22 一年近く
大分時間が経ってから知ったのだが、魔導士というのは資格が必要な職業だった。
魔力汚染を受けたものの中でもよく魔力を知覚でき、かつ必要な程度に制御できるものが任命されるのだという。
それ以外、求められた基準に達しなかったものや、そもそも魔導士になる気がないものには三つ道がある。
一つは、元の所属でそのまま可能な仕事を振られるもの。
実のところこれが最も多いらしい。汚染者に対する偏見は僕が当初考えたものよりずっと少なく、また基本的にはスキルも問題なく使えるので、ある時期まではこの選択が一番いいと言われる。
二つ目に、療養所に送られるというもの。
いずれ全ての汚染者は必ずそこに向かうことになる。まだ身体が動くうちに自分からあきらめて赴くものもいれば、ついに限界が訪れて運ばれるものもいる。静養しながら治療法の完成を待つ場所であるが汚染者たちの間では身も蓋もなく「墓場」と呼ばれている。
三つ目、迷宮の案内人となること。
これは元々攻略隊に所属していた人間に多い選択だとメグロは言う。
「あの館長がお前にしきりに勧めていたのは、優れた案内人がいるかいないかで攻略の進みが段違いだからだ」
あるとき「実り」の時期を迎えた山に向かう途中でメグロが言った。
左腕を失い、大きくバランスを欠いた姿になりながらやはり確かな足取りで彼は僕の隣を歩いていた。
「迷宮の内部は山によってかなり違うのだと言う。出てくる魔物も、環境も、その深さも。全て」
彼は自分では迷宮の中には入ったことがないと言った。
「攻略隊にも少なからず強い戦士がいる。優れた癒し手も軍の次に所属している。名の通ったランク4の話も聞く。しかしそれだけで攻略は進まない。魔物を間引くことも迷宮の力を削ぐ上で重要だが、最も優先すべきはやはりボスを探し当てることだ。それには魔に対する優れた知覚が必要だ。つまり、魔力汚染者が」
メグロはそこで言葉を切った。
上を向き、何事か考えているようだった。
「正確ではなかった。魔を知覚するものは汚染者以外にも存在する。お前が泉の魔力に惹かれたように、当初鈍くても魔力を浴びる内に知覚できるようになるものだ。しかし、やはり汚染者は別格だということだ。魔を宿したことで、魔を理解できるようになるのだろう」
彼は魔を嫌っている。それは間違いなかった。
しかし汚染者である自分自身や僕のことはかなり客観的に見ているようで、魔術を身に着けようとはしないが、その性質を利用することに躊躇はしない。
だからそのとき少し不思議に思った。彼が魔導士という職を選び、迷宮の案内人にはならなかったことを。
「どうしてメグロさんは案内人にならなかったんですか?」
「一人の方が楽だからだ」
「今は僕がいますけど」
「ああ。だからさっさとお前をどこかにやりたくてこんなことを言っている」
「……」
「優れた案内人は歓迎される。しかし、やはり迷宮は危険だ。以前も言ったが汚染者の多くは迷宮で生まれる。敵地に踏み込むということはそれだけ恐ろしい」
「そうですね」
「俺は御免だ。だが、お前は案内人になるのだろう?」
そのときもメグロは僕を見ていなかった。
歩きながら、どうでもいい雑談の一つのように言った。
「……わかるんですか?」
「ただの消去法だ。この一年近く、お前を連れて各地を巡った。魔導士の仕事に関しては大体わかっただろう」
「はい」
まだ生きた山に入り、山頂へ向かうまでに漂う魔力を回収し、山頂で封魔の実を育て、回収。下山すると専門の輸送隊に渡し、中央に送る。
ただのこれの繰り返しだ。魔力を集め、山頂まで持っていけるのなら難しいことじゃない。
時折学舎を巡り、近くの死んだ山や、教育用の魔力溜まりを点検することもあるが、これとて大したことではない。
変化がないからだ。
そして、深奥に迫っていないから。
「魔導士の仕事はな、世捨て人のためのものだ。魔力汚染者となり、元の仕事に戻る気にはなれない。恐ろしくて案内人なんかできやしない。しかし療養所でただ死を待つのも嫌。……そんな、甘ったれの負け犬どもに与えられる仕事がこれなんだ」
「……必要なことでしょう」
「ああ必要だ。だが、案内人が持ち回りでやったってかまわないだろう。外部の手が入ることが望ましいだなんだ言われているが、結局はそれしかできない人間がいるというだけの話だ」
自虐的だった。
強いて自分を傷つけるような物言いをしていた。それを聞かせることをどこか恥じているようにも見え、それこそ彼が僕の背を押そうとしている証明に思えた。
メグロは僕の迷いを見抜いていた。
「お前が治療法を探すと言うなら、確かに案内人が最適だろう。研究が進んでいるのは中央の学院だが、お前が入るのは難しい。何より、現場ではない」
