第17話:久しぶりの再会
今回の任務の場所は、魔導具発祥の地『オルテルシア』だ。
魔導具――魔導車や倍の大きさを誇る魔導列車など、魔力で動く道具を指す。
その中枢に使われるのは、魔力に反応し吸い取り、溜め込む性質を持つ不思議な石、【魔力石】。通称"魔石"。
主に魔法使いではないマギアたちが魔力を注入し、流通している。
これを核に魔力で動く道具が魔導具だ。魔石は魔力を吸い取るので、ワンドと契約していないマギアでも安心して注げる。
充電式だったり供給式だったりと使用方法は様々だが、欠かせない存在だ。
ちなみに、魔石はマギアの魔力属性を照合するためにも使われる。魔石は、注がれた魔力によって色を変える。火なら赤、水なら青。
だがレインの魔力は、何色にも染まらなかった。
昔は、それが嫌で仕方なかった。
だが、最近はそんなこともなくなっている。
魔法使いとして、人を助けられている——それだけで、十分だった。
そんな欠かせない存在である、魔導具発祥の地オルテルシアで、悪魔の目撃情報と、魔導具の暴走が相次いでいる。
その原因を突き止め、対処するのが今回の任務だ。だが、これはアリスから指名された校長案件。普段よりも手ごわい任務になるだろう。気を引き締めなければ。
レインたちは、オルテルシアに魔導列車で向かうため、リチアたちと乗り場で待ち合わせている。
「リチアー! ジルー! おっはよー! 頑張ろー! いえーい!」
レインよりも先に二人を見つけたアルマが、元気に声をかけた。二人の元に駆け寄り、ハイタッチまでしている。
「おはよう。レイン、久しぶり」
「やあ、おはよう」
「ああ、おはよう。久しぶりだな」
……挨拶は変ではなかっただろうか。
リチアはこの前話した時ぶりに、ジルコーンに至っては仮契約以来初めて会う。
リチアは、身長が伸びていること以外はあまり変わっていないが、ジルコーンは、以前のボサボサした頭は整えられており、身ぎれいになっている。
背が低く、さらに猫背なせいで一層小さく見えるが、痩せぎすだった体も、少し改善されたかもしれない。
……それにしても。
「随分大荷物だな」
リチアは、大きな荷物を二つ両手に下げて持っていた。袋の中身はなんなのだろう。
「これは、ご飯」
「は? いや、駅にも売ってるじゃないか」
魔導列車の駅には限定のお弁当が売っていることが多い。そこでしか買えない特別感が人気なのだ。
持ち込みも禁止されていないが、別にわざわざ持ってこなくてもいいのに。
「もちろんここでも買う。これだと四人じゃ足りないでしょ? いっぱい食べないと力がでない」
「いや、足りると思うが……」
「ヴェルトラム君、リチアは燃費が悪いんだ。
……き、君とは仮契約の時、以来か。元気そうで、良かった」
ジルコーンが荷物の理由を教えてくれる。リチアは大食いだったのか。以前よくプロテインバーをくれたのは、本人が食べるために持ち歩いていたからかもしれない。
「サヴァン、久しぶりだな。だいぶ顔色がよくなってる」
「それは、リチアのおかげ、だよ。どうか、僕のことは、ジルと呼んでほしい」
「分かった、ジル。俺もレインって呼んでくれ」
「うん。……レイン、レイン。
……ふ、ふふ。と、友達っぽくて、いいなあ……」
そう言って微笑むジルの顔には、以前会った時の暗さはなく、縫い目があるだけのただの青年に見えた。
見た目が整えられたことで、ジルは以前より話しかけやすくなっている。
レイン自身も、魔法使いになれたことで周りを見る余裕ができた。
あれきりだと思っていたが、こうして共に任務に挑むとは。
「ねえねえ、二人はお弁当どうするー? わたし、デザートだけ買っちゃった!」
「アルマ、遠足じゃないんだぞ」
「まあまあ、いいじゃないか」
校長案件だということを理解してるのか、してないのか。
いつも通りだが、それもアルマらしい。
「お弁当、全種類買ったから。欲しかったら言って」
「……買いすぎじゃないか?」
アルマから遅れて合流したリチアの荷物は、倍に増えている。本当に食べられるのか?
