第24話:喰らい、混ざり、孵る
影喰の向こう、奥の通路から人影が現れる。目が血走り、小汚い浮浪者のような男が、銃の魔導具を構えていた。
「人間か……!」
足跡と、人がいた痕跡。よく考えれば予測できていた乱入者。見落としていた自分に、レインは奥歯を噛み締める。
影喰は、男を襲わない。むしろ、指示を待つように動きを止めている。
やはり、こいつは……!
「悪魔憑き……!」
【悪魔憑き】――それは、マギアでもワンドでもないただの人間が悪魔に取り憑かれる、あるいは契約する存在。
寄生とは異なり、その多くは自らの意思で悪魔に身を差し出す。
人類を守る立場でありながら悪魔に組みする、黒魔術師と並ぶ、魔法使いの敵だ。
撃たれた左肩は、痛みとともに痺れがある。雷属性の魔導銃のようで、動かしづらい。だが、あと数分もすれば動かせるようになるはずだ。
なんとかして時間稼ぎを、と思っているレインの前で、男は頭を掻きむしり始めた。
「クソッ、何だよぅ……。あんな化物がいるなんて聞いてねぇぞ……!」
「……何の話だ?」
男は頭を掻き乱しながら、ブツブツと呟いている。レインの漏れた言葉にも反応する余裕がないようだった。
肩を回復させるチャンスかもしれない。肩に魔力を回す。痛みと痺れが、わずかに和らぐ。レインは動かず、様子を窺うことにした。
「ゴーレムを壊せる魔法使いがいるなんてよぉ……! あの雷女が……!」
「まさか、リチアたちのことか?」
口ぶりから、リチアたちがゴーレムを倒したと察することができた。しかし男がここにいるため、二人の無事は分からない。
「最高傑作なんて嘘つきやがってあのジジイがあ!
影喰ぃ!――アイツを殺せぇ!」
先程までは自分自身と会話をしているようだった男が、急にレインたちに矛先を向けた。
命令を受けた影喰は、リーダーを残し、残りの二体がレインたちに襲いかかる。
「ゼロ・グラビティっ!」
三個壊され、球体は残り二つ。
それを浮かせ、一体を足止めする。突っ込んできたもう一体は、自らの重力を軽くすることで躱した。
左肩の痺れはもうない。
だが――魔導銃から放たれた弾丸が、頬を掠めた。
影喰の爪に加え、男の銃撃が追い打ちをかける。防ぐだけで手一杯だった。
『ゼロ・グラビティ』は魔力消費が少ない魔法だ。だが、このままでは状況は変わらない。
長引けばどんどん不利になる。それなら――消費が大きくてもいい。短時間で決着をつける。
「グラビティ・フィールド」
ガクン、と銃を持つ男の腕が引き下げられる。上げようとするが、何かに妨げられているように腕は上がらない。
「腕がっ……! てめぇ、やりやがったなぁ!」
影喰たちも、見えない手に押さえつけられたように沈み、その場から動けない。
「あぁぁああ! なんで殺せねぇんだよ役立たずがぁ!
おっお前も俺を! 馬鹿にしやがって!」
目を血走らせ、唾を飛ばしながら、男は叫ぶ。
「あのジジイと同じだ! お前もっ! 皆みんな殺してやる!
影喰! なにしてもいいから殺せぇ!」
男の言葉を聞いた影喰のリーダーは、耳元まで裂けた口を、さらに歪ませる。
「ヒヒッ――ヒィ、ヒィ」
リーダーの鳴き声を聞いた二体の影喰は、影と同化する。
まずい。実体がなければ、重力は関係ない。
「くっ」
攻撃を警戒したが、影喰たちは男の方へ向かった。
男はぽかんと口を開け、一瞬動きを止める。
「は? 俺じゃねぇ! あいつだ! あいつを殺せ!」
喚く男をよそに、影喰たちは、まるで最初からこうするつもりだったかのように、ニタニタとした笑みを浮かべている。
そして、影喰リーダーは――男に噛みついた。
「ま、なっ、何で俺にっ! ガッ……! ギャァァァア!」
リーダーに続き、他の二体も男に噛みついていく。それどころか、影喰同士までもが互いに噛みつき合い、喰いちぎり合い、影喰と男の境界が、ぐずぐずと崩れていく。
「ヒッ」
その光景に、アルマが息をのんだ。
目を背けたいのに背けられない。あまりにも醜悪なこの場面を、見ることしかできなかった。
ああ、思い出した。思い出してしまった。この悪魔が、影喰と名付けられた理由、それは――
お互いが喰い合うように混ざり合い、融合するからだ。
「あ……た、助け……て」
やがて、融合は終わった。
そこにいたのは、まさに"異形"だった。
リーダーの体をベースに、無理矢理引き伸ばされた胴体。
それを支えるのは、六本に増えた足。
背中から、もう一つの頭が生え、腹には、よだれを垂らす口が裂けている。
足に、こちらを見据える目が蠢いていた。
そして額には――男の顔が浮かび上がり、レインたちに助けを求めている。
それは、もはや生き物ではなかった。
冒涜そのもののような異形が、ゆっくりと、動き出した。




