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魔術師カイリの星巡り  作者: 雑木
3章 邂逅の時
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24 源泉地



「案内人がどんな仕事をするか、君は聞いているかな」

「ボスへの道を探し出すのが第一、程度には」


 僕が答えるのに、彼はうんうんと肯いた。


「正しい。非常に、正しい。しかしいくつか付け加えるべき点がある」


 彼はにこにこと笑っていた。

 体格的に特筆すべき点はない。もちろん僕よりよほど大きいが、メグロを見慣れた目には小さく映る。筋骨たくましいというほどでもなく、太っても痩せてもおらず、普通だ。

 ただ、今も浮かぶ笑顔なんか特にそうなのだが、表情の多くが作り物じみており、やけに頭部が角張っているのも相まって妙に印象残る男だ。

 ゼルマール、という名を今日初めて聞いた。

 肩書に攻略隊東部五番迷宮『泥落としの館』館長とある。


「よく期待される働きは近くにいる魔物の察知だね。これもやはり案内人の方が得意、ということになっている」

「そうじゃないんですか」

「長く迷宮に潜っているものほどその手の気配には敏感だからね。成り立ての案内人では判断が遅れることもよくある」


 芝居じみた仕草でゼルマールはくるくると指を回す。

 悠然と歩きながらも遅くないのが不思議だ。


「案内人を連れて行かないチームが意外と多いのもそういうことでね。魔物は問題なく自分たちで倒せる。迷宮を進むのに案内人がいなくとも不都合はない、という理屈で」

「それで、実際どうなんですか」

「おおよそ問題は起きないよ」


 ゼルマールは進む。

 少々急な坂道を、手足を自在に駆使しながらひょいひょいと登る姿は慣れた様子だ。

 僕もこの一年、荒れた道を進むこともよくあったためそこまで苦でもないが、彼ほど淀みなくは進めない。

 背負った背嚢が重いのも原因だ。出掛けに渡されたが、何が入っているかは後で教えると言われ、いまだ見ていない。


「ただし、それで先に進めるとはちょっと聞いたことがない。魔物を間引くだけなら十分だが、我々の本分、迷宮攻略という観点から見ると戦力には数えられない」

「正しい道を選べない、とか?」

「その通り。なるべく多くの分岐の先を調べるのも重要なことではあるのだが、やはり核心に近づかねばね。その点、案内人……あえて言えば魔力汚染者は魔を知覚するという一点でずば抜けている」

