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魔術師カイリの星巡り  作者: 雑木
6章 風雲の報せ
99/132

88 中央の外縁



 学院に向かう前日、何度も中つ柱に入ることにマユズミが難色を示した。

 彼いわく、全体的に中央は「気持ち悪い」とのことで、その最たる場所が中つ柱であるそうだ。なんでも「見知らぬ獣の肚に入ったような気分」になるらしい。絶対に無理という様子ではなかったが、無理強いする必要もなく、また考えていたことがあったので一つ提案をした。それはそれで危険であったが、彼は一も二もなく了承した。そんなに嫌か。

 パレットは着いていく気満々であったが、やはり同様に中つ柱の内部には忌避感を抱いているようなので、しばし考えた末、サラに預けることにした。幸いサラは今日柱に向かう予定はなく、主に衛兵隊と行動をともにすると聞いていたため都合が良かった。

 そういうわけで学院に向かう前、衛兵隊の訓練場に赴いてサラにパレットを預け、ついでに整備はされているものの〈白鉱〉に覆われていない道にマユズミを放すと、今日の彼はトンボの姿を取り、木々の合間を抜けてあっという間に見えなくなった。


【ほとんど回ったが気づかれることはなかった】

「良かった。大丈夫だと思ってはいたけど一安心だね」


 感覚を共有して彼の見てきたものを脳裏に再生しようとし、その情報量に圧倒される。彼がこの一日でどれほど飛び回ってくれたかを示すものだ。こういうところで仕事をサボろうとしないあたりが変に義理堅い。

 確かに言葉通り、少なくとも彼の感覚する限りにおいて、全く人に気づかれた様子はなかった。結構近くを通り抜けているのだが、誰も見向きもしない。せいぜい都市内部で子どもが指差す姿が見えるくらいだ。

 ……少し心配していたが、やはり【雲】の隠密効果は中央の高ランクたちさえ見破れないようだ。九分九厘行けると思っていたけれど。

 ジードとの試合の折り、衛兵隊の人々でさえマユズミの存在に気づかなかった。唯一の例外はジードだが、あのときやつは直に触れていた上に、マユズミ自身が明確にやる気を覗かせていた。気づかれて不思議はない。マードウは「殺意を持って近づいた段階で手練ならば気づく」と言った。逆に言えば、害意を見せなければ早々に気づかれないということだ。

 そして、この考えは今日さらに補強された。

 ミソラが言ったことだ。コハナは〈泡〉で僕の身体を調べていたと。

 パレットを見せたのは、高ランクからすれば脅威ではないからだ。しかし、マユズミは違う。曲がりなりにも元迷宮のボス。土地を失ったとはいえ現在では十分以上の力を取り戻している。見つかっていればただではすまなかったはずだ。当然、そんな気配はなかった。〈泡〉はあくまで〈丹紅〉を統べるものであり、魔力汚染を調べることはできても、僕の体内に【雲】とともに隠れたものまで暴くことはできなかったということか。神器だ何だ言っても道具である以上、限界はあるということだろう。……あるいは、使い手側の限界か。

 ともあれ、僕は考えを改めた。そこまでビクビクしないでも、もうちょっと大胆に情報収集してもいいんじゃないか、と。

 柱の中に入りたがらないマユズミとの利害がそこで一致した。

 無論、何もかも雑に手出ししようというわけじゃない。線引きは決めてある。マユズミが柱の中を嫌ったように、僕もずっと得体の知れない感覚を抱いているものがある。それは同根だ。

 〈白鉱〉。

 最も無垢な鋼であるという。それによって中央の主要な建物と道は造られている。

 白い道には近づかない。それが今回の調査、偵察の前提だ。つまり都市内部の主要な場には近づけないということになる。主に外郭部、カルデラの縁、山に近い場所を探ってほしいとお願いしたのだ。

 その映像を、今、見ている。

 まずはざっくりと都市内部を回ったようだ。

 放射線状と言うべきか、クモの巣状と表すべきか、張り巡らされた道の上、様々な人が行き交っている。初めて足を踏み入れたとき、目につくもの全てが新鮮だったため目移りしてしまったが、他者の目を借りてただの映像として見ると、やはり驚きがある。同様に、あのときはわからなかったことが見えてくる。中央の人々が地方と、少なくとも僕が知る東部と違う点は様々あれど、決定的なことが一つある。

