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魔術師カイリの星巡り  作者: 雑木
6章 風雲の報せ
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87 〈契約〉の外



「ミソラちゃんは大丈夫、確実にね」


 と、コハナは言った。


「でも、学院全部は今ちょっと信用できないんだ。誰かがあなたたちを利用している。私はそれが許せない。絶対に突き止めてみせる。そのために、カイリちゃんに学院にいる魔力汚染者に会ってほしいの。それで何か少しでも気になることがあったら教えてね」


 ばちん、とウィンクが飛んでくる。

 その勢いに押し切られ、どうせ断ることはできないと悟っていたこともあり、僕は渋々肯いてしまった。




      ◇




「君について、コハナからの報せには二つの着目すべき点がありました。一つは当然、魔力汚染を解決するための術を君が持っているということ。これは魔力汚染が確認されてから今まで、我々の間では最も優先されるべき問題です。そのため、何を差し置いてもまずはそれを確認させていただきました」


 ミソラが語る。学院の長、碩学と称され、スキルを司る神器を持つ彼女が、僕を静かな目で見ている。


「そちらはひとまず問題ありません。君のそれは価値ある技能と認められました。今回はほんの一部だけ形にしましたが、いずれ全て編纂したく思います。問題はもう一つ。『スキル実験に参加させてあげてほしい』と記されていたことです」

「……〈紋〉の、ですよね?」

「当然そうです。別におかしな話ではありません。新たなスキルを広める前、少人数に授けて運用を見定める実験を行います。その際、製作者に意見をもらうのは至って普通のことです。特に今回のように個人差が大きいと予想される件ではなおさらに」

「本当に普通の話のように思えます、が」


 何かおかしいことがあるのか、と続けようとして、気づいた。


「わかりましたか。そう、わざわざ念を押す必要などないのです。そんなこと、言われなければ私の方からお願いしていました」


 ミソラは表情を変えずに言った。


「コハナは必ず君を実験に参加させたかった。もっと言えば、必ずこの学院にいる協力者……魔力汚染者たちに会わせたかった、ということでしょう。違いますか?」

「……」

「この場合、沈黙は肯定になりますよ」


 彼女の言うとおりだ。

 違う、とさっさと言えばよかった。すぐに口からでまかせを垂れ流すなんてよくやってることだ。疑われたとしても確信に至らせない道はあったはず。

 ……だからどうにもそんな気になれないのは、元からあまりやる気ではなかったということだろう。なんで頼んできた当人が初手でつまずかせてくるんだ。

 ふ、とミソラが微笑んだ。


「コハナは雑でしょう。よくあるんですよ、こういうことが。ここ数年、ちょくちょくこちらに下手な探りを入れてきています」

「……学院と回生所の仲が悪いとは聞いていました」

「そうですね。あちらと我々では理念も目的も違います。以前から意見を違えることはよくありましたが、今はもうまず確実に対立してしまうほどです。理由は知っていますか?」

「魔力汚染者に対する方針の違い、だとか」

「表面上はそうですね。我々はつい先程まで魔力汚染に対して手詰まりも手詰まりで、どうにか緩和、延命の方向を探っていました。一方で回生所、コハナは完全な治癒を望みました。だからといって対立に至るはずもありません。が、彼女は夢を願うことにしました」

「……夢?」

「夢としか言いようがありません。人に寄り添いながら、人の意思で制御はできない。けれど人の心を映している」


 さらりとミソラは言った。


「この世、この地に神を現すことで、彼女は全ての問題が解決できると考えました」

「……」

「君はすでに聞いているのでしょう? ああ、誤魔化さなくてかまいません。君という人材を前にして、彼女は何としても味方に引き込もうとしたはずです。ならば、彼女の性格からして確実に目的は話したでしょう。そして君はここにいる。つまり、知っていなければおかしいのです」