「と言っても、その中にだって優劣はあるでしょう」

「もちろん。でも、君なら問題ないよ」

「……どうしてです?」


 ゼルマールは振り返った。

 その顔に浮かぶのは真剣な、できすぎなほどに誠意が見える表情だ。

 まっすぐ彼は僕を見て言った。


「魔導士メグロが太鼓判を押していた。君は自分より上だと」

「……」

「どのような道を選ぶのであれ、魔力汚染者の汚名を覆す働きを見せるだろう、とね」

「そうですか」


 僕はただそれだけ言って肯いた。

 上手く受け止めることはできなかった。

 しかしゼルマールはそんな僕の返答を気にした素振りも見せず、前方を指差した。


「見なさい。光があるだろう」


 確かに、その先にはおぼろげな光があった。

 もともとゼルマールが手にしたランプ以外の光源はなかったものの、僕の目には問題なく周囲の地形が把握できていた。

 しかし、この険しい坂道の先をようやく抜けた先に見える新たな道からは、はっきりと光が漏れているように見えた。


「ここが、目標地点だ」


 ゼルマールが先にその道に身を滑り込ませ、すぐに見えなくなる。

 僕も後を追うと、一瞬、目がくらむような心地を覚えた。

 開けている。

 深さで言うと山の麓、館のある場所よりもさらに下だ。この迷宮の中で最も深い場所なのだろう。

 そんな場所に、ぽっかりと開けた巨大な空間が広がっていた。

 学舎の広場が二つ入りそうなほどに広い。高さも、たとえメグロが飛び跳ねようが問題ないと思えるほどだ。

 僕らが入ってきた穴など全体から見れば小さな入り口に過ぎない。似たような穴がちょっと目をめぐらしただけでもいくつも見つかる。

 それらの理解は後から得たものだ。

 僕の目は、この広場の中央にあるくぼみに向かっていた。

 魔力がある。

 湧き出ているのではない。湛えられている。

 その場に見えるものだけなら大した量じゃない。

 しかし、そのくぼみの下、底まで一体どれほどの量の魔力が蓄えられているのか。

 ……そもそも、蓄えられているという表現は正しいのか。

 あれはそこにあるものではないのか。

 山がそこにあるように。

 空がそこにあるように。

 あるいは、海があるように。

 ただ存在するものの一端が何かの拍子にそこから顔を出しているだけではないのか。

 そんな想像をしてしまうほど、奥が見通せなかった。

 山頂であの影を前にしたときの圧倒された感覚とも違う。

 自然現象の物量とエネルギーは人間個人に認識できない……そんな印象だ。

 呆然と見ていたため気づかなかったが、そのくぼみはほのかに光っていた。僕の感覚がそう捉えただけかと一瞬思うも、確かに目に映る光がこの空間を照らしていた。


「ここが迷宮の奥……私には光っている以外なんだか変な感覚が伝わるだけだが、あるんだろう、そこに。底が見えない魔力溜まりが」

「……はい」

「源泉地と呼ばれる。ここまでに多くの魔導士や案内人が様々な干渉を試みたが、みなダメだった。ひどい目に合ったわけじゃないよ。びくともしない、そんなことを言っていた」