 子どもがいる。

 普通に、大人たちと同じ場所で生活している。

 どうやら大人は男女別なく、何かしらの役割、仕事を持っているようで、道端で雑談しているようにみえる人々もそれは休憩であったり、移動の合間であったりと何もしていない人はいない。一方子どもはというと、どうやら学舎のような施設があり、そこで日中は学舎と変わらない訓練を受けている様子。学舎との違いは、寮がない。そこに通う子どもたちには帰るべき家があるということだろう。

 ……ランク4以上の特権とは、こういうことか。家を持てる。あまりにも普通で、だからこそ異様だ。そう思えるのは、それが普通な世を僕が知っているからだろうけれども。

 中つ柱と路面には近づかず、マユズミの視界はやがて都市から離れていく。少しホッとする。都市の構造に興味はあるが、ここに暮らす人々はあまり見たくない。

 都市を抜けると、その先には広々とした土地が続いていた。カルデラの縁が視界の限り見渡せる。遮るものがない。しかし、それは高い建物がないというだけの話であり、細々とした人工物――主に柵があちこちに設置され、それ以上に、大勢の人がいる。しかしうじゃうじゃした様子はなく、整然と並んでいる。いくつかの部隊に分かれ、それぞれが独立し、移動している。お世辞にも素早くとは言えないが、乱れは見えない。

 陣を布いている。

 すぐにわかった。ここは、練兵場だ。軍と攻略隊、武力を担当する組織の管理する区域、都市の西側にあたる。おそらく、特に軍の兵士を育成する場だ。よく見れば指揮するもの以外、まだ若い。学舎を出たばかりではないか。全員ではないかもしれないが、ここで最低限の行軍を教えてから西部に送っているのだろう。

 遠目に練兵の様子を確認しつつ、彼らには近づかずにマユズミはさらに外へ向かっていく。

 カルデラの縁、そこに至る斜面にはやはり木々が目立つようになってきた。林だ。道は地面が傾くあたりで途切れ、そこから先は整備されているようではない。だが、やはり人はいた。先程までと同じく、年配のものに指示されて若い人々が林の中を慎重に動いていく。その様子には見覚えがある。見知っている。攻略隊の動きだ。迷宮のある山に分け入るときの。となれば、察しはつく。マユズミが彼らの後をつけていくと、すぐに現れるものがあった。ぽっかりと開いた洞窟だ。迷宮の入り口を模しているのだろう。さすがに魔力は感じない。彼らは慣れた様子でその中へ入っていく。おそらく、内部は人工的に迷宮を再現しているに違いない。迷宮は千差万別とはいえ、洞窟の形が多いのも事実。魔物はおらずとも、探索の経験だけなら多少養えるのだろう。

 ……そういえば、僕も最初はマユズミ亡き後の東部五番迷宮で練習したのだった。なるほど、枯れた迷宮か弱い迷宮以外に、こういう場もあるとは。

 さすがにマユズミも内部まではついていかない。発見される恐れは低いだろうが、閉鎖環境では逃げ道が限られる。そういうものがあるというだけで十分だ。

 引き続き、マユズミは各地を巡った。カルデラをなぞるように、ぐるりとまずは南へ向かう。北は衛兵隊の拠点だ。それ以外に何があるか、興味がある。しかし、以降それほどおもしろい光景は見られない。南には学院管理と思しき施設が建ち並び、何らか実験など行っているようだが、まさか施設内に入れるわけがない。おそらく学院に協力している魔力汚染者もここにいると考えられるので、運が良ければ明日、正面から入ることもできるだろう。

 東側に近づいてくると一転、牧歌的な光景が広がる。話には聞いていた厩舎だ。といっても、建物に馬が押し込められているわけではなく、山肌が削られ階段状にいくつも平地が広がり、そこに数え切れないほどの馬が放牧されている。そこらへんに生えた草をもしゃもしゃ食べたり、数十頭の群れで競争し遊んだり、自由に過ごしている。なんとものどかだ。