 問い詰めるような調子ではなかった。僕にぶつけてすらいない。わずかに伏せた視線は僕の膝の横を通り過ぎ、その先の床にそっと置かれたような言葉だった。

 彼女の背後の本棚を何を思うこともなく眺める。見ていると、神話や歴史書もあるがやはりスキルに関係するものが多いようだ。『魔物に対する〈武術〉の発展』『〈精錬〉の多様性』『〈手工〉の特化と限界』『禁制技能としての〈気功〉』……などなど、図書室にはおそらく並んでいなかった題名がいくつもある。気にはなるが、読ませてもらえるかはわからず、そんな機会が来るかもわからない。

 ため息をつく。一分も経っていないだろう。


「はい、聞きました。神様に現れていただければ、我々は一つになれると」

「夢物語だと思いませんでしたか?」


 沈黙は肯定になると言われたばかりだが、返す言葉がない。


「ごく自然な思考です。責められるいわれはありません。彼女も、まさか君が諸手を挙げて賛同しているとは思っていないでしょう」


 そこでミソラは一拍置いた。


「弁護しておけば、彼女の主張は何もかも間違っているわけではないということですね」

「どういうことですか」

「君にとってはいまだ信じがたいことでしょうが、もし神がこの地に降り立ったとしたなら、たしかに我々の問題の大半は意味を成さなくなります」


 目を合わせる。表情も声色も何も変わっていない。そのまま彼女は続ける。


「そういうものなのです。もし、叶ったらの話ですが。それは救いとも言えます。……もっとも、魔力汚染者まで必ず救われるとは彼女も考えられなかったのでしょう。だから君を引き込み、懸念を解消しようとした。ついでにその性質を頼ってうちに探りも入れられないか考えた、そんなところですか」

「ちょ……待って、待ってください」

「はい」

「えええ……」


 混乱がある。

 どうもよくわからない。


「ええっと、学院は神様の降臨に否定的なんですよね?」

「正確には、まだ準備が整っていないと私は考えています」

「……私は?」


 少し引っかかった言い回しを口にすると、ミソラが肯いた。


「ええ、私は。もしもこの地より魔が一掃され、魔力汚染者が全て癒やされた後ならば、神に降り立っていただくのも当然でしょう。それはね、カイリ。およそランク4以上ならば皆が心得ている真実です」

「……」

「だから問題は、そんな我々の時期と条件の食い違い程度のささいな会議中の対立が、いつの間にか外にまで広まっていた、ということにあります」

「……誰かが漏らした、ということですか」


 各組織の代表が集うという会議について、僕は詳しく知らない。コハナから聞いた程度だ。しかし、明らかにそれはこの国の意思決定における最高機関だろう。みだりに口外していいはずがない。

 当然、対策はしてあるはずだ。


「ありえないことです。ありえないことが起きました。だからコハナは学院を疑った。理由はわかりますね?」


 それは、コハナが僕に無茶を頼んできた理由そのものだ。


「魔力汚染者が関わっている、ということですね。〈契約〉を無視できる僕たちが」

「そのとおりです」


 淡々とミソラは言った。


「〈契約〉に基づき、我々は許可されていない事柄を口にすることはできません。会議の内容は広く発表されるもの以外、参加者の間でのみ記憶されるものです。だからもし、それが漏れたとしたならば〈契約〉に縛られない魔力汚染者を介したとしか考えられない……コハナも私もそう考えました。それが、今に至る学院と回生所の対立の根本です」


 コハナの言葉を思い出すに……ものすごい言葉足らずだ。

 彼女から会議の話は聞いていない。〈契約〉の効かない魔力汚染者を利用して学院内部に不和の種を蒔く何者かがいる程度。ちょっと情報足りなくないかと思っていたが、不足に過ぎるだろう。

