第20話:重力の翼
――翌日、レインはリチアと共に、朝の鍛錬をしていた。
「二人とも元気だね〜」
「同感。マギアの体力は、すごいなあ」
ワンド二人が仲良く話しているのを横目に、軽く組手を交わす。
ふと、昨日見たリチアの飛行を思い出し、問いかけた。
「気になっていたんだが、リチアはどうやって飛んでるんだ?」
「魔力をぎゅんってして、ずばばーんってしたら飛べる。やってみな」
「え?」
ギュンッテシテ、ズババーン?
頭の中で繰り返してみたが、やはり意味が分からない。
そういえば訓練しているときもよくこんな調子だった。
当時はレインの理解力が足りないだけだと思っていたが、もしかして違ったのか。
「おおー! なるほど、ぎゅんってしてずばばーん、なんだあ! レイン、やってみようよ!」
「なんで分かるんだ……」
どうやらアルマは理解できたようだ。納得したように頷き、目を輝かせている。
「つ、つまり、魔力を足に集中して、放出してるんだ。ワンドがいれば、魔力のままでも制御ができる。でもその分、魔力消費は大きいから、あまりおすすめはしない」
「ああ、なるほどな……」
「リチアは感覚派だから、説明には向かないんだ」
ジルがフォローを入れる。
どうやら、魔力量が桁違いのリチアだからこそ使える方法らしい。
もしレインにもできたなら、戦闘が楽になっただろうに。だが、魔力を放出し続けるなど現実的ではない。
……いや、もしかしたら。
「自分の重力なくせば、飛べるんじゃないか?」
「なんかよく分かんないけど、やってみよう! へんしーん!」
魔力の放出ではなく、重力で飛べる魔法を作ればいい。
アルマも飛んでみたいのか、やる気満々で変身した。
魔法はイメージが重要だ。
無重力の魔法、つまり――
「『ゼロ・グラビティ』……うおっ……こ、こんな、感じ、か?」
体がふわりと浮いた。飛ぶというより漂う感覚。
今までは重力を重くする方向ばかりやっていたので、逆に軽くするのは勝手が違う。瓦礫の除去作業で何回か実践したことはあるが、自分の体の重力をなくすのは初めてだ。
「体全体に、まんべんなく魔法をかけるんだ。今のままだと、ムラがあって、バランスが取りにくい。全身を、包むようなイメージで」
「な、なるほど……魔法で、全身を包む――」
ジルの助言通りにすると、重心が安定し、浮遊がスムーズになる。
慣れと訓練が必要だが、なかなか悪くない。
しかも体感的に、重力を重くするよりも軽くするほうが魔力の消費が少ない。
これなら飛行能力がある悪魔とも、問題なく戦える。
「……ふう。初めてにしては悪くなかったな」
「すっごーい! 飛ぶってあんな感じなんだね! 次はもっと高く飛ぼ!」
新しい魔法の試みは、確かな手応えを感じた。
「全身を包むようなイメージ、か。ありがとう、ジル。すごく分かりやすかった」
「えへへ……ど、どういたしまして。
魔力の分析は、得意だから……また何かあったら、言ってほしい。
それにレインは、魔力操作が上手だね。言ったことを、すぐできるようになった。レイン自身の実力だよ」
「そ、そうか? ありがとう」
まさか、褒められるとは思っていなかった。今まで褒められた経験がほとんどなかったレインは、胸の奥がじんわりすぐったくなり、顔に熱が集まっているのを自覚した。
「お疲れ。レイン、水分補給しな。ジル、アルマ、フルーツジュースがあるよ」
「うん。ありがとう」
「やった! リチアありがとう!」
「ああ。すまない」
ほら、と差し出された容器を受け取り、ありがたく喉を潤す。火照った体に、冷たいスポーツドリンクが染み渡る。
アルマとジルも、美味しそうにフルーツジュースを飲んでいた。
二人は知らないだろうが、フルーツジュースはリチアの手作りだ。
今朝早く、彼女がフルーツを握りつぶしていたのを、レインは見ていた。
