第14話:悉皆救済教
「随分沢山あるな」
シーフワラビーとバンデットルーを倒した翌日。
レイン達は、二体の巣がある場所に来ていた。悪魔の残滓を、上空からムサシが確認して突き止めたのだ。
巣は洞穴のようで、おそらく掘って広げていったのだろう。
だが、レイン達の目当ては巣ではない。巣の近くに盗まれた品々が山のように積まれていたのだ。
「おそらく贈り物として盗んだようだけど、あまり反応が良くなかったから捨てたんだろうね。なんとも一途で健気だね。人間も見習うべきだよ」
「被害者からするとたまったものじゃないな」
「アルマちゃん、このパン美味しいッス!」
「友達が作って送ってくれたんだ〜。伝えておくね、きっと喜ぶよ!」
一応悪魔のことを話しているレインとムサシだが、アルマとラルフは完全に気を抜いている。悪魔は倒したから、気を抜いてしまう気持ちはわかるが、帰るまでが任務だ。
食べているパンは、初任務の時にカップケーキをくれた友達が作ったものだ。それを魔法使い特急便、通称『まほとく』でできたてを送ってくれたらしい。とても美味しいし、貰いっぱなしなので今度お礼を言わないといけない。
「本部で食べると鳥が集まってくるんだけど、ここならゆっくり食べれるね」
「いや……もう狙われてないか?」
どうやらグランドベルの鳥たちも味を覚えたらしい。おこぼれを貰おうと周囲の木には鳩やカラスがとまっている。
「あげないッス! これはボクの朝ごはんッス!」
「鳥には優しくしてよ。オレが変身するんだから」
先程まで朝食代が浮きご機嫌だったラルフは、今は盗られまいと鳥に威嚇している。ラルフとは対象的に、ムサシはパンをあげていた。鳥たちがパンを狙う原因を作ったのは間違いなくムサシだ。
「あー! 犬いたー!」
「生きてたのか? 無事で良かった」
まだほのかに暖かいパンの匂いに釣られてか、犬が木の間からこちらを伺っていた。犬種や首輪の特徴から、魔導車を盗まれた被害者のペットで間違いなさそうだ。
「お腹空いてる? これ食べる?」
アルマがパンを犬に差し出してみると、お腹が減っていたようで、すぐに食べ始めた。犬にパンは与えても大丈夫なんだろうか。
「犬にパンって平気なのか?」
「少しだったら問題なかったと思うよ」
「あ、これは大丈夫なやつだよ! 動物にも優しい素材で作ったらしいから!」
犬はパンをくれたアルマに懐いたようで、尻尾を振りながら擦り寄っている。
飼い主も生きているか少し諦めていたので、良い報告ができそうで良かった。
「おおー! 生きてたからボーナス入りそうッス! ラッキーッス!」
「ラルフ、そうやってすぐにお金のこと考えるのやめたほうがいいよ」
ムサシがラルフのことをたしなめる声の奥で、盗品の向こうから何者かが動く音が聞こえた。
「誰だ!」
盗品の山の影に潜んでいた人影。その人物は、真っ白いベールのような物を頭に被り、黒い服を着ている。その殆ど肌が出ない服装は、俗世から隔絶された、修道女を思わせる雰囲気をしていた。
「はあ……見つかってしまいましたか」
「何者だ」
妙な格好をした女を警戒する。ここは悪魔がいた場所だ。一般人は来るはずもない。
アルマとムサシも変身し、臨戦態勢を取る。
「もしかして、尼僧?」
「ムサシ、知ってるッスか?」
「ええっと、シスターのような職業の人かな」
格好に心当たりがあるらしいムサシがレイン達に分かるように教えてくれる。なるほど、シスター。ほんの少しだけ警戒が緩むが、疑念はまだ残る。
「なーんだ! シスターなら良い人じゃん!」
すっかり警戒を解いたアルマが、変身を解き人間の姿に戻る。