 いくらなんでもさすがにおかしい。

 僕の中ではスキル製作の方が重要だったため流していたが、ここに来てコハナの杜撰さが目につく。無論、僕の迂闊さもあるわけだが……あるいは、あえて言わなかったのか。


「今、私も、と言いましたね」

「ええ」

「それはつまり、ミソラさんも学院内部を疑っているということですか」

「いいえ。私が疑っているのは学院ではありません」

「じゃあ……攻略隊ですか。案内人が中央に関われるとは思いませんけど。それとも、まさか魔導士を?」

「いいえ」


 彼女はまた頭を振った。


「もっと簡単な答えです。あるでしょう、複数の組織が関わり、常に魔力汚染者がいる場所が。君も知っているはずです」


 あ、と間抜けな声を上げてしまった。

 ある。たしかに。


「療養所」

「そうです。療養所の魔力汚染者を介して現体制に不満を持つ人間が動いている、と私はみなしています。それがコハナとの相違点ですね」


 ……ようやく話がわかってきた。


「そこが違う、ということはつまり、それ以外は共通している、ということですね」

「ええ」

「学院と回生所は対立している……誰かしらの思惑により、対立させられている。けれど、ミソラさんとコハナさんは対立していない」

「そうです。付け加えれば、意見を異にする部分はあります。しかしそれは議論によって解決されるべき事柄でしょう」

「お二人は、お互いに起点となった魔力汚染者を探り合っている……いえ、それならコハナさんの言葉はおかしい。言葉足らずにすぎる。……もしかして、マードウさんを疑った?」


 思い至った瞬間、まさかという思いと同時、腑に落ちたものがある。だとすればこの状況が理解できる。しかし、当たってほしい想像ではない。

 果たして、ミソラは首肯した。


「素晴らしい」

「えええ……まさか、本当に?」

「マードウは私も知っています。コハナが回生所の外に求めた実働部隊の実質的な長ですね。コハナの随行として会議に参加することも多々ある人物です。彼女からの信頼は誰より厚いでしょう。だからこそ、信じ続けるために疑わねばならない。私たちはそう考えました」

「……それでコハナさんは僕をあんな雑な説明で送り出したんですね。ミソラさんとのつながりをマードウさんに知られないように」

「ええ。コハナからの報せでおおよそ彼女が何を言ったかはわかったので、後は君に本当にその気があるのかちょっと確かめさせてもらいました」

「なるほど……」


 気が抜けて、ほっと息を吐いた。

 つまり、僕は彼女たちの期待を見事に裏切ったというわけだ。やる気がなかったから当然と言えば当然だが、そもそも状況がひどすぎる。真面目にミソラから隠れて探ろうとしていたら結構ショックだったのではないか。


「では、僕は不適格ということですね。こんなにわかりやすく白状してしまうようでは」

「いえ、当初の予定通り調べてもらってかまいませんよ。コハナへの報告も私を通さずご自由にどうぞ」


 思わず眉をひそめてしまう。ミソラが微笑む。


「長々と話しましたが、これはコハナの代わりに説明しただけで、君の行動を掣肘する意図はありません。……彼女の弁護をするならば、私と違い、彼女は常に周囲に人が侍っているのでその分制限も強いのです。なのに、急に自由になって余計慎重になった、そういう面があるのでしょう」

「……どういう意味ですか?」

「ランク5である私たちは様々な〈契約〉で縛られています、本来は」


 さらっと彼女は言った。

 だからすぐに理解できたはずのそれを咀嚼するのが数秒、遅れた。当たり前の、とっくにわかっていたことのはずなのに。


「それは、つまり」

「私たちしか知り得てはいけないことを、君になら全て話せるということです。今日私が君に口にしたことも、ランク3以下には話せないことがありましたね」

「……」

「自分でも不思議な心地でした。制限がないということが、こんなにも楽だったとは」


 淡々とした声音に、何かを抑えるような響きが加わっていた。


「久々に実感しました。魔力汚染者を中央に置いてはいけないとは、こういうことでしたね」


 何も言えず、僕は黙るしかなかった。

 数秒後、ミソラが口を開く。その声音に、直前の揺らぎはもう聞き取れない。


「明日、スキル実験を行います。迎えに行くので、宿で待っていてください」


 はい、と口から出た声が、他人の物のように耳に届いた。




      ◇




「……それじゃあ、成果を出し合おうか」


 宿の寝台の上であぐらをかき、まだちょっと落ち込んでいる脳を無理やり動かしながら僕は言った。

 それに対する返答は二つ。

 ぴぃ、という元気な鳴き声と、


【……もう二度とやらん】


 いつになくくたびれた調子の思念だった。



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