第12話:囚われのお姫様大作戦(敵側) 前編
グランドベル、倉庫街。食料品や資材が積まれたこの場所を、小さな影が疾走していた。
額に小さな角と小柄な体に不釣り合いな大きな耳、そして大きな尻尾を持っている。それだけ見れば可愛らしい動物だった。だが、腹に牙が並んだ口があらわになった瞬間、ただの動物ではないことが明らかだった。
そんな小さな影――悪魔シーフワラビーは、必死な様子で逃げていた。追いかけているのは巨大な鳥。その正体は、変身したムサシだ。
捕食者が獲物を狩るように、ムサシはシーフワラビーに追いつくかどうかの距離を保ちながら、目標のポイントまで誘導する。ゴールは、倉庫街の中でも逃げ場がない袋小路だ。
「今ッス!」
「よし、グラビティチェーン!」
自律型はパートナーから離れていても連絡ができる。それを活かし、ムサシから合図を受け取ったラルフがレインにタイミングを伝え、魔法を発動させる。
レインが使用した『グラビティチェーン』は、訓練を続けるうちに習得した拘束型の重力魔法だ。重力でできた鎖が対象に巻き付き、重力の重さで動けば動くほど拘束される。
いくつかの重力魔法を習得したものの、今のレインの魔力量では一日に三度発動するのが精一杯だ。
そんな貴重な一回を、すばしっこいシーフワラビーを確実に捕まえるために使用した。重力の鎖に拘束されれば、逃げることはできない。
「よし、捕まえたな」
「やった! 成功だね!」
シーフワラビーが逃げられないことを確認し、レインは満足げに、アルマは作戦の成功を喜ぶ。
「二人ともナイスッス〜」
「これでシーフワラビーを囮にすれば、バンデットルーが来るはずだよ」
ラルフとムサシも合流し、ひとまず最初の難関を達成したことに安堵する。
「やっぱり家族なの? ちょっと可哀想かも」
「バンデットルーと番なんだろうね。
ああ、人間によって引き裂かれる恋人たち! 彼女はパートナーを助け出せるのか!?
あ、ちなみに二体とも珍しい両性具有でね、雌でもあり雄でもある、まさに悪魔の神秘だよ。素晴らしい!
それにしてもこの可愛らしい外見とは裏腹に凶悪な口……なんてアンバランスなんだ。これがギャップ萌えってやつかな? 皆はどう思う!?」
「はいはい、後で聞くッスよ〜」
長くなりそうだったムサシの悪魔談義をラルフが強引に終わらせる。
「ムサシはなんかこう……すごいな。悪魔のことになると」
「熱量が伝わってくるよ。悪魔のこと、本当に好きなんだね」
「あはは、ごめんね、興奮しちゃって」
ムサシは恥ずかしそうに頬をかいた。落ち着いたようだし、これなら次の作戦に移っても大丈夫だろう。ここからが本番だ。
「捕まえたシーフワラビーを囮にしてバンデットルーを倒す。準備はいいな?」
「はーい!」
「勿論だよ。みんな、バンデットルーの攻撃に気をつけてね。打撃力もだけど、隙を見せればお腹の袋に入れられちゃうから」
「なるべくヒットアンドアウェイがよさそうッスね」
注意事項を確認し、それぞれ準備を整える。
それではここから――
「よーし! 『囚われのお姫様大作戦』、開始だね!」
「そのネーミングはなんとかならないのか?」
「それだとボクたち、敵側になっちゃうッス」
グランドベルは眠らない街ともいわれる。昼夜問わず音楽が聞こえ、人々を楽しませてくれる。
だが、そんな眠らない街に珍しく、音がない空間があった。昼間は太陽の光に照らされ、装飾が輝き、人々で賑わい讃美歌が聞こえていた礼拝堂が、今は静寂に包まれていた。
暗闇の中で、小さな悪魔が捕らえられている。重力でできた鎖が自由を奪い、ろくに身動きもできない。そんな助けを待つしかないシーフワラビーに、近づく影が見えた。
それは小柄なシーフワラビーと比べると、子供と大人くらい差がある大柄な体をしている。額には大きな角、そして人間の腕よりも太い尻尾には、鋭い棘が左右に生えていた。番を助けに来た悪魔――バンデットルーだ。
番への仕打ちに怒り、興奮しているが、同時に警戒もしている。尻尾は激しく左右に揺れ、シーフワラビーに近づくたび、椅子を次々と破壊していく。静かだった礼拝堂に、不釣り合いな破砕音が響いた。
バンデットルーはそのまま番の元へ駆け寄り、拘束を外そうとする。絡みつく鎖に集中したその瞬間、隙を伺っていたレインとムサシが、音もなくバンデットルーに飛びかかった。
「はっ!」
「――ウィンドカッター!」
レインがバンデットルーに強打を打ち込み、体勢を崩したところでムサシが風の刃で背中を切り裂いた。完全な奇襲だったが、素早く反応され、思ったよりも傷は浅い。
「グォオ!」
バンデットルーは怒りのこもった鳴き声をあげ、レインたちを見据える。その目からは、番を捕らえた犯人を許さないという強い意志が伝わってくる。だが、こちらも人に危害を加えた悪魔を倒す覚悟をしている。引くことはできない。
「シャドウニードル!」
地面から出た影の棘は、真っ直ぐ伸びていったが、バンデットルーは持ち前の跳躍力で難なく躱す。
「さすがに素早いな」
「早さならボクたちに任せるッス! ――ウィンドショット!」
ラルフが魔法を発動させたのと同時に、ムサシがバンデットルーの後ろに回り込む。ラルフの魔法とムサシで挟み撃ちだ。
自律型は、ワンドに魔力を割かれるためマギアは殆ど魔法を使えない。だが、初級魔法ならまだ撃てる。
「うわっ」
当たれば流れを変えたであろう一撃を、バンデットルーは尻尾でムサシの方向に向かって撃ち返す。ムサシはかろうじてウィンドショットを避けるが、大きくバランスを崩す。
「っ!」
その隙をバンデットルーが見逃すはずもなく、距離をつめようとするが、レインがそれを許さない。
「うおおっ!」
だがレインの渾身の一撃は、番を守らんと力を振り絞り、グラビティチェーンを破ったシーフワラビーに阻まれていた。
「キュ……カ……」
シーフワラビーは最後に壁に叩きつけられ、小さな鳴き声を上げ、消滅し始める。
「ギュォオオオ!」
「何っ!?」
バンデットルーの怒りと悲しみの咆哮が礼拝堂に響き、バンデットルーの腹袋から吐き出された盗品の数々が、勢いよく飛び散り、レインに襲いかかった。