「おや、貴方は綺麗な黒髪ですね。黒曜石のような漆黒に、絹のように真っ直ぐな髪。可愛らしい」
尼僧がアルマの髪を褒めると、褒められたアルマも嬉しそうにえへへと笑った。
「しかし我はシスターではないのですよ。宗教が違いますので」
「へえー。どうしてここにいるの?」
「それは――」
尼僧とアルマが話し出してしまい、レインたち三人は信用してもいいのか相談する。
「二人はどう思う。こんな場所に一般人がいるのか?」
「怪しいッスよね。そもそも宗教ってのが怪しさ満載ッス」
「アルマを遠ざけたほうがいいかもね」
そんなことを言いあっていると、アルマがこちらへ戻って来た。
「みんなー! ヤオさん大切な道具を盗まれちゃったんだってー!」
「ヤオさん? 名前を聞いたのか?」
「名前は聞いたんだけど、ちょっと難しくて。だからヤオさんって呼ぶことにしたの」
「いいのか、あだ名なんかで呼んだりして」
グランドベルで礼拝堂を貸してもらった司祭とは違い、尼僧はとっつきにくそうな雰囲気だ。こちらとは住む場所が違うような気がしてしまう。
そんな人物が気安くあだ名で呼ばれることをよしとするのかと、レインは尼僧を見る。
「あだ名で呼ばれるのは初めてです。ぜひヤオさんと呼んでください」
「ほら、ヤオさん優しいよ!」
彼女は心から嬉しそうに微笑み、アルマにあだ名で呼ばれたことを喜んでいるようだった。
先程までの厳格とした雰囲気とは違い、今は穏やかで包み込むような表情に、レインの警戒心が少し和らぐ。
敵意はないようだし、話くらいは聞いても大丈夫だろう。
「それで、道具って?」
「商売道具です。独特な物なので、見たらすぐに分かるでしょう。全く、強欲とは厄介なものです。悪魔も人間も、無駄な欲望に翻弄されてしまっている」
「もしかしてこれッスか?」
ラルフが見つけた物は、長い杖のような物だった。先端に輪っかがつき、動かすたびにしゃらりと音が鳴っている。実用的というより宗教的な道具のようだ。しかしレインには、用途が分からない。
「はい、それです。ありがとうございます。悪魔に盗まれて失くすなど、信者に示しがつきませんからね」
「それは良かったな。街まで送ろう」
失せ物が無事に見つかったし、犬も生きていた。一度に盗品を全て持ち帰るのは無理だし、尼僧を連れてグランドベルに戻ろうと提案する。
だが、彼女はアルマに興味が出ているようで、その場から離れようとせず話しかけている。
「この動物はどうしたのですか? 随分と懐かれているようですが」
「昨日倒した悪魔に攫われちゃってたんだ。ここの近くで見つけたの」
ここに首輪をした犬がいるのを疑問に思ったのだろう。犬が尻尾を振りながらアルマにじゃれついているのを見て、女は尋ねた。
「では、貴方の動物ではないのですね。会ったばかりで、純粋だからこそ動物にも好かれる……。素晴らしいです」
女はにこやかにアルマと話しているが、どこか薄ら寒いものを感じる。どうしてもレインは警戒心をぬぐい去ることができず、それはムサシも同じだった。
「そういえば宗教が違うって言ってたけど、ヤオさんはどんな宗教なの?」
「迷える者を救済する宗教ですよ」
女はそう断言し、まだ変身したままのムサシを一瞥し、またアルマへと視線を戻す。
「尼僧を知っていた鳥の姿の者は我と同じ日の本……失礼、大和出身のようですね。ならば聞いたことはあるでしょうか。我は悉皆救済教を率いる者です」
「なっ」
「悉皆救済教!? アルマ、離れろ!」
宗教名を聞いた瞬間、解けかけていたレインとムサシの警戒心が頂点に達する。
