第19話:悪魔の守護者
「くっ、ダークバインド!」
闇で編まれた縄が影喰に巻き付くが、それは一時しのぎにしかならず、すぐに引き千切られてしまう。
――やはり、相性が悪い。心の中で舌打ちをした。
影喰は闇属性の悪魔だ。影の中を移動し、トリッキーな攻撃を仕掛けてくる。
弱点属性は光。アルマの闇属性を借りて応戦しているが、レイン本来の属性である重力では、時間かせぎこそできても決定打に欠ける。
そして重力魔法は魔力の消費が激しい。前回の任務で己の力不足を痛感し、鍛え直した結果、使える回数は一日に三回から五回まで発動できるようになった。
だが、リチアたちとの合流が何時になるか分からないこの状況で、無駄打ちはできない。
五対二という圧倒的な戦力差。影喰たちは、まるで獲物をもてあそぶように、じわじわと二人を追い詰めていく。
「悪い、遅くなった!」
「来てくれたか!」
押され始めていたその時、雷鳴と光とともにリチアが飛来し、レインたちの前に降り立った。
「影喰か。光が苦手で、夜に蠢く、醜い悪魔。光ればなんでも効くから、リチアの雷で問題ない。こ、これ以上集まる前に、終わらせよう」
「夜更かしは体に悪いんだ。直ぐに終わらせる」
影喰たちは、リチアが放った光に一瞬たじろぐ。しかし、数のアドバンテージで自分たちに分があると判断したようだ。
そのうちの一体、リチアの背後を取っていた個体が、気をはやらせて飛びかかる。
「六時」
「了解」
「い、一撃……!?」
ジルが敵の方向を示すやいなや、リチアは振り向きもせず蹴りを放つ。
爪が届くよりも早く、繰り出された雷光を纏ったその一撃が影喰の頭部を砕き、断末魔を上げる暇もなく消滅させた。
雷属性は攻撃力が高いのは知っていた。だが、妖級の悪魔を一発で消滅させるなど、レインは自分の見た光景が信じられなかった。
「なんだ、見た目通り脆いね」
「妖級、なんだけど……。まあ仕方ないか」
妖級の悪魔をたった"一撃"で倒しただけではなく、"脆い"とまで言い放つ。ジルも、影喰を一撃で倒したことを平然と受け入れていた。
リチアとの実力の差が、嫌でも突きつけられる。
レインの胸の奥に、どす黒い泥のような物が溜まっていくのを感じた。
影喰たちも、仲間が一撃で消し飛ばされたことに狼狽えていた。
さっきまで我先にと飛びかかろうとしていたのに、リチアの雷光に怯えているのか、一歩引いて様子を伺っている。
不意に、他よりも大きな個体が月夜に向かって吠えた。
「ヒ、ヒヒ……ヒィ……」
それは笑い声に似ていながら、明らかに人のものではない、不気味な鳴き声だった。呼応するように、他の個体たちも続き、辺りは気味が悪い笑い声に包まれた。
「何だ……?」
影喰たちの行動を訝しんでいると、地鳴りとともに重い足音が響く。
段々とこちらへ近づいていき、やがて巨大な魔導ゴーレムがレインたちの前に姿を現した。
「ゴーレム!?」
「何でここに…!?」
「「か、かっこいい……」」
ゴーレムはアルマとジルの琴線に触れたようで、こんな状況だというに感激したような声を上げている。
『ガガ……ぼ、ぼぼ防衛対象を、確認。業務ヲ、カカ開始シマス』
「っ!?」
ゴーレムが攻撃対象にしたのは、悪魔ではなく――レインたちだった。
豪腕から繰り出される一撃を、『影写し』で回避する。影でできた分身にゴーレムの拳が直撃し、地面が抉れた。
巨体のわりに動きは早く、生き物でもないぶん疲れを知らない。やっかいな相手だ。
「ゴーレムって警備とかに使われるやつだよね!? なんでわたしたちが攻撃されるの!?」
「魔導具の暴走って、このことか!」
巨大ゴーレムの背後には、影喰たちが守られるように寄り集まっていた。
力強い助っ人を得たことで余裕を取り戻したのか、口を裂けるように開き、ニタニタと笑っている。
虎の威を借る狐――そんな光景だった。
「あ、悪魔のことを、守っている? 人を守るために、作られたゴーレムが……?そんなこと、あってはならない!――リチア!!」
「ぶっ壊れろ……!『ライトニングブラスト』!」
リチアの魔法は、先程影喰に放ったものとは比べものにならないほどの高出力だった。
雷光が闇を切り裂き、影喰たちは怯えて影の中に潜り込む。
だが――その雷撃を、ゴーレムは正面から受け止め、吸収してみせた。
「っ!」
魔法を吸収したゴーレムの動きが、さらに速く、重くなる。
リチアは素早く身を翻し、距離を取った。
「あれで倒せなかったのは、初めてだね……」
「あ、あの威力を吸収できるなんて……核に、相当高品質な魔石が、使われている。それに、装甲越しでも吸収できるなんて――す、すごい」
レインもリチアの援護ができる位置につき、追撃に備える。
しかし、次にゴーレムが取った行動は、予想外のものだった。
『ガガ……防衛対象ノ、離脱、を、確認……業務終了。き、キカ、帰還……シマス』
感情のない機械音とともに、ゴーレムは来たときと同じく、重い足音と地鳴りを残して去っていった。
「何だったんだ……」
人を守るはずのゴーレムが悪魔を守り、人に牙を向く。ありえないはずの事態に、レインたちは呆然と立ち尽くすしかなかった。
「……どうする? 今から追いかける?」
「いや、やめておこう。影喰も逃げたし、日を改めたほうがいい」
ゴーレムが立ち去ってから数秒、リチアが一足早く我に返り、追撃をするか尋ねた。だが、先程までの戦闘でレインとアルマは疲弊している。このまま戦闘を続けても、良い結果にはならないだろう。今は退くべきだ。
「んん……何故ゴーレムが、悪魔を守っていたんだろう。もしかして、黒魔術師が、関係している? それに、あの装甲強度や機構……分解したい……」
「ふあ〜あ、考えるのは明日にしようよ〜。もうヘトヘトだよ〜」
変身を解除したジルが思考の海へと潜ろうとしたところを、アルマがあくび混じりにやんわりと止める。
人の身に戻ったアルマは、眠そうに目を擦っている。
「気になることはいろいろあるが、今日はここまでだな」
「そうだね。ジル、夜更かしは体に悪い。寝ないと駄目」
「い、いや、あとちょっとだけ……」
「駄目」
リチアは有無を言わせず、ジルを抱き上げ歩き始める。
レインとアルマもそれに続き、四人は静かにその場を後にした。




