第23話:知恵くらべの外側
リチアとジルがゴーレムと戦闘を開始した時と同じころ。レインとアルマは、研究所の地下にある旧水路に到着した。
リチアとジルが行った事前の魔力探知で、地下から影喰の反応が確認されている。
神出鬼没な悪魔が地上に潜まれるより、行動範囲が絞れる地下の方がまだ対処しやすいはずだ。
ゴーレムがいる研究所の地下というのが気掛かりだったが、早い段階で所在を掴めたのは幸いだった。
「うええ、ジメジメしてる〜」
「思ったより地面は乾いているな。他の場所は分からないが、ここは暗いし狭い。できるだけ広い場所に移動しよう」
レンガ造りの地面は想定よりも乾いていたが、通路は最低限の灯りと広さしかない。ここで戦うのは逆に不利になるだろう。
「レイン、"アレ"落としちゃだめだよー」
「ああ、大丈夫だ」
すでにアルマは変身しており、ガントレットが装着されているレインの手には、大きな袋がぶら下げられている。
この袋の中身が、用意した"策"だ。
「よし、行くぞ」
「うん! 気をつけてね」
警戒しながら、薄暗い通路を進む。
いつ、どこから影喰が来るか分からない状況で、それでも進まなければいけない。頼りない灯りに照らされた影から、影喰が飛び出して来そうだ。
レインは、まだ戦闘は始まっていなくとも、精神的に追い詰められるのを感じていた。
「ここは……」
しばらく進んだ先に、レインたちは広い空間に出た。
元は倉庫だったのだろう。複数の通路を繋ぐため、壁が取り払われ、コンクリートで補強されている。
何にせよ、狭い通路よりも広く、戦いやすい。
だが、ここにはいくつか不審な箇所がある。
「足跡と、人がいた痕跡か」
「不気味だよねー。こんなジメジメした場所に来たい人っているのかな?」
つい最近できたであろう人の足跡と、ここを根城にしていた痕跡を見つけたのだ。
空の水の容器やパンの袋、ランタンまで残されている。明らかな生活痕であり、メンテナンスをする業者が残したとは考えづらい。
浮浪者の可能性が脳裏をよぎる。しかし、影喰の反応がある場所で、ただの人間が生きていけるはずもない。
敵か味方さえも分からない、正体不明の人物。
「とりあえず、これを置いてしまうか」
レインはそう言って、手に持っていた袋から手のひらよりも少し大きい球体を取り出す。
袋の中には、球体が五個入っていた。
「影喰が来る前にやんないとね!」
「そうだな」
影喰と遭遇する前に準備をしなければ。
レインが一個目を置こうとした時、影が、揺らいだように見えた。
「――っ!」
レインが咄嗟にその場から飛び退いたのと、影喰の爪が何もない空間を切り裂いたのは同時だった。
飛び退いた時に袋が手から離れ、中身が地面を転がる。
「キィ、ヒーッヒヒッ!」
影喰は不意打ちで仕留められなかったことに苛立つように、落ち着きなく鳴き声を上げながら、レインの前に実体化する。
集まった影喰は四体。昨晩リチアが一体倒したのを思い出す。他の個体よりも一際大きい個体は、一番後ろにいた。おそらく、あれがリーダーだろう。後から増えなければ、これで全部なはずだ。
「来たな……!」
先程の攻撃を間一髪で避けられたことに、安心か恐怖か分からない汗が頬を流れた。
「リベンジだよ、レイン! 絶対大丈夫、わたしたちならやれる!」
「……ああ。そうだな」
アルマの一言が耳に入り、レインの背は無意識に伸びた。
無意識に後ずさっていた足に力を入れ、前を見据える。
そうだ。二人ならやれる。気持ちから負けてどうする。ビビるな、思いっきり睨みつけてやれ。
「ヒィ、キャキャッ!」
「余裕そうだな」
影喰は、レインたちをどう痛めつけてやろうかと考えているようだ。だが、その余裕が何時まで持つか。
準備していた策を、使う時がきたようだ。
「お前たちが数で戦うのなら、俺たちは知恵で戦う」
大丈夫だ。自分を信じろ――さあ、浮かべ!
「――お前たちの大嫌いな光だ!」
レインの言葉とともに『ゼロ・グラビティ』で浮かんだ球体が、眩い光を放った。
「ヒャアアアアァァァーッ!」
室内に、影喰たちのけたたましい悲鳴が響く。
用意していたのは、影喰の弱点――光。
出力を底上げし、浮遊と同時に発光するよう、ジルが改造したものだ。
だが。
リーダー個体だけは、光が放たれた瞬間、影の奥へと身を滑り込ませていた。
球体を避ける位置取りだ。明らかに、他の個体とは動きが違う。
「やった! 効いてる!」
「このままいくぞ! ダークバインド!」
ゼロ・グラビティで球体を浮かせつつ、ダークバインドで一番球体に近い場所にいる影喰の体の自由を奪う。
いつものレインなら、魔法を発動しながら動き回る対象を、別の魔法で正確に捉えるなんてことはできない。
だが、球体の光に影喰が釘付けになっているいまなら。
「うおおおおおぁっ!」
ダークバインドで動きが鈍った影喰を、思いっきり球体に押し付けた。
「ヒャアァーッ! キャァァアー!」
球体に頭を押し付けられた影喰は、苦悶の声を上げる。レインはすかさず、追い打ちをかける。
「シャドウニードル!」
「ヒュッ――」
押さえ込んだ腕から伸びた棘は影喰を貫き、力が抜けた体は霧散していく。
まずは一体。
「ギィィィイイ!」
他の影喰も待ってくれるわけがない。四方八方から影喰の爪が飛んでくる。右へ、左へと避けながら、タイミングを見計らう。
「"それ"は、一つじゃないぞ!」
球体は全部で五つ。奇襲を受けたことで想定していた位置に設置はできず、全てバラバラに転がっていった。
それが逆に、功を奏した。影喰の足元や壁際、固定できなかったからこそ、戦闘に利用できる。
そしてどの球体を『ゼロ・グラビティ』で浮かせるかは、レインの自由だ。
「キャァァアッ! ギィィイ!」
攻撃を光に邪魔された影喰が、悔しそうに唸る。
地面を爪で引っ掻き、怒りを顕にするが、追撃はしてこない。光が怖いのだ。
いける。
このまま押し切れる。
そう思った矢先。
ドン。
低い音とともに、球体が砕けた。
「何っ!?」
驚くレインをよそに、ドン、ドン――さらに二発。
「レイン、後ろ!」
「ぐあっ!」
動揺で、頭も体も動かなかった。アルマの声にも反応が遅れた。左肩に衝撃、遅れて痛みが走る。
「っ……!」
……間違いない。
――これは、銃だ。
レインは、銃で撃たれたのだ。
影喰の向こう、奥の通路から人影が現れる。目が血走り、小汚い浮浪者のような男が、銃の魔導具を構えていた。
「人間か……!」
足跡と、人がいた痕跡。よく考えれば予測できていた乱入者。見落としていた自分に、レインは奥歯を噛み締めた。




