第15話:知らなかった隣人たち 前編
グランドベルの盗難事件を解決してから一ヶ月ほどが過ぎた。
あの時、悉皆救済教の教祖と遭遇したが、取り逃がしてしまった。"救済の日"とは、いったいなんなのだろう。分からないが、あの黒い水は危険だ。次は絶対に捕まえてみせる。そう決意し、訓練や任務に打ち込んでいる。
「ヴェルトラム君、今時間はありますか?」
レインが廊下を歩いていると、教師のショーン・プライムに話しかけられた。特に用事はないので、そのまま聞くことにする。
「プライム先生。はい、大丈夫です」
「そこまで時間は取らせません。次の任務の事でして。次の任務は合同任務で、リチア・サンダースさん、パートナーのジルコーン・サヴァン君と行ってもらうことになりました」
「リチアと?」
先生から告げられたことにレインは少し驚く。レインがリチアと最後に話したのは、まだアルマと契約する前のことだった。その後は任務などで鍛錬場にあまり顔を出せていない。リチアの方もラルフから聞いた訓練場を停電させた、という話以降姿を見掛けていない。
だから、レインはリチアにパートナーができたことすら知らなかった。
「はい。任務日はちょうど一週間後です。パートナーであるイーリスさんにも伝えておいてください」
「はい、分かりました」
レインがそう言うと、ショーンは少し言葉を選ぶように間を置いた。
「それと、この任務は校長案件です。普段の任務もですが、今回は特に気をつけてください。それでは、よろしくお願いします」
ショーンが去るのを見ながら、レインは考える。
アリスからの任務も気になるが、それよりも、今までパートナーができなかったリチアと契約した、ジルコーン・サヴァンとはどういう人物なのだろうか?
レインにしては珍しく人に興味が出たところで、真っ直ぐこちらへ向かってくる人物に気付いた。
その人物にレインは見覚えがあった。
『ふん、この俺と仮にも契約できること、誇るがいい』
四人目に仮契約し、自律型で黒豹に変身した、上から目線なワンドの……なんだっけ?
「久しぶりだな、レイン・ヴェルトラム。この俺、レオンハルト・シュタイナーがキサマに話がある」
「あ、ああ……。久しぶり。話ってなんだ?」
レオンハルトの偉そうな態度は覚えていたが、名前までは覚えていなかったなどとはとても言い出せない。バレないことを祈りつつ、話を聞くことにした。
「キサマの重力属性とはいったいなんなのだ!」
いきなり目を吊り上げてレインを睨みつけながら、レオンハルトは声を荒らげる。
「は?」
「は? ではない! 何故この俺と契約しても火の粉しか出なかったキサマが、獣級の悪魔を討伐できる!? 何故闇属性しか耐性がないアルマ・イーリスがキサマと契約できて俺にはできなかったのだ!」
「ちょ、ちょっと落ち着いてくれ。そもそも本契約する相手がいたから俺とはしなかったんだろ?」
そうなのだ。レオンハルトは憤慨しているが、レインと契約しなかった理由は魔法とは言えない威力だったことと、レオンハルトに契約予定のパートナーがいたからだ。なので、レインがこう言われる理由はないはずだ。
しかし、レオンハルトの鬱憤は止まらないらしく、口からレイン以外への不満も出てくる。
「固有の重力属性だと? そんなもの聞いたことがないぞ! 俺は五属性耐性持ちなのだ! 最高のワンドとして、賞賛されるはずだったのに……!」
そこで悔しそうに言葉が詰まるが、一度口から出た勢いで次々と吐き出されていく。
「全属性耐性持ちがいるわ、七属性に属さない重力属性が出てくるわで、俺が全く目立っていないではないか!」
「そんなこと俺が知るか!」
