第21話:光を見つめる者
ジルコーン・サヴァンの一番古い記憶は、悪魔に襲われた時のことだ。
それ以外は、後遺症のせいか覚えていない。
悪魔の笑い声。
体が引き裂かれ、また縫い合わされる痛み。
救出されるまで、地獄は終わらなかった。
次に覚えているのは、病室でのこと。
自分の前に現れた両親だと名乗る二人。表面上は無事を喜んでいたが、目がはっきりと告げていた。
『化物』
変わり果てた我が子を受け入れられなかったのだろう。両親はすぐに自分の親権を手放した。
それからずっと一人だった。
魔法協会に引き取られ、何か役に立てればと研究所に所属した。
魔法使いや人々を助ける道具を作るのは、とても充実していた。
だが、そこでは一人の大人として扱われた。分かち合う友達など、できなかったのだ。
研究所を一歩でも出れば、ジルは醜い縫い目を持った怪物だ。
『化物』
『悪魔もどき』
そう言って、石を投げられたこともある。
それでも、ジルはずっと人を愛していた。
人は光だ。
一つひとつ違う光を放ち、どれもがまばゆく輝いている。
ジルとは違う。自分は暗い場所にいるべきだ。光に、自分のような存在が近づいてはいけない。近づいたら、見えなくなってしまうから。
そう思っていたから、遠くから眺めることしかできなかった。
だけど、光の方からこちらに来てくれた。
リチアは、ジルを必要としてくれるだけではなく、体を心配して食事まで作ってくれた。
誰かと一緒に食べる食事は初めてで、緊張と喜びで味は分からなかったけれど、とても幸せで美味しかった。
こんなことを言うのはおこがましいけれど、それからずっと一緒にいてくれる、家族のような存在だ。
アルマと初めて出会った時、彼女はいきなり『ノート見せて!』と眩しい笑顔をしながら言った。課題で困っているようだったので、ノートを見せながら教えた。
それきりだと思っていたのに、また話しかけてきた。自己ベストがとれたと、答案用紙を見せながら嬉しそうに。
それからも、何度も話しかけてくれた。
レインもまだよく知らないけど、縫い目のことを何も聞かずに、普通に話しかけてくれる。その普通が、どれほど嬉しかったことか。
見つめているだけだった光が、少し近づいてくる。距離が、ゆっくりと縮まっていく。
もしかしたら、自分もあちら側へいけるのかもしれない。
……願うだけなら、許してほしい。
ジルを襲った悪魔は、まだどこかで生きている。悪魔は他にも世界中で蔓延っている。
悪魔は光を喰らう闇だ。存在してはならない。
自分と同じような被害者を出さないために。
"悪魔の根絶"――そのためにジルは、ここに存在しているのだ。
「……ル、ジル、大丈夫?」
「ご、ごめん……っ、少し、考え事をしてた」
気づくと、リチアが心配そうな表情でこちらを見ていた。
慌てて返事をするが、こうやって言葉に詰まってしまうのも後遺症の一つだった。喉の縫い跡が引き攣り、言葉が喉で擦れて止まりそうになる。この見た目と喋り方では、当然人は遠ざかる。
なのにリチアは、ジルが言い終わるまで待ってくれる。――とても、優しい人だ。
「もう、大丈夫、行こうか」
「分かった。無理はしないで」
ジルとリチアが赴いた場所は、オルテルシアの郊外にある個人の研究所兼魔導具製作所だった。
変わり者が多いと言われている魔導具職人の中でも特に変わり者と噂されるこの製作所の主人が、少し前から姿を見せていないらしい。
敷地内のいたるところに魔導具の部品や完成品が置かれ、中には昨晩のゴーレムほど巨大ではないものの、人型のゴーレムも見受けられた。
上半身だけの半端な形で組み上げられたゴーレム、用途が分からない魔導具、ギラギラとした装飾で改造された魔導車までもが無造作に放置されている。
どこを見渡しても魔導具に囲まれており、完成品とガラクタの区別がつかない。まるで魔導具の墓場だ。
……なるほど。『ガラクタ研究所』と呼ばれているのも納得できる場所だった。
目視で探すのは困難だと判断し、レーダーで探ったところ、リチアの魔力の反応がここで探知された。
つまり、ゴーレムはここにいる。
「ジル」
「うん」
リチアの呼び声に応答し、変身する。
そして、製作所の奥まで届くように魔力を放出する。
昨晩、影喰の遠吠えでゴーレムがやって来た。だが、ゴーレムがあそこに来た一番の理由。それは、巨大な魔力に反応したからだ。
だから、こうして魔力を放出すれば――
『ピピ……敵反応、検知。目標の排除ヲ、執行シマス』
壁を突き破り、ゴーレムのお出ましだ。
『ガガガ……サンダーショット』
ゴーレムは雷属性の魔法を繰り出す。だが、これは想定内だった。魔石によって動いているゴーレムはリチアの魔力を吸収した。ならば、使ってくるのは雷属性だ。
ただし、リチアの魔力だからか、初級魔法とは思えない威力で飛んできた。
「ふん……」
だが、それでもリチアを止めることはできない。魔石を通しているため多少は変異しているものの、もともとはリチアの魔力だ。一人ならともかく、ワンドがいる状態で自分の魔力で傷つくマギアはいない。
「ライトニング」
『ピーガガ……損傷、軽微。魔力、解析……充電、カンリョウ』
リチアはサンダーショットを意に介さず雷を纏った拳をゴーレムの足にぶつける。だが、手応えはない。それどころか、また魔力を吸収した。
「ジル」
「問題ないよ。このままで……だ、大丈夫」
そう――このままでいい。
「了解。このまま攻めるよ」
「うん。中級魔法でいいかな」
巨体から蒸気を噴き出し、さきほどよりも力が漲っているように見えるゴーレムは、魔法戦闘から近接戦闘へ移行したようだ。
その剛腕をもって、リチアを押し潰さんと振るい始める。
『ライトニング、ブラスト』
ゴーレムの膂力に中級魔法の威力が乗った一撃。
当たれば強力だが、スピードはリチアのほうが上だ。
「ライトニングブラスト」
轟音。
拳をかわしたリチアが同じ魔法を叩き込む。ゴーレムと張り合うような一撃だ。――負けず嫌いのリチアらしい。
魔力は吸収されるが、攻撃そのものは通る。ゴーレムの体から、重低音が響いた。
『ガガ……』
「まだまだ……!」
一撃、二撃とリチアの攻撃は終わらない。
そして魔力過剰症候群によって、リチアは基本的に魔力切れというものが存在しない。
『貯蔵魔力量、上昇。……損傷拡大。キ、危険、危険。対象の排除ヲ、最優先とシマス』
いくら魔力を吸収できるといっても無限ではない。消費より供給量が上回れば、いずれ溢れる。オーバーヒート状態になったゴーレムから、ジルには初めて人間のような“焦り”が見えた。
だが、焦りがあるのはこちらも同じだ。
とりわけリチアは、基本的に魔力切れこそ起こさないが、それは体に必要なエネルギーさえ消費して魔力を作ってしまうからだ。消耗が激しいと、自らの魔力で自分を傷つけてしまう。
このまま戦闘が長引けば、相打ちもあり得る。
――その前に、決着をつけなければ。
「何をしてくるか分からない。早急に終わらせよう」
「了解!」
だが力強く返答したリチアよりも、ゴーレムの行動が一歩早かった。
『"オートマタ・マスターコード"、起動』




