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魔術師カイリの星巡り  作者: 雑木
6章 風雲の報せ
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86 もう一つのお願い



「疲労だとさ。血肉が消耗し、全身の栄養が貪られて精気まで枯渇寸前だったらしいよ、君。ああ、もう平気だ。さっきまで癒し手がつきっきりで看病してたからな。治療が終わったらさっさと帰っちまったけど、これ、君に渡すように頼まれた。黒髪の女性だ。いやすまん名前は聞いてない。てっきり知り合いだと思ったが、違ったかな?」

「……ちょっと心当たりがありませんね」

「ふうん。でもまぁ腕は確かだったようだな。だいぶ顔色が良くなっている」


 ……どんな状態だったんだろう、僕。

 渡された封筒……手紙を見る。表には何も書かれていない。中身を確かめねば何もわからないが、先に気になることがあった。


「ログンさん、なんでここにいるんですか」

「学院に所属しているからだよ」

「え、そうなんですか? 輸送隊だと思っていました」

「まぁ正確には出向だな。実際のところ普段は馬車であちこち回っているから輸送隊みたいなもんだし、そういう意味じゃ攻略隊や軍に所属しているとも言える」

「……どういう意味ですか?」

「迷宮にも潜るし、国境に出向くこともあるってことさ。ここの学者たちが欲しがる研究対象を探し求めて持ってくる、ま、都合のいい雑用係ってわけだ」


 彼はやけに整った顔を軽薄な笑みの形に歪めてみせた。ははは、と声を上げて笑う。


「ここにいる間も似たようなものでね、ちょうど一仕事終わって手が空いてたもんだからこうして功労者が目覚めるまで待っていた……という名目でサボらせてもらってたんだよ」

「功労者……僕が?」

「おいおいとぼけるなよ。それとも自覚がないのか? 君は結構な偉業を成し遂げたんじゃないか。まさか魔力汚染者全員の命を救うなんて大したことじゃないと思ってるんじゃあるまいな」

「……まだ、結果は出ていないでしょう」


 僕がどれだけ寝ていたかはわからないが、たとえ三日四日倒れていたとしても、そんな短時間で成果と認められるはずがない。


「出たようなものさ。君、スキル認定されるっていうのがどれほどのものか知らないのか。まぁ知らないか、その年齢じゃ」

「どういう意味です?」

「普通、人がスキルに対してできることは授かって、極めるだけってことだよ。無論、一つを極めるだけでも相当に難しい。多くはスキルという鉱脈の表層だけ掘って終わりだ。最深部まで掘り尽くすとなると、歴史上何人いたんだかな」

「……」

「わかるか? 大半の人間は既存の知識を我が物にすることさえできない。ところが極稀に、全く新しい方法で鉱脈に干渉するやつが現れる。鉱脈を広げる、つまり新たなスキルを創造するという形で」

「あれは、そんな」

「おっと謙遜はこの場合悪だぜ。スキル化は名誉なんだ。それがどれほど小規模で、限られた用途であったとしてもな」


 ……得心がいった。

 同時に、座りが悪くなる。

 【紋】は所詮、【継承】の矮小化にすぎない。僕がしたことは大部分の機能を削り落とし、ほんの少し調整しただけだ。偉業と言われても困る。名誉なんて冗談じゃない。

 そういう態度が名誉を求める人々にとってどう映るか考えろと彼は言った。


「普通、ランクは3で頭打ちだ。それ以上を望むには才能が必要になり、そもそも現在は昇格にも時間がかかる。となると、多くの人間にとってはスキルを磨くだけが上を目指す手段となる。新スキル創造なんていうのはね、考えもしない、できない道なんだ」


