二十一、魔除けの庭園
王城庭園の奥。
王族のみに入ることが許された区画がある。
数代前の王妃が愛したとされる斑入りのヒイラギの木が、そこを囲うように植えられていた。トゲのある葉を多くつけながらも、枝は霧に霞む空へと向かって伸びている。
その根の近くには、人工の小川が走っていた。造られた小さな滝から落ちる水が川をなし、池へと流れ込む。
池の周りにはローズマリー。
魔除けや浄化を意図する植物が、ここにはふんだんに植えられていた。
さほど広い区画ではないが、この場所は、どこか、王城とは切り離された空気を持っていた。
池の近くに置かれた古いガーデンテーブル。
ほとんど置きっぱなしのその木製テーブルは塗装がはげ、欠けもある。だが、この区画のこのテーブルだけは、王族が使うものであろうと、どうしてか、それが許された。
ヴィオラとセオドアは、その古いテーブルの前に置いた椅子から、揃って立ち上がる。
「ごめん、ごめん。待たせちゃったかな」
ジュリアンが駆け足で二人に近づく。彼らの従者たちでさえ、この区画には入らない。王族以外では庭師しかここへは足を踏み込まないのだ。
「お兄様!
忙しそうなのに、来てくれて嬉しい」
「兄様の好きな銘柄の紅茶をポットに淹れてもらったんだ。一緒に飲もう」
ジュリアンが微笑みながら彼らに近づき、手をそれぞれに向かって差し出すと、ヴィオラもセオドアもその手を取った。
「ヴィオラは相変わらず可愛い。僕の妹は文句なしに美人だね」
ヴィオラはにっこりと笑う。
「セオドアは背が伸びたんじゃない?
まだ嫌だなぁ。弟に身長を抜かれるのは」
「伸びてないよ。嫌み?」
セオドアが片方の頬を膨らませると、ジュリアンは声を立てて笑った。
「昨晩の晩餐で会ったばかりだしね。あっはっは!
身長伸びていてもわかんないか」
ジュリアンはヴィオラを椅子に座らせると、セオドアの両肩に後ろから手を添え、弟も座らせる。最後に自分が席についた。
テーブルの上に置かれていたポットを持ち上げ、自らカップにそれを注ぐ。
「……珍しいね。二人がここでお茶したいって言うなんて」
カップを持ち上げながら、ジュリアンがあたりを見回した。これほど丁寧に“浄化”のために造られた場所であっても、ブラックソーン伯邸に比べると、どこか濁りを感じる。
ヴィオラとセオドアが静かに目を合わせ、頷きあった。
「お兄様。
今日も素敵なカフリンクスをつけてるのね」
「み……見せて欲しいなぁ」
ジュリアンは一口ハーブティーを飲んでからにっこりと笑い、袖口についていたカフリンクスを外してテーブルにのせる。
「ほら。興味あるの?
セオドアにも同じ職人のものを贈ろうか。
ヴィオラは――」
「あ……いえ。お兄様はすごくお似合いになるけれど……私たちはまだ――」
「そうかな?」
セオドアは濃い琥珀色の石のついたカフリンクスを手に取ると、少しだけ頬を染めた。
「……僕は、兄様と似たやつ……欲しいなぁ」
「え」
ヴィオラは驚いて隣に座る弟を見るが、ジュリアンは穏やかに笑う。
「じゃあ、注文しておく」
ヴィオラはセオドアの肘を引いて慌てて顔を寄せた。
「今日はお兄様に宝石をねだるためにわざわざ呼んだわけじゃないのよ!?」
「……わかってるけど……素敵じゃないか」
「……もう!」
「二人は相変わらず仲がいいねぇ」
テーブルに肘をついてにこやかに笑んでいるジュリアンに、双子が視線を向ける。彼らは慌てて姿勢を正した。
「……クラヴァットにつけてるタイピンもお洒落だね、兄様」
兄は、少しだけ不敵に笑う。
彼はタイピンを抜き取り、それもテーブルに置いた。
「何? 君たちは僕の装飾品を剥ぎ取りにきたのかな?」
ついでと、ジュリアンは笑いながら金鎖だけが見えていた懐中時計も置く。
「懐中時計は、王家の紋章入り。
それと同じものを、セオドアは成人したら父上から贈られるだろう。
ヴィオラには、母上から王家に代々伝わる宝石が贈られるはずだよ」
セオドアはカフリンクスをジュリアンに戻すとタイピンを持ち上げ、懐中時計はヴィオラが手に取った。
蓋に刻印された王家の紋章。
黒地に銀の双剣、その上に金の梟が静かにとまっている。