そんなやり取りをしてるうちに、出発のベルが鳴った。
「それじゃあ、出発しんこーう!」
青空に、アルマの元気な声が響いた。
「美味しーい! やっぱりリチアの料理は美味しいね!」
綺麗な景色と美味しい食事。これから任務に行くとは思えない空気感で、レインたちはオルテルシアへ向かっていた。
「ジル、あと一口頑張って」
「んん、もうお腹、いっぱい……」
「駄目。まだ痩せてるんだから、もっと食べないと大きくなれない」
「……小さいは、余計だ」
リチアの背が高いということもあるが、この四人の中だとジルはアルマの次に小さい。本人はそれを気にしているようだ。少し拗ねながらも、突き出された食事をしぶしぶ口に入れる。
ジルは少食だ。アルマの半分くらいしか食べてないだろう。それに、お腹いっぱいになったら眠くなったのか船を漕ぎ始めている。
リチアはそんなジルの世話を甲斐甲斐しく焼いていた。小型の枕を頭の下に入れてやり、毛布までかける。まるで母親のようだ。いつも凛としていたリチアが、こんな顔をするなんて思わなかった。
「あ、ねえそういえば――」
「静かに。今、ジルがお昼寝してるから」
アルマを注意しながら、リチアは手元のノートにジルの様子を書き連ねている。その間視線は動かず、手だけが動き続けている。ジルの観察日誌をつけているようだ。
レインはこの短時間でリチアの印象が変わっていくのを感じていた。前は真面目でストイックだと思っていたのに、今はジルが好きすぎて怖い。
今度はジルを起こさないよう、アルマは声をひそめて話す。
「ごめんごめん。なんでリチアは学校来なかったのかなーって。連絡は取れてたけど、ずっと休んでたじゃん」
「訓練場で放電したって聞いたぞ。何かあったのか?」
アルマがレインも気になっていた話を振ってくれた。ラルフから大放電の後学校に来ていないと聞いて、ずっと聞きたいと思っていたのだ。
「ああ、そのこと」
少し聞きづらい話題かと思っていたが、リチアはなんでもないようだった。
「放電したのはジルと契約した時だね。的に魔法を発動したら、思ってたよりも威力が強くて、それで停電したんだ」
そこでリチアは一旦切り、眉をひそめて少し不満気に続ける。
「私が魔力を暴発して停電させたわけじゃないけど、いつのまにかそういうことになってた」
「いつの間にか、症候群のせいにされちゃってたんだね……」
訓練場の停電は、そんな理由だったようだ。
レインもアルマと契約した時に、魔法の威力を確かめるために行った。悪魔を倒せる最低限の確認で、そこまでの威力にはならないはずだが、的を破壊するだけではなく停電させてしまうとは。
「学校は……初任務前にジルと食事に行ったら、固形物を久しぶりに食べたジルが吐いちゃって」
「何だって?」
レインはリチアの言葉がすぐには理解できなかった。固形物を久しぶりに食べた? そして吐いた? いったいどんな生活をしていたらそうなるのだろう。ジルがあんなに痩せていた理由が分かってしまった。
「お腹がびっくりしちゃったのかな?」
「そうみたい。それでジルの体調がよくなってからは任務三昧で、あまり行ってる暇がなかった」
リチアが休んでいた理由は、レインが思っていたよりも平和な事情だった。
「あと、どうして魔法使いになったの? こういうの話したことなかったよね。よかったら聞かせてくれる?」
「私は親がマギステルだったんだ。だから、魔法使いにならないなんて考えたことはなかった。
『強きをくじき、弱きを助ける。それが力を持つ者として生まれてきた義務だ』って言われてきたから」
"力を持つ者として生まれてきた義務"。
それは、レインの生き方とは正反対な言葉だった。
「なかなか契約できなかった時は少し焦ったかな。器が大きいワンドだけを選んだのに、少し魔力を流したら『多すぎる』って言われる。
特に、一番消費魔力が多いって言われてる自律型との相性が最悪でね。魔力が向こうに流れ過ぎて、パンクして怪我をさせてしまうこともあった」
リチアの声には、ほんのわずかに苦味が混じっていた。
リチアにとっての、"初めての挫折"と、"人を傷つけてしまった記憶"だったのだろう。
レインも何度も失敗しては、自分の無力さに打ちのめされ、焦り、絶望した。
だからこそ、アルマと契約できた時の喜びは、生涯忘れることはないだろう。
「でも、そんなのはジルと出会ってからは些末なこと。"私が"ジルを幸せにする。それが使命なんだって気づけたから。
ジルの夢は悪魔の根絶。レイン、アンタも目指すのなら、私たちは"ライバル"ってことになる」
――バチリ。
鋭い目がレインを貫いた瞬間、火花が散るような音と共に、リチアの髪が微かに逆立つ。
これは、下手なことは言ってはいけない。レインはそう直感し、慎重に言葉を選ぶ。
「い、いや、俺の夢は一人でも多くの人を助けることだから。別に悪魔の根絶を掲げてるわけじゃ……」
「でも、ジルなら『みんなが仲良くなりますように』って言いそうじゃない?喧嘩とかはしてほしくないと思うな〜」
一触即発な空気を、アルマの場違いなほど明るい声が破った。
「………………確かに。レイン、悪かったね」
「……いや、大丈夫だ」
ジルが言いそう、というだけの理由で納得したリチアは、先程までの様子が嘘のように落ち着く。
静かに、アルマと視線を交わす。『危なかった』、お互いそう思ったに違いない。
明る過ぎる声だったが、アルマも焦っていたのだ。もしアルマが居なかったら、どうなっていたことやら。
リチアの考えは、危険かもしれない。
もしジルが悪に染まることがあれば、彼女は迷わず手を汚すだろう。
その時、レインはリチアを止められるだろうか。覚悟を決めなければならない時が、いつか来るかもしれない。