 牧場……というか、山中にある草原が南から東にかけてずっと広がっている。その切れ目にまた林が見えるが、わかる。その向こうには駅がある。

 中央の入口、僕たちも乗り込んだ列車の終着点だ。

 ……多少、拍子抜けだった。

 北に向かえば衛兵隊の拠点がある。となると、もう残っている空間は北東だけだ。これまで聞いた話を総合すると、そこにあるものは知れている。おそらく果樹園だ。その名の通り、果樹を育てている林だろうか。聞くところによればそれ以外にも、食料となりうる全てを管理しているらしい。

 会議にも参加しているらしいが、ほとんど発言権がないとも。

 重要な組織だが、見るべきところはあまりないんじゃないか。

 そんなことを思った、そのときだった。


【ここだ】


 ずっと黙っていたマユズミがつぶやく。

 記憶映像は駅を通り抜け、その先の林に飛び込んだところだ。


【ここで、見た】


 ……これまでのマユズミの記憶はほとんど映像と音しか再現されていなかった。彼自身が何を感じたかは寄越してこなかったということだ。問題はない。むしろ、それで良かった。実際、感情や認識まで送られると彼の感覚に染まってしまう。まずできるだけ先入観を排し、自分自身で解釈したかったため。そうでなければ困るくらいだった。

 【紋】を通じてその瞬間の彼の感覚が流れ込んでくる。

 訝しみながら、触れる。


「――――は、あ」


 自分の口から漏れ出た吐息を他人事のように感じた。それは、残された一分の意識が必死に注意をそらし、耳をふさぎ、目を向けまいと顔を背けた結果、身体が奏でるかすかな音が異様に強く感じ取れてしまっただけだった。

 熱い、とまず思った。

 重い、と次に感じた。

 ただの勘違いだ。

 大気も重力も変わっていない。都市からここまで、日が傾きわずかに涼しくなっただけで、急激な変化などどこにも起きていない。

 なのに、その場の空気が質量を持ち、熱を放ち、この身にまとわりついた……そんな錯覚をした。それも勘違い。まとわりついてなどいない。見つかっていない。意識されていない。ただ在るだけ。在るだけでそれは物理法則を歪ませたかのようだった。

 遠目に捉えたその男に、強いて特徴は見受けられなかった。

 林の中を分け入っているというのに肌を晒す軽装で、特に腕は肩までしか覆われていない。よく引き締まっているが、多くの大人たちと比べて際立って太いわけではない。体格だけなら衛兵隊や、先ほど軍の練兵場で似たような姿を結構見たくらいだ。特に身構えている様子はなく、気軽な足取りで木々の合間を抜け、視界の中を横切っていく。

 その一歩が踏み出されるたびに地が悲鳴を上げ、

 腕が軽く前後に揺られるだけで風が巻き起こる。

 ……そんなことはありえない。現実に起こり得るはずもなく、視界の中の何もかもが静かで変わりはない。

 ありえると思えてしまうほど、その男は巨大だった。

 体躯ではない。その身に内包するエネルギーが莫大なのだ。無尽蔵にすら感じる。ことさらに感じ取ろうとしているわけではなく、むしろ必死に感じまいとしているというのになお、全霊を圧迫してくるかのような存在感。

 精気――生命力の塊。

 無数の生命が密集しているかのように熱く、山そのものが人間大に押し込められたかのように重い。

 その男を、僕は知っていた。

 距離を隔てながらもマユズミの目は男の顔をしっかりと映し出している。見覚えがある。直に会ったことはなくとも、見知っている。

 【雲】を討ちに来た男だった。

 強大な精気を宿し、一撃で【雲】を打ち払った。

 だが、しかし、けれど……この男は、これほどまで隔絶していたか?

