第16話:知らなかった隣人たち 後編
廊下で話すには長くなりそうだったので、三人は手頃な空き教室に入る。
「俺はラルフ以上に情報通な生徒を知らないからな、頼む」
「ウシシ、嬉しいこと言ってくれるッスね〜。良いッスよ、リチアちゃんコンビのことッスね。この前の任務のこともあるッスし、特別に今回は無料で話すッス」
ラルフは機嫌が良いようで、椅子に座ってあぐらをかき、小さく左右に揺れながら話す。
「でも会ったことのないジルコーンくんはともかく、リチアちゃんのことはレインくんも知ってるんじゃないッスか? レオンハルトくんには目立ってないって言ったッスけど、ホントは大活躍してるッスもん」
「え、そうなのか?」
最近のリチアのことを何も知らないレインがそう返すと、ラルフは呆れた目をした。
「レインくんは、もうちょっと魔法使いのこと以外に目を向けた方がいいッスよ。悉皆救済教は知ってたけど魔法使いの歌を知らなかったりするッスし。
悪魔を倒すことと困ってる人を助けること、それも立派ッスけど、その他にも興味持ちましょ?」
「う、肝に銘じる。でもラルフお前、前にリチアのこと色々と言ってなかったか?」
「そこはボクも反省したッス。じゃあ最近のリチアちゃんのことからッスね」
レインたちとの任務前、いろいろと言ってしまったのを気にしてか、ラルフは少し真面目な顔になった。
「まず、レインくんも知ってるだろうけど、リチアちゃんは雷属性のマギアッス。
特徴は、魔力の質が独特ってことと、魔力量が普通よりずっと多い"魔力過剰症候群"ッスね。
過剰症候群は制御が難しくて、暴発しちゃうことが多いッス。リチアちゃんも、その傾向が強いッスね」
ラルフは一旦区切り、再度口を開く。
「暴発と言っても、強い静電気みたいなのが出ちゃう程度がほとんどッス。だけど、前に言った第二訓練場の停電。あれはかなり強めの暴発ッス。
性格は……って、レインくんは友達だから必要ないッスよね」
少し重くなった空気を変えるように、ラルフはおちゃらけるように言った。
「まあな。俺から友達と言ってもいいのか分からないが」
訓練場や教室で会ったら話す程度だ。
けれど、一緒に訓練をしたこともあるし、中々パートナーができない共通の悩みを打ち明け合った仲でもある。
レインにとってはそれだけで十分友人だった。
「実はオレ、リチアと仮契約したことがあるんだよ」
「え、そうだったのか?」
今まで静かに聞いていたムサシが、打ち明けるように口を開いた。
「うん。オレは風の他に、火と雷の耐性を持ってるから。でも、少し魔法を使っただけでリチアから断られたんだ。
オレじゃあ全力を出せなかったんだろうね。ずっと気を使ってるようだったから」
「……次はリチアちゃんの相棒、ジルコーン・サヴァンッス。年はボクらと同じ一六歳。分散型のワンドで、全属性の魔力に耐性持ちッス」
「それは凄いな」
耐性は多くても三つ〜五つだ。七つの全属性に耐性があるなど、レインは聞いたことがない。レオンハルトが嫉妬するわけだ。
「さらに頭も良いらしくて、協会の研究者と共同でエリクサーを開発した一人らしいッス」
「あのエリクサーの!? そうだったのか……」
【疑似魔力生成薬エリクサー】、通称エリクサー。魔力を持っていないワンドや一般人でも一時的に魔力を宿し、マギアと同じように傷を治すことができる薬。
無属性は他の属性よりも一般人の魔力抵抗が少ないらしく、レインも協力し無属性のデータを渡した記憶がある。
数年前に開発されたが、それ以前に使われていた【魔力注入薬ソーマ】よりも効果と持続時間が長く、さらに副作用も少ないため、なくてはならない物になっている。
「凄い人ではあるッスけど、あの"ツギハギ事件"の被害者らしくって、あまり人前には出てこないッス。だから性格は分からないッス」
「あのツギハギ事件の……」
"ツギハギ事件"とは、ぬいぐるみの悪魔が引き起こした大事件だ。
ぬいぐるみの悪魔【チャーミー】が、人を誘拐しバラバラにして縫い合わせる。
悪魔の能力なのか、バラバラにされても血は出ず、縫い合わされても死ぬことはない。死ぬことはないが、痛みは感じるのだ。
被害者は救出されるまで生き地獄を味わい、救出された後も身体に残った縫い目を見る度に地獄を思い出す。悪魔被害の中でも凶悪とされている事件だった。