レインは絡まれた理由がレオンハルトの妬みだと知り、思わず声を荒げた。何だと思ったらものすごく私怨じゃないか。レオンハルトの態度で"ずるい"と喚いていた悪魔のことを思い出し、気分も悪くなる。
「何ぃ!? 知らんとは言わせんぞキサマァ!」
「知らんったら知らん! 何なんだいきなり!」
「はいはーい! 喧嘩はそこまでッス!」
一触即発の二人の間に、場違いなほど明るい声が響いた。レインとレオンハルトは、同時に乱入者に顔を向ける。
「ラルフ! こいつがいきなり…!」
「邪魔をするな、ラルフ・ロイド!」
「二人とも落ち着くッスよ〜。廊下でこんな騒いで、周りの人に迷惑ッス」
「オレたちが来たのも、廊下で生徒が喧嘩してるって聞いたからだしね」
声を掛けたラルフ、そして後ろにいたムサシがヒートアップしたレインとレオンハルトを宥める。
「ふん、俺は悪くない! この俺よりも目立つ者などいてはならないのだ!」
「こんなくだらないことに巻き込まれてたまるか」
怒り心頭のレオンハルトとは対象的に、レインは苦々しい様子で心の声をもらす。
「何ぃ!?キサマ、この期に及んで……!」
「はいはいはい! ストップストップ!」
「そうッスよ〜。それに、レオンハルトくんは一番目立ってるから安心するッス! 超有名人ッス!」
「……なんだと?」
またヒートアップしそうになったレオンハルトだったが、ラルフの言葉に少し大人しくなる。
「普通のワンドなら三属性でも珍しいのに、レオンハルトくんは五属性も持ってるッス!
七属性耐性持ちのジルコーンくんはよくいる分散型で、引き篭もってるらしいッス!
難しい任務をバンバンこなしてるレオンハルトくんのほうが凄いッス!」
「ふぅん。確かに、ジルコーン・サヴァンはあまり姿を見かけないな……。このレオンハルト・シュタイナーに恐れをなしたか!」
レオンハルトはラルフのおべっかに気分を良くしたのか、偉そうに胸を張る。そんなレオンハルトにラルフはさらに持ち上げるようで、調子のいい言葉をペラペラと出していく。
「きっとそうッス! それに、重力属性だってレオンハルトくんの炎よりも地味ッス! ボクこの目で見たから間違いないッス!」
「そうだろうそうだろう! この俺の炎は目にする者全てを釘付けにする!」
「レオンハルトくん流石ッス!」
「ハーハッハッハッハ! もっと褒めろ!」
ふんぞり返るレオンハルトは、レインがどんな目を自分に向けているのか気づかないままだ。ラルフは気づかせないように視線を誘導しながら、さも今思い出しましたといったように話題を変える。
「あっそうそうレオンハルトくん、スミレちゃんが探してたッスよ? 多分任務じゃないッスか?」
「何? 待っていろと言ったはずなんだがな。とにかく、レイン・ヴェルトラム! キサマには負けんからな!ハーハッハッハ!」
「……勝手にしろ」
ラルフのおかげで先程とはうって変わって上機嫌で去っていくレオンハルト。その後ろ姿を見ながら、レインはうんざりした様子で吐き捨てた。
「災難だったね、レイン。シュタイナーは優秀だけど嫉妬深いことでワンド科では有名なんだ」
疲れた様子のレインに、ムサシが労りの言葉をかける。
「当たり屋にでもあった気分だ……」
「レオンハルトくんが羨むくらい、レインくんが注目されてるってことッスよ〜」
ラルフが元気づけようとするが、こんな面倒ごとにあったレインが嬉しく思うはずがない。
「まったく嬉しくないな。注目されるより、もっと強くなりたい」
「レインらしいね」
レオンハルトが去り、だんだん落ち着いてきた。レインは情報通なラルフに、リチアとジルコーンのことを尋ねることにした。
「ラルフ、ちょっといいか?」
「ん? 何ッスか?」
「今度リチアと任務をやることになったんだが、リチアのパートナーのことをあまり知らなくてな。どんな奴なのか知りたいんだ」




