二十、双子
ブラックソーン伯邸の黒鉄の門が開く。
細かい雨が降りしきり、地面近くには霞ができていた。
黒塗りの大型の馬車。その側面には王家の紋様が、雨粒を弾いている。
馬車に気づいたベアトリスが玄関ホールの階段を降りて行くと、フロックコートをきちんと羽織ったミサゴがすでにホールにいた。
「……旦那様。ジュリアン殿下ですか?」
彼は顔を上げるが、首を振る。
「ベアトリス。申し訳ないが――」
言い終わる前に扉が開き、ミサゴはそちらへ顔を向けた。
向こうに姿を現したのは、傘を差した従者たちに付き添われているジュリアンの面影を持った、少年少女。
彼らはミサゴの後ろにいたベアトリスに気づくと、揃ってパッと顔を華やかせた。
ベアトリスは慌ててカーテシーをする。
「セオドア王子殿下、ヴィオラ王女殿下。
ようこそおいでくださいました」
二人は足並みを揃えるようにしてベアトリスの近くまで歩いてくると、目礼をした。
セオドアは胸に手を当て、ジュリアンによく似た微笑みを浮かべる。
「セオドア・オルダーヴェイルです。まだ未成年ゆえ、夫人にはほとんどお会いする機会がありませんでしたが……。
覚えていていただけて光栄です」
ヴィオラもその隣に立ち、体の前で美しく指を組んで微笑んでいた。
「ヴィオラです。お話には伺っておりました。ご結婚おめでとうございます。
私も、あなたに会えて光栄です」
大人顔負けの挨拶に、ベアトリスはたじたじになりながら姿勢を戻す。
「なぜ、双子が来た。お前たちの兄は」
ミサゴに声をかけられ、二人の肩が震えた。ヴィオラとセオドアは身を寄せ合い、ミサゴを見上げる。
「やっぱり怖いわ」
「背が高すぎるよ」
「あとなんか威圧的なのよね」
「黄泉の案内人だから仕方ないよ」
ベアトリスの後ろに控えていたアゲハがふっと笑う。
「……旦那様。
お仕事絡みですか? 私は席を外していた方がよろしいですか?」
「あぁ、申し訳ないが――」
「えぇ!? 行っちゃうの?」
「夫人。僕たちのそばにいてよ。怖いんだもん、この人」
ミサゴに見据えられ、二人の肩がまた震える。ベアトリスは苦く笑いながらも、丁寧に一礼し、アゲハを連れて部屋へと戻って行った。
ミサゴはその背を、見送る。
「……お前たちの兄は、今何をしている」
二人が揃って、眉も、視線も下げた。
「普通に公務してる」
「何事もなかったみたいに」
「そうか……」
石床の玄関ホール。
壁に据えられている燭台の火が、一瞬だけ大きく揺れた。
ミサゴと二人が執務室のソファに向かい合って座ると、二人は小さくなっていた。
壁、机上、用意されていたすべての燭台に火は灯されているが、雨音の響く部屋に、その明かりはどこか鈍かった。
ミサゴは、ローテーブルの上、二人の前に王城から届いた報せの紙をそっと置く。
「俺は早朝に登城する旨を連絡した。
だがあの王太子はそれを退けた。
――何があった」
双子はパッと顔を上げ、ヴィオラが急いで報せを手に取り、セオドアもそれを覗き込んだ。
ジュリアンらしい、軽い美辞麗句が並べられた後に、時間が取れないから日を改めろと丁寧な文面で書かれている。オズワルドの代筆によるそれを持つヴィオラの手が、震えた。
ヴィオラがテーブルにそれを戻す。
双子は目を見合わせ、軽く瞳を伏せ合った。
ミサゴは膝の上に軽く拳を握り、どちらかが話し出すのをじっと待っている。
「……クラリッサ様が、現れたんです」
「マーガレット嬢と兄様が会っておられる時に」
「……やはり彼女か」
「しかも、昼間です」
「それも、遠くで見ていた僕たちにもはっきりと見えたんです。おかしいよね?」
ミサゴが頷く。
「彼女は何か言っていたか?」
ヴィオラがセオドアを見ると、彼は首を振った。
「僕たちのところからでは、声は聞こえなかった」
「でも……クラリッサ様はお兄様に触れようとしたのよ」
「触れる前に、消えてしまった」
ミサゴがゆっくりと息を吐くと、双子の肩が震える。
「お前たちは、殿下のペンダントの中に何が入っているか知っているか?」
「……ペンダント?」
双子の琥珀の瞳が不思議そうに見開かれた。
「服の下に長い金鎖で……」
「知らない」
ミサゴの眉が歪む。
「お兄様はお洒落が好きなの。
宝石のついたカフリンクスや指輪をよく身に着けてる。だけどペンダントは知らない」
「僕たちは曲がりなりにも王族だもの。
使用人に裸は見せても、兄弟の前で服を脱ぐことはないから……」
「話を聞いたこともないのか?」
双子が揃って頷き、俯いてしまう。
「ミサゴ……」
「助けて欲しい」
「お兄様はやっと、新しい婚約者を決めたの」
「やっと踏み出したんだ」
雨音。
それから、雷鳴。
「……あの娘は、王太子自身がほとんど無自覚にあの世から呼んだんだ」
「お兄様が……?」
「だから、俺は殿下と話がしたい」
ミサゴは腕を組み、ゆっくりとテーブルの上に視線を滑らせた。
「だが、これだ」
王城から送られてきた白い紙が、燭台の明かりを鈍く返している。
「対応が遅れれば、連れて行かれてしまうだろう」
「連れて行かれる……?」
「……あの世にってこと?」
「魂だけな。
――せめて、あのペンダントを預かってこれないか?」
「お願いしてみる」
「兄様は僕たちに優しいから、きっと貸してくれるよ」
蝋燭の火が、小さくジジッと鳴った。
「それは……どうだろうな。
人に触れさせたくないものくらい、誰にでもある」
物の置かれないマントルピースの下。
そこにある暖炉は、火を入れられないまま静かに口を開けている。
何かを隠しているかのように、その影はじっとしていた。
「ミサゴは……兄様の許しがないと王城には来れないの?
僕たちに会いに来た振りをして兄様と……」
「それは最後の手段だ。
俺が殿下の許可なしにそちらに行くということは、殿下とあの娘の縁を無理やり断ち切るということに他ならない。
――できなくはない。
だがそれは、どちらの心も壊しかねない行為だ。
俺はやりたくない」
双子は目を見合わせる。
「……お願いしてみる。ペンダントを貸してって……」
「それか、ミサゴに会うように説得してみる」
「あぁ」
ミサゴがソファを立つと、双子も揃って席を立った。
「じゃあ、またね。ミサゴ」
「またね」
二人は彼に頭を下げ、部屋を出る。
ミサゴは、まださほど身長の変わらない少年と少女の背中を見つめた。
雨音。
彼はローテーブルに置かれた燭台を持ち上げると、息を吹きかけた。
火が、消える。




