第25話:切れた糸
「グギィィイァ゙ア゙ッ‼」
聞く者すべてを不快にするような金切り声。
融合した影喰の異常さを目の当たりにしたアルマの動揺が、装備したレインにも伝わってくる。
「レっレイン! どうする!? ヤバくない!?」
「落ち着け! 四対二が一対二になったんだ!
やりやすくなった……はずだ!」
「そ、そっかー!……そうかなあ!?」
「ジャァァアアッ!」
レインたちの隙を影喰は見逃してくれない。
振り下ろされた爪を、後ろに飛び退いて回避する。
「なにっ!?」
回避した瞬間に、もう一つの爪が迫っていた。アルマのガントレットで受け止める。その勢いを利用し、影喰から距離を取った。
「六足だからか……!」
六本もあれば、体勢を崩さずに連続で来られる。四足なら、前肢で攻撃すれば後肢で踏ん張るしかないが、こいつは違う。
ただ足が増えただけではない。攻撃速度が、格段に上がっている。
「――ダークショット!」
「ぁ゙あ゙あ゙っ! 頼むっやめ、やめてくれぇ!」
レインの手から、魔力の塊が放たれる。威力を抑え、その分速度を上げた一撃。
影喰は反応できなかったのか、それとも避ける必要がないと判断したのか、動かない。弾は、額に浮かぶ男の顔のすぐ脇に命中した。
先程も助けを求めていた。今も反応がある。男には、はっきりと意識が残っている。
「なんであれで喋れてるの!?」
「影喰と一体化してるんだ! 影喰を倒すと、死ぬかもしれないぞ!」
「助げろ゙よぉぉお゙お゙‼」
ぎり、と奥歯を噛み締める。元はと言えば、お前が――そう怒鳴りつけたくなる気持ちをぐっとこらえ、影喰に集中し直した。
「ぁぁあ゙あ゙ぁ゙あ゙っ!」
六足からなる瞬発力が、レインが取った距離を瞬く間になくす。
「っと――っ!?」
壁を蹴り、避けようとした、その時。レインの目の前で、影喰の背中にある頭が、レインとは反対側を向いていたはずなのに――大きく、口を開けていた。
「つぅっ!」
とっさに体を捻り、間一髪で噛みつかれることは免れた。しかし、牙が腰に掠る。
どうやら、背中の頭はある程度移動できるらしい。腹にある口と、足にある目も動かせると思って行動していいだろう。
「ほんっとうに、厄介だな……!」
これが、魔級の悪魔。
レインとアルマが今まで戦った、どの悪魔よりも格上の相手。
下級の魔法使いが、勝てる敵ではない。
――だけど、それでも。
「レイン、もう……!」
「いいや、まだやれる!」
アルマの声は、撤退を示唆していた。
撃たれた肩、牙が掠った腰。そして、残り僅かな魔力。勝てる見込みは、限りなく低い。
それでも、負けたくなかった。
今のレインは、魔法使いなのだから、こんな奴らに臆したくなかった。
「死ねぇええ!」
レインはもう一度避けようとするが――今度は、避ける間もない。
ガチンと、影喰の口が閉じる。そのまま咀嚼し、バキボキとひび割れるような音が、口の中から鳴り響く。
「ヒャハッ! やったか!」
男はついさっきまで助けを求めていた口で、今はレインたちの死を喜んでいる。
「……それは"影写し"の偽物だ。"ゼロ・グラビティ"」
レインの言葉とともに、影喰の内側から光が溢れる。 壊される前に、発動は間に合った。 背中の頭が霧散し、口から落ちた球体が、パリンと砕けた。
「ギィィイイッ!」
背中の頭が消えたことで、影喰の動きが鈍る。
今が好機だ。レインの属性は影喰と相性が悪く、決定打がないのなら。決定打を、作ればいい。
「ゼロ・グラビティ――"飛礫"!」
「ガァ゙ア゙ア゙ア゙!」
割れた球体の欠片が宙に浮き、一斉に影喰へ突き刺さる。足にある目が、グチャリと音を立てて潰れた。
「クソッ、クソォ! うああああ!」
喚き散らす男、苦悶の声を上げる影喰。レインたちへの憎しみが、ありありと伝わってくる。
だが、影喰は一足早く頭を冷やした。怒りに身を任せるのではなく、確実に仕留めるために動いた。
影喰が影と同化する。次に姿を現した時には、レインの目の前まで来ていた。
迫りくる爪を、逃れることはできない。
「がはっ……!」
爪をガントレットで防御できたところまでは良かった。だが勢いは殺し切れず、背中を壁に強かに打ち付ける。一瞬体から力が抜けかけるが、無理矢理立て直す。
「ぐっ、うおおおお!」
影喰と壁に挟まれ、体がギチギチと悲鳴を上げる。
「レインっ!?」
「俺を助けないからだっ! ざまあみろぉ! ヒッヒヒッ!」
「「ヒャヒャヒャヒャッ!」」
男と影喰の不協和音が地下空間にこだまする。
ブチンと、レインの中で何かが切れた。
「いい加減に、しろ‼」