 そして彼は軽薄な笑みを浮かべたまま、からかうようにこう言った。


「おめでとう、カイリ。君は歴史に名を残したよ」

「……」

「おや、脅かしすぎたかな、浮かない顔だね。まぁ、あまり気にすることはない。君がどう思おうと、君のやったことはすごいことなんだと覚えておくだけでいいさ」

「……わかりました。ありがとうございます」


 肯きながら、ひとまず寝台から下りる。


「そういえば、今いつ頃なんですか」

「夜だよ。深夜とは言わないが、そこそこ遅い。もう帰りたいところだろうが、ミソラ様がまだ話したいことがあるそうだ。動けるか?」


 スキルについてだろう。

 ずっと〈治癒〉をかけてもらっていたからか、身体の調子は悪くない。むしろ良好だ。感謝しなければ、誰だかわからないけど。


「大丈夫です。行けます」

「よし。じゃあついてきてくれ」


 身だしなみを整え……といってもちょっと服のシワを伸ばすだけだが整えて、ログンの後につき部屋を出ると、そこには薄暗く狭い廊下が左右に伸びていた。


「大丈夫だとは思うがはぐれるなよ。ここは学院でもかなり上層に近い。下手に迷うと永遠に出られなくなるぞ」

「え」

「冗談だと言いたいところだが、あながち間違いでもないんだよな。そのあたり、向かうまでに話しとこうか」


 ログンは歩きながら口にする。


「この柱が何でできているか、君は知っているか」

「確か〈白鉱〉という鋼の一種だと聞きました」

「正解だ。〈鋼化〉によって生み出された鋼、その中でも他人に譲渡可能なほど無垢なものでできている」

「僕は〈鋼化〉を持っていないのでよくわかっていないのですが、〈白鉱〉っていうのは意図的に生み出せるんですか」


 中つ柱、そして中央の道路全てに敷かれた〈白鉱〉の量は膨大だ。リュイスの話では鋼の中にわずかな割合で含まれているとのことだったが……


「できない。研究しているやつもいるし、含有率も個人差があって生み出しやすい性質のやつもいる。が、今のところ故意に〈白鉱〉を作ろうとする試みは全く成功していない。なんだったかな、ある学者の説によれば、鋼を生成した段階でもう〈精錬〉は起きているんだとか。あ、〈精錬〉はわかるか?」

「はい。鋼の質をより高めるためのスキルですよね」

「そうそう。本来の鋼は全て〈白鉱〉として生じるんだが、すぐにほとんどが〈精錬〉した普通の鋼になっちまう。そうなるともう他人に譲渡できなくなる、という話らしい。だから〈白鉱〉を意図的に増やす研究はちと無理筋の扱いがされている……んで、この〈白鉱〉は普通の鋼よりも加工が容易だという性質がある」

「ログンさんは見事に変えていたと思いますが、あれより?」


 実際、彼が操る鋼の糸や、それを編み上げて腕にまとう防具のような変形は他に見た覚えがない。武器や防具の単純な変形なら山ほど見てきたし、メグロやジードが使った攻撃の中で変形させる技もすさまじいが、ともすればそれより上なのではないか、と思ってしまうほどだ。

 だが、彼は鼻で笑った。


「あんなのはね、ただの曲芸、苦し紛れの工夫だよ。鋼の真髄は〈精錬〉にこそある。先ほどスキルを極めるという話をしたが、〈鋼化〉を極めるとは〈精錬〉を極めるということだからね。そういう意味では、君の知り合いである魔導士メグロなんかの方が格上だ」

「……メグロさんのことを知っているんですか」


 一度、名前は口にしていたが、詳しいことまで知っているとは思わなかった。


「会ったことはない。名前だけ話には聞いていた。もしかしたら何十年ぶりか、究極の鋼が生まれるかも、と」

「究極の鋼……」


 そういえばコハナも、確かキリエもメグロのことを知っていた。僕が思っていたよりも彼はこの国に期待されていたのかもしれない。


「君がもたらしたスキルがあれば、彼はまた〈鋼化〉を極められるようになるかもしれないな。もし、彼が至ったならそれは君に劣らぬ名誉だぞ」


 冗談めかしてログンが言う。

 正直言って、まるで想像つかない。そもそもメグロが望んでいるかどうかもわからない。けれど、それはとても悪くない話に聞こえた。


「ああ、また話がそれてたな。要はこの中つ柱が比較的加工が容易な〈白鉱〉でできているってことだ。それがどういうことかわかるか?」

「通路の封鎖や接続が簡単にできるってことですか?」

「その通り。付け加えれば、部屋なんか配置そのものを動かすことも可能だ。滅多にやらんが」

「ははあ、でたらめですね」


 いつもだったらもっと驚いていただろう話を聞きながら、僕はぼんやりとこの先のことを考えていた。




      ◇




「それじゃあ、俺はここまでだ」


 しばらく歩いた後にたどりついた部屋の前でログンはそう言った。


「ログンさんは入らないんですか」

「言ったろ、サボらせてもらったって。このまま呑気に部屋に入ったらミソラ様にどんな目で見られることか。だからカイリも俺が案内したとは言わんでくれよ」


 肯くと、ひらひら手を振りながら彼はあっさりと去っていった。

 それを見送り、僕はコンコンと扉を叩く。すぐに「どうぞ」と声がある。扉を開け、「失礼します」と入室する。


「君ですか。もう起きて大丈夫ですか」


 僕の姿を認めたミソラが顔を上げ、微笑む。

 はい、と肯きながら、部屋を見渡す。そこは最初に案内された真っ白な何もない空間とは違い、物にあふれていた。

 壁の全てが本棚であり、そこに書物が整然と並べられ、部屋の奥に鎮座する大きな机の上には書類が山のように乗っている。学者の部屋と聞いて真っ先に思い浮かべられそうな、ある意味特徴のない部屋だ。