 永遠にも感じた時間はしかし、一秒、二秒と淡々と過ぎ去り、男もまたこちらに気づくこともなく木々の中へ去っていく。マユズミはしばし、無言で中空に留まっていた。

 受け取った記憶が、やがて終わる。

 気づけばそこは、見慣れ始めた宿の一室。寝台の上だった。

 いつの間にか全身に汗が湧き出ている。呼吸は不規則で、肺に上手く空気を取り込めない。


「……なんだったんだ、あれ」

【化物だろう】


 うんざりだと言わんばかりにマユズミが返してくる。違いないと思いながらも、思考はあれの分析を始めている。


「あれは、いくらなんでもおかしいだろ」

【お前たちの頂点だというのならばありえるのではないか。あれは戦闘に特化した個体なのだろう】

「違う。いや違わないけど、おかしいっていうのはそういうことじゃない。僕はあいつを知っている」

【何】


 前後を切り取り、先代の【雲】が対峙したときのあの男の記録をマユズミに送る。数秒後、マユズミは訝しげな気配を漂わせる。


「わかった? 明らかに内包する力が違う。……あのときよりも断然に今の方が強い」


 【雲】がやられたのは二年前か。それだけの時間があれば多少の成長はあり得るものだ。けれど、男は多少のレベルで済む程度ではなかった。何より、あのときは曲がりなりにも戦闘であり、今日の遭遇は向こうからすれば意識すらされていない。彼はただ歩いていただけだ。だというのに、あのときよりも数倍以上の精気を漂わせている。

 尋常な存在ではなかった。


【神器とやらの力かもしれん】

「かもしれない」


 ランク5は神器を授かっている。

 コハナは〈泡〉。ミソラは〈ナガ〉。どちらも恐るべき力を有しており、絶大な影響力を持つのもうなずける話だ。しかし、それはあくまで人間の中でのこと。要するに物理的な力を持っていない、ように見える。少なくとも、僕が知る限りでは。

 あの男が有する神器とは、もっと直接的な……それこそ、単純に精気を倍増させるようなものなのかもしれない。


【あのものとの遭遇だけではない】


 マユズミが苛立たしげに言う。


【あの後、林を進もうとした。しかし、叶わなかった】

「どういうこと?」

【そのままだ。進もうにも進めず、いつの間にか引き返してしまう。おそらく何らか幻惑が働いている】

「……以前潜った崖の迷宮みたいなものか」


 東部八番迷宮。あそこは音で感覚が狂わされるのだったか。スキルと魔術。根本は違うが表に現れる効果が重なることがある。というよりも、生命が発展を求めたなら必然、似たような類型を導き出すのだろう。


「わかったことは二つか。果樹園には幻惑が働いていて、容易には探れない。中央には化物がいる。……どちらも、僕には直接関わりが無いように思えるけど」


 本来、僕のやるべきは一つだけだ。魔力汚染を解決すること。

 そのために中央に来て、色々ありすぎたが幸運に恵まれたのも確かだ。スキル化なんて、ここに来るまでは考えたこともなかった。上手く行っている。行き過ぎていると思えるほどに。

 それは、周辺に火種がちらほら見えるのと無関係ではない。

 回生所と学院の不仲。両方のトップが、魔力汚染者を通じて良からぬことを考える何者かがいると見ている。

 軍と攻略隊は数年で西部と南部にカタがつくと見ているようだが、何十年もずるずると続いてきた問題が急にどうにかなるものだろうか疑問だ。

 そして、神。

 思っていたよりもそれはよほど深く、現実の存在として今も人間に関わっているらしい。はっきり言ってこれが一番良くわからない。神話の、大昔のものではなかったのか。


【だとしても、お前のやることは変わらん】


 マユズミが言う。


【俺が土地を得るまで止まるな】

「……君、好みが激しすぎるんだよ」


 ぼやく。なんだと、と奮然とした反応が返ってくる。もうちょっと現実的具体的な要件を示してくれ。

 しかし、マユズミの言う通りだった。

 やることは変わらない。

 目的があるのだから、そこに向かって動くだけなんだ。

 ぴい、と賛同するような鳴き声が上がる。忘れていた。パレットはというと、マユズミの記憶を見るのに秒で飽きて蜜をすすり出したはずだ。

 見ると、彼用の小瓶が寝台の上に散乱していた。一つや二つじゃない。十本以上ある。その奥に、パレットが腹をふくらませて寝転んでいた。本来そんな姿を見せる種ではないと思うのだが、めちゃめちゃ気を抜いている。

 また彼が鳴き声を上げる。感情が全面に出て、意思として整っていないのだが、言わんとすることはわかる。美味しい蜜もよろしく。


「単純すぎるのも考えものな気がしてきた……」


 が、彼らのおかげでドツボにハマるのを回避できたのも確かだろう。苦笑いが顔に浮かぶのを感じながら、僕は小瓶を片付け始めた。

 一応パレットにサラの方で何かあったか尋ねてみた。よく遊んでくれたらしい。あとジードともまたやりあったとか。

 ……意外と相性いいのか?



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