第26話:極限
「俺を助けないからだっ! ざまあみろぉ! ヒッヒヒッ!」
「「ヒャヒャヒャヒャッ!」」
男と影喰の不協和音が地下空間にこだまする。
ブチンと、レインの中で何かが切れた。
「いい加減に、しろ‼」
今までずっとレインの中に沈んでいた、どす黒い感情。それを表に出したことはなかった。アリスに出会い、助けられ、希望を得てからは。だが今、耐えてきたものが、ついに決壊した。
重力を前面に無理矢理展開し、影喰を弾く。ただでさえ少なかった魔力はごっそりと減るが、レインの中には別の原動力が生まれていた。
"怒り"、である。
「レイン!?」
「襲ってきたのはお前なのに今度は助けろだと!?
言ってることがめちゃくちゃな自覚はあるのか!?」
「レイン、ちょっと落ち着いて……」
アルマの宥める声も、今のレインの耳にはあまり入ってこない。
とにかくこの矛盾だらけの男に、文句を言わないと気がすまなかった。
「あ゙あ゙あ゙! うるせえええぇっ!!」
図星だったのか、男は癇癪を起こす。その男に釣られて、影喰は大口を開けて真っ直ぐこちらに突っ込んでくる。
影喰は選択を間違えた。六足の優位を活かすべきだった。ましてや、背中の頭はもうない。それでは、ただの獣と変わらない。
「動きが単調、だなっ!」
横に避けてから、影喰の大きな目にガントレットを突き立てる。
グチュリ。潰れるような音と、手にまとわりつく生暖かい液体。そして、ぶよぶよした嫌な感触がレインの手に伝わる。
「キャァァアッ! キャーッ、ギィイッ!」
あまりの痛みに、影喰はのたうち回る。左右にふらつき、壁に何度も当たっていた。
「うええ……わたしをそんなとこに突っ込まないでよ……」
「す、すまない。消滅するからいいだろ?」
レインに漏らすアルマの声は、いつも元気な姿からは考えられないほど気落ちしていた。
手加減して勝てる相手ではないし、なりふりかまっていられなかったこその攻撃だった。私怨が無いと言えば嘘になるが。
それに悪魔の肉体は、適切な処置をしなければ時間経過で消滅する。血も肉も、何もかもが無になるのだ。
だが、もし逆の立場だったら確かに良い気分にはならないだろう。約束はできないが、気をつけたい。
「なんで俺ばっかりぃっ! お前ら全員悪魔だぁ!」
「悪魔憑きが言うな!」
「そうだそうだー!」
無様に泣き叫び、なおも責任転嫁を続ける男。その姿に、レインの苛立ちはさらに膨れ上がった。
「影喰ぃい! 早く、はやく殺せぇ!」
影喰は背中の頭も失い、足の目と頭の片目も潰れている。満身創痍と言ってもいい。それでも男は影喰を叱咤し、なおも抵抗を続ける。助けてほしいのか、ほしくないのか。本当に、食い違いだらけの男だった。
だが、影喰も引く気はないようだ。群れの仲間はもういない。自分だけになった、なってしまった原因への怒りと憎しみ。それに突き動かされるように、影喰はレインたちと相対する。
しかし、満身創痍なのはレインたちも同じだ。肩の銃創と腰の裂傷、そして尽きかけた魔力。なけなしの魔力を、かき集めろ。
「――決めるぞ、アルマ!」
「っ! うん!」
先に動いたのは影喰だった。影に同化し、レインたちの視界から消える。先程とは違い、勢い任せに突っ込んでは来なかった。
影喰の脅威は、この視覚外からの奇襲攻撃だ。しかし、弱点もある。影と同化したままでは、攻撃できないことだ。攻撃する瞬間は、絶対に実体化しなければならない。
そして、影喰が必ず攻撃してくると分かっているのなら。確実に息の根を止めようとしてくるのなら。
「反応が、できるんだよっ……!」
影喰の横薙ぎの一撃を、レインは今度こそ受け止めていた。とどめを刺す気でいた攻撃を防がれ、影喰の次の動作が遅れる。
その隙を見逃さず、振り絞った魔力を無理矢理一つに練り上げる。
「マインドライブ――"グラビティ・ブレイク"‼」
影喰が次の攻撃をするよりも、レインの魔法が首に届くほうが早かった。
今あるありったけの魔力を練り上げたそれは、小さな弾の形をしていた。先ほど発動した、威力の低いダークショットによく似ていた。男はそれを見て、嘲笑うように顔を歪める。
「あ……? あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙っ!?」
……それは誤りだ。
その魔法は、極限まで圧縮した重力そのもの。
つまり――圧縮した重力が、内側から破壊する。
支えを失った影喰の頭が、落ちる。それから遅れるように、バランスを崩した体もゆっくりと、倒れた。
「やった! やったよレイン! 影喰に勝っちゃった!」
アルマの弾んだ声が響く。
そうだ。レインは勝ったのだ。その実感が、遅れて胸に込み上げてくる。
「……う」
「怪我が痛むの!? 大丈夫!?」
「うおおおおおおお!」
気づけば、レインは腹の底から叫んでいた。
「わー! そうだね、嬉しいよね! うおーっ!」
「うおおおおおお!」
感情を爆発させるレインと、それに乗っかるアルマ。二人の勝利の勝鬨は、しばらく地下空間に響き続けた。
闇夜の狩人【影喰】妖級〜魔級
全身が影で構成された狼型の悪魔。通常は三〜五頭の群れで行動し、影の中を移動しながら暗闇から奇襲を仕掛ける。
獲物を見つけると、生かさず殺さずの状態まで追い詰めて弄ぶ、非常に凶暴かつ加虐的な性質を持つ。
防御力が低い集約型や、自律型の魔法使いとは相性が悪く、連携による波状攻撃を得意とする。五頭以上の群れは危険度が大きく上昇する。
光属性を苦手としており、昼間は出現頻度が低い。
奥の手として、群れ同士で食い合い融合することで、六足の異形へと変貌する。融合後は複数の首・目・口を持ち、攻撃性と戦闘能力が飛躍的に増加する。
なお、融合状態で討伐された場合、融合していた個体は全て同時に消滅する。