 ミソラは机の前で書類を読んでいる最中だったようだ。


「こちらに来てください」


 手招きされる。近づくと、さらに手で招かれる。机の脇を通り、椅子に座るミソラの横につく。机の陰に隠れて見えなかったが、そこにもう一つ、椅子があった。そこに座れということらしい。大人しく席につく。

 間に隔てるものが何もない状態で、僕と彼女は差し向かいに座っている。


「さて、ご苦労さまでした。非常に疲れたでしょう、スキル作成は」

「……ええ、まぁ」

「今、やらせたやつが何言ってんだと思いましたね?」

「いえ」

「いいのですいいのです。全く事前に説明しておりませんし、恨まれてもおかしくありません。しかし、説明しても結局やることは変わらず負荷が軽減されることもないのであのように不意打ちしました。びっくりしましたか?」


 なんとなくわかっていたが、この人かなり変だ。コハナも独特の空気がある人だったが、もしかしてランク5って変人ばかりなんだろうか。


「びっくりしたというか、とにかく疲れましたね。何度も同じことを繰り返して」


 結局、どれだけ【紋】を描いたかわからない。時間も何もがあの場所、あの状態では曖昧だった。

 ミソラは肯いた。


「そうでしょうね。あなたは大体千回ほどあの行為を繰り返していました」

「千」


 多いのか、少ないのか。

 ……いや多いだろう。明らかに多い。

 というか、数時間程度で済んだというのがにわかには信じられない。半日かかってもおかしくなく、もっと言えば終わる前にぶっ倒れる。


「途中からは〈丹紅〉内、つまり精神上で反復していたので時間はそうかかっていませんよ。疲労はその分倍増しとなるのですが」

「聞けば聞くほど危険に思えるんですが」

「なに、終わらなければ途中で倒れるだけです」

「ええ……」

「というか、普通はそうなるのです。刻み込む情報が多ければ多いほど、動作の反復、知識の開示が増えるのは当然でしょう。また、完成度が低ければその分の調整も〈ナガ〉が行うことがあります。スキル創造にかかる時間はもともとの情報量と完成度で決定されるのです」

「……ということは、僕のこれは短かったんですね」

「そうです。情報量は少なく、完成度は指折り、〈ナガ〉も驚いていましたよ。一万回やらせるつもりが残念だ、と」

「ははは」


 あの神器、やはり性格が悪い。


「私の方でも確認いたしました。魔力以外は問題なく動きます。後は魔力汚染者で実験する他ありません」

「はい」

「まずは学院の協力者から何人かにお願いし、療養所でも改めて協力者を募りましょう。その成果次第……そうですね、三ヶ月、半年あたりを区切りとして経過を確かめ、問題ないようであれば順次、被験者を増やす方針で行こうと思います」

「わかりました。よろしくお願いします」


 被験者が増えるということは、その分【紋】……〈紋〉の使用者が増えるということだ。実験という名目であるが、その時点でも目的は達成されている。

 後は副作用がありはしないか、全員に行き渡るのにどれだけかかるかという点だが、前者を今考えても仕方ない。


「問題なく進んだとして、全員に〈紋〉が行き渡るまでどれほどかかると思いますか?」

「三年といったところでしょう」


 ……それなら、遅くともメグロは間に合うだろう。

 ほっと息をつく。


「では、続けて今後の話をしましょう、カイリ」

「え? はい」


 これ以上の話があっただろうか。

 ミソラが口を開く。


「君、コハナに何を頼まれました?」


 心臓が跳ねる。

 顔は動かさず、固めない。あくまで自然に表情を作らせる。


「何のことです?」


 と、口にしながら、僕はコハナの言葉を思い出していた。

 彼女が僕にした二つのお願い。一つはスキルを創造すること。

 もう一つは、僕がこう表現するのも変な話だが、雲をつかむような話だった。


『もう一つのお願いはね、学院を探ってほしいんだ』


 コハナはさびしそうな顔でこう言った。


『……多分、学院の誰かが、反乱を起こそうとしてるの』



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― 新着の感想 ―
[一言] スキル化は喜ばしいが 容量いっぱいで魔力汚染してしまった人は丹紅上げて魔力汚染を重症化させて容量上げてからスキル取得。そこからさらにスキル習熟過程で魔力を使うので更に重症化させるハードでマゾ…
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