悉皆救済教は、魔法協会の警戒リストに載っている異端宗教だ。死こそ救済であると掲げ、生贄を捧げ、悪魔とも関わっている噂があった。
「しっ……かい? きゅうさいきょう? なにそれ?」
「宗教はよく知らないッスけど、離れた方が良さそうッス」
アルマは未だ状況が分かっていないが、ラルフはレインとムサシの反応で危機感を感じたらしく、戦闘態勢に入っていた。
「悉皆救済教、です。アルマ、名前だけでも覚えて帰ってくださいね。貴方のような者こそ、救済されるにふさわしい存在」
「悪魔と契約し、信者を殺してる犯罪者が何を言っている」
「えっ!?」
レインの言葉を聞いて、アルマの顔色が変わる。瞬時に尼僧から距離を取り、変身する。その様子を見た尼僧は、少し悲しそうな表情を浮かべた。
「我はただ迷える者を救済しているだけなのに…。そこまで警戒されると悲しいですね。貴方達に何もしていませんのに」
「違うって言ってよ、ヤオさん……!」
「動くな、拘束させてもらう。――グラビティチェーン」
重力でできた鎖が尼僧の体に巻きつく。これで動けないはずだ。そう安堵したのも束の間、鎖が黒い水に包まれ、何かに蝕まれたようにヒビが入り砕け落ちた。
「何っ!?」
「重力の魔法……無属性ですか。ここで救済した方がよいのでしょうが、まあいいでしょう。皆さん、救済の日に、また相まみえましょう」
尼僧がそう言って杖で地面を叩くと、黒い水が噴き出し、彼女の体を包み込む。
「待つッス! ウィンドバースト!」
ムサシが弾丸のごとき速度で尼僧に突撃するが、水の噴出が止まった後には、そこには誰もいなかった。
同刻。魔法協会中央本部。
「アリス。彼等が動き出しました」
「……何かあったさね?」
アリスの執務室に、シェヘラザードが現れた。
前触れがないのはいつものことだが、今回は表情が硬い。
それだけで、悪いことが起きたと察してしまう。
「これは"予知"ではありません。"今"起こっていることです。
悉皆救済教を組織し、救済と称して命を奪う"悪魔"。その者が、重力の申し子たちに接触しました」
「――まさか、奴が現れたってのかい」
シェヘラザードの言葉にアリスの顔つきが変わる。いつもの余裕そうな表情から、険しい顔になる。
「ええ。悪魔の中でも最上級である【王級】。その一体である"死の悪魔"【八百比丘尼】。
魔法協会の追跡から逃れ続けて来た彼女が、ついに表へ出てきたのです」
「……誰か死んだかい?」
「いいえ。別の悪魔に錫杖を盗まれ、取り返しに向かった際に遭遇したようです。
錫杖を返してもらった礼か、戦う意志はなかったようですね」
「そうかい。……それは良かった」
険しかったアリスの表情が、ようやく緩む。それはそうだろう。たった一体で国を滅ぼす力を持っている王級の悪魔と遭遇して、誰も死ななかったのは本当に幸運だった。
だが、シェヘラザードの面持ちは依然として重い。
「八百比丘尼は"希望の子"アルマ・イーリスを気に入ったようです。次に会えば、必ず戦闘になるでしょう」
「アタシたちに、何ができる?」
アリスの問いに、シェヘラザードは答える。
「育てなければなりません。レイン・ヴェルトラムやアルマ・イーリスだけではなく、新しい世代全員を、です。
リチア・サンダースとジルコーン・サヴァンはもちろん、ラルフ・ロイドにムサシ・ダイモン。……他にもいますが、"鍵"になるのは彼等でしょう」
「それじゃあ、少し急ぐさね。もう負けるわけにはいかないんだ。この戦いに、魔法使いは絶対に勝たなければならない」
アリスは窓の外を見つめ、長く息をついた。