「わかります」


 これはそういうものだ。

 ちょっかいをかけられたから報復に出るとか、そういう生命的な行動は取らないだろう。

 あるいは、そこまでの干渉を与えられない。


「多くのボスは源泉地の前に居座っている」


 ゼルマールが言った。


「おそらくここから力を得ていたのだろうね。そもそも迷宮というものを作っている大元の力はこれなのだという説が学院では主流だと聞くよ」

「……そうだと思います。これなら、納得できる」

「そうか。君はここのボスを見ていたね」


 あのミミズのことだ。

 やはり、あれはこの迷宮のボスで間違いなかったのだろうという話だ。

 僕らの証言、突然活動を停止し始めた迷宮、探索を続け、源泉地を発見したがその場には魔物一体すらいない。

 警戒は必要だがこの迷宮のボスは消えた、というのが現在出された結論だ。

 新たな脅威が同時に国内に発生したという認識とともに。


「大きかったと聞くね」

「はい。あんな巨大な生物がいるんですね」

「迷宮のボスとしてなら一番多いタイプだ。そこまで大きくないやつもいるが、巨体であることに何か意味があると考えられている」

「学院というところで、ですか」

「そうだよ。まぁ閉鎖的な場所だが、研究結果まで出さないということはない。君も案内人としていくらか実績を上げれば資料の閲覧権限も与えられるだろう」


 それは朗報だった。

 治療法を探すと決めたはいいが、僕など所詮、平成日本で育った高校生の記憶を持っただけの九歳の子どもだ。本来、専門の大人たちの集団に敵うはずもない。

 もしかしたらという考えもあるが、それにしたって定かではなく、先人の蓄積を見られるならば見たい。


「やる気が出てきました」

「それは良かった。ところでここの攻略隊なのだが、縮小が決まった」

「ボスがいなくなったからですか」

「そう。まだ完全に死亡認定されたわけではないが、実際衰退に向かっているし、今の人員は必要ない。他の迷宮に振り分けるよ」

「はあ」

「まぁ今すぐ全員いなくなるというわけじゃない。魔物だっていくらか残っているし、そいつらの殲滅も立派な仕事だからね」

「……」

「私としてはね、君にはまずここで案内人としての基礎技能を磨き、それから他の生きた迷宮攻略に向かってほしいという気持ちがある」

「……」

「かなり安全に鍛えられるし、残った人員で攻略隊のことを教えることもできる。どうかな?」


 ゼルマールが尋ねてくる。

 角張った頭の表面に、片方の眉と口元を上げる芝居じみた表情を浮かべ、両手を広げている。

 ……心配されているな、と感じた。


「それは、メグロの手紙に書いてあったんですか」

「……ま、正確には魔導士メグロの手紙の端に書かれていた輸送隊のリュイスの望みだね」

「ああ。ありがたいですね、本当に」

「実際、私としてもこれをオススメしたいね」

「館長の言うとおりにするとして、それはどれくらいの期間を見ますか」

「一月、といったところかな。短くとも」

「ではその期間で僕が学院の資料を見ることは可能ですか」

「私の部屋に保管されているものはあるが、ダメだ。君にその権限はない」

「なるほど」


 僕は肯いた。

 答えは決まっていた。


「なら、僕がすぐにでも他の迷宮に向かいたいと言ったら?」


 ゼルマールは苦笑した。

 誇張されていない、穏やかな顔だった。


「試験を受けてもらう」

「どんな内容の?」

「帰ってくればいいよ、館に」


 言って、ゼルマールは歩き出した。


「私がここを出て、しばらくしたら君も出発しなさい。ただし、帰還途中の私に見つけられたらその時点で失格とする」

「……えーと、つまり」

「そう。一人で、この迷宮の最奥から出口まで脱出できること。それが試験内容だ」

「どんな手を使っても?」

「他人を害さない限り、どんな手を使おうともそれは君の自由だ」


 ゼルマールが来た道である広場から出る穴に手をかける。


「制限時間は三日。その背嚢には数日分の食料も詰まっている。他、中に入っている物資は自由に使いなさい」

「これ、重かったのはそういうことですか……」

「三日を過ぎたら捜索する。それで救助されたならもちろん失格だし、君のここでの教育期間も三ヶ月に延ばす」

「わかりました」


 それ以上、何を言うこともなくゼルマールは去っていった。

 僕はとりあえず背嚢を下ろし、その中を検めることにした。




      ◇




 廊下を進む。

 人気はない。

 もうすでにいくらかの人員は他の迷宮に送っているのだろう。

 ボスを失った迷宮は死に、役目を終えた館もまた店仕舞いの準備を始めている。

 さすがに疲れたので僕の足取りも重い。

 数は少なかったが魔物もいた。多くは避けて通ったが、一度だけ自分が通用するのか試してみたくて戦ってみた。勝つには勝った。しかし迷宮という特殊な環境下で有効な手となると限られてくる。

 考えること、工夫しなければならないことが山積みだ。

 しかし、とりあえず帰ることはできた。

 今はそれで良しとしよう。

 館長室の前につく。ノックするが返事はない。

 開けようとすると鍵はかかっている。留守のようだ。

 仕方ないので扉の横に背嚢を下ろし、ついでに僕も座り込む。

 少し、目を閉じた。




 揺り起こされて目が覚める。

 目の前には、特徴的な角張った顔がある。


「……おはようございます」


 ふにゃついた声が出た。

 恥ずかしかったが、館長は気にしていない様子だ。

 ひどく険しい顔をしていた。


「……君、どうやってここに」

「さっき帰ってきました。お出かけですか」

「……私は今、帰ってきたところだ」


 その言葉に驚き、館長の格好を見ると確かに迷宮に潜ったときのまま、背嚢を背負い、ランプは腰に吊るしている。

 それは少しおかしい。

 往路、僕らが迷宮に潜り源泉地に着くまでの時間をかなり超えている。

 館長は相当にゆっくり帰還したということになる。


「……魔導士メグロの手紙には、君は気配を消すのが上手いとあった。ならば、私の跡をつけてきた君を発見すればいいと思ったのだが」

「ああ、なるほど」


 そういう手もあった。

 試験を突破する裏技としてはむしろ王道かもしれない。

 僕としてはまず源泉地が気になっていたのですぐに跡を追うという発想にはならなかった。

 館長としてはその手を使った僕を見つけ、不合格とし、ちゃんと自分の目の届くところで育てたかったのだろう。

 ありがたいが、やはり世話になるわけにはいかない。


「僕を待ってくれてたんですね」

「君はどの程度経ってから出た」

「一時間くらいですね」


 本当は二時間程度だが、あまり源泉地のそばにいたと知られるのも良くはないだろう。


「それはおかしい。いや、全ておかしい。なぜ君は私の前にいる」

「……」

「いくら隠れるのが得意だろうが、追い抜かれるほど接近されれば確実に気づく。一体どんな手、を……」


 途中、ゼルマールは言葉を口の中で閉ざしていった。

 僕を見る目が歪んでいく。


「君は、まさか」

「まさかが何かはわかりませんが、単純な話です。違う穴があったので、そっちから出てみました」

「……」


 あの広場には他にもいくつも抜け穴があった。

 ざっと気配を探ってみたところ、行きに使った道よりも短くすみそうなルートが見つかったので、そこに入ってみたのだ。

 その道はまだ人が足を踏み入れていなかったようで、罠や魔物がそのまま残っていたが時間は大分省略できた。

 ゼルマールがゆっくり歩いていたのもあり、僕の方が早く迷宮から出ることができたということだ。


「後で地図でも描いてみましょうか」

「……」


 ゼルマールは口を閉ざしていた。

 険しいとも、怒りともつかない、あるいは残念なような顔を見せ、それから大きく息を吐いた。

 とても大きな、深いため息だった。


「魔導士メグロの言うとおりだな」

「はい?」

「君は私の手に余る」

「……」

「素人が描いた地図はいらない。明日、チームを一つ紹介するのでそいつらを連れてその道を案内してくれ」

「え、それだと、あの」

「明後日は資料を渡す。攻略隊の構成や内規を記したものだ。夜に一通り覚えたか確かめるのでざっとでいいから頭に入れなさい」

「……」

「三日後には紹介状を渡す。私の責任で君を新人の案内人として認める。それでいいね?」


 ゼルマールが確かめてくる。

 はい、と僕は立ち上がり、頭を下げた。



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