オルテルシアへ向かう魔導列車でも、わざわざレインやアルマの分も食事を用意してくれた。
誤解されやすいところはあるが、リチアは面倒見がいい性格だ。
ジルを何より大切にしているのは間違いない。だが、あの時感じた危うさは、今はもう見えなくなっている。
あれは、レインの考えすぎだったのかもしれない。
そう思うようになっていた。
「それで、これからどうする? 悪魔とゴーレム、どちらから叩く?」
ちょうどアルマとリチアは席を外していた。だがジルなら、影喰とゴーレムの両方に対応できる策を思いついてくれるはず。そう思って話を振った。
「そ、それなんだけど……レイン、ゴーレムは、僕とリチアに、任せてくれないか?」
「どうしてだ? 逆にしたほうがいいと思うが」
レインの魔法と相性が悪い影喰と、リチアの魔法を吸収していたゴーレム。相手を入れ替えたほうが、勝率も上がるはずだ。
「確かに、僕たちが影喰を、君たちがゴーレムを担当したほうが、理にはかなっている。
でも、リチアが再戦を望んでいる。僕も、戦わせてあげたいんだ」
影喰を一撃で倒した雷が通じなかった。
それは、リチアにとって初めての経験だっただろう。
攻撃力に絶対の自信を持っている彼女にとって、その事実は――
「リチアの魔法が効かなかったことで、プライドが傷ついたってことか?」
「いいや、逆だよ」
ジルは静かに首を振る。
「リチアは、嬉しいんだ。自分の魔法が、効かない相手が現れてね」
「嬉しい?」
"嬉しい"――それは、レインが理解できない理由だった。
自分の魔法を吸収されて、何故喜ぶのか。
「今までずっと、全力を出せる敵は、いなかったから。ようやく、骨の在りそうな相手が来てくれて、喜んでいる。
だ、だから……考えて、ほしい」
全力を出せる敵。
きっとこれは、リチアが前に進むために必要なことだ。
だからジルもこうして真剣に頼んでいるのだろう。
ならば、レインがやるべきことは一つだ。
「一つだけ聞いておきたい。
俺とアルマは、影喰に勝てると思うか?」
「――うん。もちろん。君たちなら勝てる」
「……分かった。影喰は俺とアルマに任せて、二人はゴーレムに集中してくれ」
アルマには事後報告になってしまうが、問題ないだろう。きっとアルマなら、影喰との再戦を喜ぶはずだ。
「お待たせー! どれも美味しそうでさ、たくさん買っちゃった!」
「どうせ影喰は日が落ちないと出てこないからね。腹ごしらえは、しっかりしといたほうがいいでしょ」
ちょうどタイミング良く、アルマとリチアが戻ってくる。
両手いっぱいに食材を抱えたその姿は、昨日合流した時を思い出させた。
「ジル、一人前は食べなね」
「そ、そんなに食べれる、かなあ……」
リチアがジルと話している間に、レインはアルマに声をかけた。
「アルマ」
「なぁに?」
「俺たちで影喰を倒すぞ」
「もちろん! リベンジマッチだね! 頑張ろう!」
アルマは予想通り、影喰との再戦に目を輝かせた。その瞳に恐怖はなく、やる気は十分だ。
「二人が影喰ってことは、私とジルがゴーレムを相手にすればいいの?」
「ああ、頼んだ。やられっぱなしは性に合わないからな。俺たちで倒したいんだ」
「ふうん……いいね」
リチアもゴーレムと戦えることに嬉しそうだった。いつものクールな表情の奥に、静かな闘志が灯っている。
「でも、どうやって探すの? 黒いし、暗くなってからだと見つけられるかな?」
「それなら私たちが探す」
アルマの疑問にリチアが答える。どうやら、何か手があるようだ。
「……リチアの魔力を電波のようにして、レーダーみたいに、悪魔の位置を探れるんだ。見つけるのは、簡単だろう。
それに、影喰への対策も思いついた。
き、聞いてくれるかい?」
そうして、オルテルシアを恐怖から救うべく魔法使いたちは準備を始めた。