全属性に耐性があり、エリクサーを開発した一人。そしてツギハギ事件の被害者か。
「で、契約してからはかなり任務をこなしてるッスよ。実力者コンビッスね。
ボクはこれくらいしか知らないッスけど、ムサシはどうッスか?」
ラルフに話を振られたムサシは、困った表情をして首を横に振った。
「オレもよく知らないかな。でも、彼を怒らせてしまったことがあるんだ」
「え、どうしてだ?」
穏やかなムサシが人を怒らせるなんて、何があったのだろう。
「完全にオレが悪いんだよ。悪魔のことで盛り上がってしまってね。彼は被害者なのに、その前で悪魔は素晴らしいなんて言ってしまったから」
「そうか、そんなことが……」
「あっ、レインここにいたー。探したんだよ」
暗い空気を吹き飛ばすように、アルマが教室に入って来た。
「アルマ? どうしたんだ?」
「次、合同任務なんでしょ? 詳しくはレインに聞いてってショーン先生に言われたんだー。もしかしてまたラルフとムサシと一緒?」
一緒にいたからだろう。アルマはラルフとムサシとまた合同任務かと思ったようだが、それは違う。
「いや、リチア・サンダースとジルコーン・サヴァンのペアだ。」
「えっ、リチアとジル? やった! 楽しみ!」
「二人のことを知っているのか?」
おそらく知らないだろうと思っていたが、アルマの反応は親しい友達と共に旅行にいくことが決まったときのような反応だった。特にジルコーンのことを愛称で呼ぶほどだとは。レインも想像していなかった。
ラルフも初耳だったようで、身を乗り出してアルマに詰め寄る。
「あのジルコーンくんと親しいッスか!? ぜひ詳しく教えて欲しいッス!!」
「ラルフ、やめなよ。アルマも、嫌だったら言わなくていいからね」
興奮したような様子のラルフをムサシが止めるが、アルマは特に気にせず話し始める。
「ううん、大丈夫。まず順番に答えるね。リチアはよくとっても美味しい物くれるんだ! みんなも食べたことあるよ!」
「もしかして、初任務の時のカップケーキとこの前のパンって……」
「そうだよ、リチアがくれたやつ。美味しかったよね!」
「そうだったんだ……」
「料理上手だったんスね……」
どちらもとても美味しかったが、リチアが作っていたとは。ラルフとムサシも、リチアからの差し入れに驚いている。
「それでね、ジルは私に勉強を教えてくれる先生なんだ。私の赤点はジル先生によって回避されてると言っても過言ではないんだよ」
「いやドヤ顔することではないだろ」
何故かドヤ顔しながらいうアルマにツッコんでしまった。
それにしてもこんなにアルマがお世話になっているのなら、リチアとジルコーンに菓子折りとか持っていった方がいいのではないか。
「へえー。ジルコーンくんは人と関わるのが嫌いだと思ってたッス」
「それねー、顔の傷のせいでよく誤解されちゃうんだって。ジルはすっごく優しいのに」
顔に傷。同年の男子生徒。
「なるほどなるほど。性格はどんな感じッスか?」
「えっとねー」
アルマの話を聞いているうちに、レインの頭には思い至る人物が浮かんでいた。
「なあ、もしかしてサヴァンって、髪はボサボサでひょろいか?」
「そうそう、そんな感じ」
「俺、会ったことあった」
「え?」
「アルマに会う前、手当たりしだいに契約してた頃、少し魔法が発動した生徒だ」
『や、やあ。よろしく』
そう言って握手を求めてきた痩せぎすの男子生徒が、ジルコーン・サヴァンだったのだ。自己紹介もしたはずだが、レインは全く覚えていなかった。
「ええ〜! 会ったことあるのに忘れてたの!? レイン、そういうとこあるよね。興味なかったら全く覚えないっていうか」
「返す言葉もない……」
若干魔法が発動したが、物が浮くくらいで、本契約とはいかなかったのだ。失敗したことを引きずらないように、あまり思い出させないようにしていた。だが、それが良くなかったのか。いいや、全ては自分の人間関係への関心のなさのせいだろう。
先程ラルフにも言われたことだ。こんなにも無関心だったなんて。自分のことが冷たい人間に思えてやまない。ショックだった。
「レインー? 大丈夫ー?」
アルマの声も耳に入らない。次の任務、どんな顔をしてリチアたちに会えばいいのだろう。レインの頭には、その心配しかなかった。