「はい。汚染源である魔力、その湧き出る場所といったらやはり迷宮だとこの一年で感じました」
「間違ってはいないのだろう。その選択が実を結ぶかどうかは別として」
「だとしても、やると決めたので」
「……そうなんだろうな、お前は」
メグロは笑った。
薄く、力のない、穏やかな笑みだった。
……彼の歩みは確かだ。淀みがない。倒れそうな感じなどまるで覚えない。
しかしここ数日、少し遅くなったように僕は思っていた。
全ての動作がゆるやかになっているような、そんな感覚だ。
錯覚だと思いたかった。
だから僕もへらっと笑顔を返した。
「まぁ、メグロさんがまだ単独行動の許可をくれないんで、当分はこの仕事を続けますよ」
「ああ。お前が学舎を出る年になるまでは我慢して面倒見てやる」
そして僕らはそのまま道を行く。話題はぽつりぽつりと。数時間無言で歩くときもあった。メグロはそういう性格で、一年近くも一緒にいたら僕も慣れていた。
その時間がつらくなかったから迷うのだとわかっていても。
◇
そのとき僕はリュイスに採寸されていた。
いつもの合流地の、天幕の中でのことだ。さすがに靴は歩きづめなので何度も修理をお願いし、サイズが合わなくなって新しいものを作ってもらいもした。
しかし衣服はもったいない思いがあってなかなか着れず、合流地で古着をもらったりして大事にしていたのだがついにバレ、怒られた。
「あたしゃお前に普段から使い潰すもん渡してんだよ。人間が道具を使わずどうやって生きてくつもりなんだてめー」
「はい」
「雑なつくりの支給品着やがってよ。お前多分知らねえだろうけど、学舎ん中でも『手工』持ちがいたらそいつに仕立直してもらうのが普通なんだぞ」
「はい」
「あー、この一年でチビなりにでかくなりやがって、前のはもう完全に合わねえじゃねえか。捨てるぞこんなもん」
「えっ」
「えっ、じゃねえ。こんなもんありがたがるなっつの。バラして素材にした方がマシだよ」
「……はい」
「育ち盛りが変な遠慮すんじゃねえよ、ったく。おい、これからは会うたび採寸して新しいの作るからな。近くによったらぜってー顔出せよ」
「はい」
「おし」
リュイスは僕から手を離すと、手元のメモ帳に何か書き付け始めた。
僕はずっと居心地が悪かった。申し訳ないという気持ちがあった。そして、その申し訳なさを覚えてしまうということにさえ申し訳なくあった。わけがわからなかった。
……いや、本当はわかっていた。
僕はこの一年でメグロとリュイス、そして様々な人々にお世話になった。なりっぱなしだった。
この社会の中で正常なルートに進んでいれば、そんな迷惑を人にかけるようなことはない。僕は自分から道を外れ、どうなってもいいなんて気持ちでいた。自分ひとり、どうでもなると。自業自得だ。
なのに結局は人に面倒をかけている。そんなことしてくれなくていいという気持ちがずっとあった。甘えだ。
メグロが魔導士として職務の範囲でのみ僕に関わっていたならそこまで思わなかったかもしれない。
けれど無愛想な彼はとてもよくしてくれた。ずっと。
だから……だから今も迷っている。
今この場所で、僕はどうしようもなく決められないでいた。
「最近のあいつの様子はどうだよ」
リュイスがメモ帳から目を離さずに口を開く。
「会っているでしょう」
「あの口下手野郎の話なんかアテになるかよ。自分のことなんか滅多に話さねえしな」
「じゃあ何の話してるんです」
「お前」
「……」
「あんな物臭が子どもの面倒見るなんて大丈夫かねと思っていたが、意外と上手くやってるみたいだな」
「そう、ですかね」
「お前、あいつのことどう思う?」
「無愛想、無口、話が下手、……面倒見が良い、あたりですかね」
「へっ、そんな感じか。変わんねえな」
「昔からあんなだったんですか」
「ああ、まぁ大体似たようなもんだよ。ありがたいことにな」
「……」
「変わらないやつってのは大事なんだよ、大人になるとな」
そう言ってリュイスは照れたように笑った。
……大人になれば。彼女はそう言うが、僕にその気持はわからない。僕はまだ九歳で、夢の中でさえ僕は大人になれなかった。
記憶はその前に途切れている。
だから、こういうときどういう態度を取るのが正解なのかわからなくて、ずっと情けない顔をしていたはずだ。
「何でそんな顔すんだよ」
リュイスが言う。
僕はそれになにか応えようとして、
「リュイスっ!」
突然天幕に飛び込んできた大声にかき消された。
その叫びはこう続いた。
「メグロが倒れた!」
脳裏に突然、いつか聞いたメグロの言葉が蘇る。
『軽症であれば十年は動ける。次の五年は体力が激減する。さらに三年で急にやせ細り、苦しみ抜いて二年で死ぬ。これが最も理想的な末路だ』
理想的。
それは、多くがそうならないことを示していた。