その梟を、ヴィオラはそっと指先で撫でた。
「お兄様は、本当に洒落者ね。
その……ペンダントもいつも着けてるって聞いたの」
セオドアは唇をハーブティーで湿らせてから、彼も口を開く。
「それも……僕たち、見てみたいなぁって」
ジュリアンはカフリンクスを袖口に器用につけながら、小さく首を傾げた。
「ペンダント? 何のことだろう」
変わらぬ微笑み。
双子は、ハッとしたように兄を見つめる。
穏やかな、兄の琥珀の瞳。
きちんと撫でつけられた髪。そのダークブラウンの落ち着いた色味は、白い肌によく映えていた。
乱れのない深い茶色のフロックコートと同色のウエストコート。濃い青のクラヴァットでさえ、見本のように美しく整っている。
端正で、柔らかい雰囲気なのに、何を考えているのか分からない。
兄は、将来の王なのだ。
決して簡単な男ではない。
「その……いつも身につけてるって、聞いたの……。
な、長い金鎖のもので……」
「兄様が持っているものなら……お洒落だろうし。
僕たちも……ま、真似したくて」
二人の視線がゆっくりと下がっていく。
「ごめん。ペンダントは持っていないよ。
今日は指輪もつけていないし」
ジュリアンは自分の手をかざして見ていた。
「お兄様……服の下に身につけては……いないの?」
「服?」
兄はクラヴァットを抜き取ると、高襟シャツのボタンを上から数個外す。そして、親指をしっかりと服の内側に差し込むようにして、ぐいと首元を広げて見せた。
傷一つない、白い鎖骨。
「ほら。無いよ」
双子の視線が自分の胸のあたりに向くのを見て、ジュリアンは丁寧にシャツとクラヴァットを戻す。
「二人でお揃いのペンダントでも持ちたいのかな。
カフリンクスと一緒に注文しておこうか。
それか、僕と一緒に選ぼう。
楽しみだね」
屈託のない笑み。
そう見える。
ヴィオラも、セオドアも手に持っていた宝飾品をつい、握りしめてしまった。
――ミサゴが自分たちに嘘をつくはずがない。
――嘘をついているのは……。
「お兄様は……最近ミサゴには会ってるの?」
「最近結婚したんだよね……。夫人はどんな人なんだろう……」
ジュリアンがテーブルの上に手を差し出したので、二人はタイピンと懐中時計を素直にその手に戻した。
兄は流れるような動作で、タイピンをクラヴァットに差し、懐中時計の留め具をウエストコートに留めて時計をポケットにしまう。
「ちょくちょく暇を見つけては会いに行ってるよ。なんたって“大親友”だからね。
夫人も美しくて穏やかな人だよ」
「会いに行っては……どう?」
彼は動きを止め、きょとんとヴィオラを見つめた。
「会いに行ってるよ? 鬱陶しがられる程には」
「でも……ここのところは……」
続いたセオドアの方へとジュリアンは顔を向けると、やはり不思議そうに二人を交互に見る。
「まぁ……君たちの兄様はこう見えても“王太子”だからね。忙しいのさ」
いつものように、声を上げて笑っていた。
「夫人に会ってみたいの?
僕からミサゴに手紙を書いておこうか。二人から会いに行ってみたらどうかな」
優しい声。軽口ばかりの兄。
柔らかい視線。
双子は、テーブルの下で互いに手を差し出し、その手を握りあった。
“触れさせたくないものくらい、誰にでもある”
ミサゴの言葉。
それが、ひどく胸の奥に沈むような気がした。
ジュリアンが向こうを振り返る。
この区画の隅の方で、オズワルドが手を振っているのが見えた。
「……時間かな」
兄は二人を順に優しく見つめると、席を立つ。
「僕は戻るね。またお茶しよう」
彼は席を離れると、手を振り、笑いながら投げキッスをした。
そんなジュリアンを二人は作り笑顔で見送る。
葉擦れの音。
ローズマリーの香りが、立ちのぼる。
ヒイラギの向こうに兄の背が見えなくなってしまうと、二人は顔を向け合った。
「……どうしよう。セオドア」
「……僕たちじゃだめだった」
互いの声が、震えている。
「お兄様が連れて行かれてしまう」
ヴィオラの琥珀の瞳に涙が盛り上がった。
「まだ……まだ諦めちゃだめだよ、ヴィオラ」
「……そうよね」
「そうだよ」
風が吹く。
二人の兄とよく似たダークブラウンの髪が、そっと揺らされた。




