氏を……こ、殺したのは……!」
「え……殺したって、どういうこと?」
「あ゙あ゙あ゙っ! そんな目でっ見るな! 俺を!」
喚く男は、まるで罪から逃げるようで。その姿を見たジルは、顔を赤くしながら男に怒っていた。
「自業自得だろう! ひ、人を、殺しておいて……!」
「ジル、落ち着いてくれ。バベッジ氏って誰だ?」
「それは私から説明する」
ジルの背中を擦りながら、リチアは静かに言った。鋭い視線は男から外されず、まるで逃さないと言わんばかりだった。
ジルは肩で息をしながらも、男を心の底から嫌悪している目で見ていた。言葉にしなくても分かってしまうほど、虫酸が走っているような目だった。向けられているのは男だが、レインまで居心地が悪くなってしまう。
「バベッジは、私達を襲ったゴーレムを作った人」
「あのゴーレムは、あ、悪魔から人を、守るため、に、作られたんだ!……それなのに……!」
「そいつがバベッジを殺して、命令系統を弄ったんだ」
人を守るはずのゴーレムが真逆のことをした理由に合点がいく。殺害についても、心当たりがあった。そういえば、とレインは男の言葉を思い出す。影喰と融合する前、確か男はこう言っていた。
『あのジジイと同じだ! お前もっ! 皆みんな殺してやる!
影喰! なにしてもいいから殺せぇ!』
「……なるほどな」
「バベッジ氏は、天才だよ……! 人の、ためを思って、た、たくさんの物を、作ってた。
あのゴーレム、以上の物だって、き、きっと、作れたはず……なのに!」
バベッジのことを話すジルの顔には、バベッジに対する深い尊敬と、それ以上の悲しみがあった。
「何が天才だぁっ! あのジジイは俺を評価しなかった! 才能がないって言いやがった! 大嘘つきだ!」
「やめなよ! そんなこと言うの!」
アルマに咎められながらも、男は止めない。それどころか逆上し、さらなる怨嗟をぶちまける。
「死んで当然だ!
俺は悪くねぇっ、俺のせいじゃ――ぐへっ!?」
「リチア!?」
リチアが、男を蹴った。予兆は一切なく、誰も反応できなかった。
体が動かない男は、避けることも受け身を取ることもできず、容赦なく蹴り抜かれる。鼻血といくつかの歯が、床に飛び散る。
慌てて駆け寄るが、男は死んではいなかった。死んでいないだけで、しばらくは意識は戻らないだろうが。
「……私は、アンタみたいな奴が一番嫌いなんだ。
"芯"がなくて、自分のことしか考えてない、クソ野郎」
男が聞こえていないのを知りながら、リチアは吐き捨てる。バチバチと小さ放電音も聞こえ、男を殺しかねない様子だ。
「気持ちは分かるが落ち着け。死んだらどうする」
「こんなやつ……こ、殺す価値も、ないよ。リチアが手を汚す、必要は、ない」
「ジル……」
ジルの言葉に、リチアは感極まったようだ。男への関心をなくし、もう見向きもしない。
やはり、レインがあの時感じた危機感は、当たっていたのかもしれない。今はまだジルの言葉で止まるが、止まらなくなる時が来てしまうかもしれない。そうなれば、今の力ではレインには止められない。もっと、強くならなければ。
鼻血で汚れた男の顔を拭いていたアルマが、ぽつりと呟く。
「……また、体は動くようになるのかな?」
「影喰とゆ、融合、したんだっけ?
さあ……光属性による、悪魔の残滓の浄化が、う、上手く、いけば。もしかしたら」
アルマの疑問に答えるジルは、治っても治らなくても、どうでもよさそうだった。いや、どちらかと言うと、治ってほしくなさそうな気がする。
ひとまずは落ち着いたようなので、研究所から出ることになった。空気を変えるためにも何か話題を、と思い記憶を探る。一つ、思いついたことがあったので振ってみることにした。
「ゴーレムが人間を襲ったのは初めてだろうから、"命名権"が貰えるかもな」
「はーい! メガトンゴーレムとかどう!?」
命名権。初めて発見された悪魔に適用される制度。大抵は発見した魔法使いが名付けるため、発見者の個性が出ることが多い。
それだけに、誰も見つけていないものを発見するというのは憧れを集めるらしく、血眼になって探す魔法使いも存在する。
「私はあまり興味ない。ジルが考えれば安心だから、ジルが付けて」
「う、うーん……あのゴーレムはバベッジ氏が、作ったもので、もともとは人を、ま、守るために、作られたものだし……報告書だけ、で十分……だと思うな」
「ゴーレム、バベッジさんが名前付けてたりしてないの?」
「ある、よ。……とてもいい、名前なんだ。
『人間守るくん8号』。センス、あるよね!」
「お、おう……」
魔級との戦闘、悪魔憑き。ゴーレムの暴走。そして、仲間たちの知らなかった一面。
今回の任務で、自分は少しだけ前に進めた気がする。だが、まだ足りない。 こんな程度では、レインが目指す場所には到底届かない。そんな感覚を胸に、レインたちは魔法協会へ帰還した。
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