第5話 小さな恋 ①
車で学校の門を出て、行きつけのコンビニに入る。
店前に前向き駐車をしている車が3台ほど停まっている。
コンビニ駐車場では、テールランプを踏みっぱなしで、長時間スマホを見ている人もいて、下がってくるのか、休憩しているのか分からない時がある。
バックしてくるか警戒してみるが、サイドミラーが閉まったままかどうかで判断している。
とは言え、バックしながら、ミラーを開いたり、シートベルト閉める人もいるので、危険予測はしておく必要がある。
無事に倉庫前あたりで駐車できた僕は、店の自動ドアへと向かう。
お店に入ると、甘く香ばしい薫りがしていた。
「いらっしゃいませ!」
と、威勢のいい声がした。
店長の声だと思い、左側のレジの方へ顔を向ける。
店長ではなかった。
学生さんぽい若い男性だった。
まただ……。
老若男女、どんなタイプの店員さんも、ここ浜温高校前店の店長の口調で挨拶してくる。
店長は、コンビニ風の「いらっしゃいませ」より、ちょっと魚屋さんか居酒屋さん的なのだが、どの店員さんも、このイントネーションで、出迎えてくれる。
店長が、「明るく大きな声で挨拶」とは教えても、このノリで言え、とイントネーションまで細かく教えているとは思えない。
わざと似せていると言うよりは、自然と無意識につられている感じがする。
他のお店でもよく感じる。
そこのボスや個性の強い人物の言い方が他の人にも染っていることが多い。
職場で企業や役場に電話してもたまに感じる。
教育委員会に斎藤さんという年配の女性がいて、デパート的な、やや過剰敬語気味で、自信に満ち溢れた美声なのだが、僕みたいな人間からすると、少し疲れる話し方で。
先日、電話しなくてはいけない用事があり、僕は斎藤さんが出たと思ったら、なんと20代前半だろう鈴木さんだったのだ。
「お店で焼いたメロンパンはいかがですかー」
先程の若い男性が、店内中に響き渡る大きな声を発している。
あ、とうとう、ここでも、お店で焼く出来立てパンが始まったのか。
どうりで、店員さん達がパン屋さんみたいな格好をしてると思った。
僕は店内に入り、立ち読みをしようかと少年漫画雑誌へと近づく。
するとドリンクコーナーの方から、誰かが向かって来た。
「試食どうですか?」
目の前に現れたのは店長だった。
いつものコンビニの制服の上に、濃い茶色のエプロンをし、同じ色のハンティング帽子をかぶっている。
一年の四季折々のイベント毎に、店長は、生徒達いわく「コスプレおじさん」になる。
節分には鬼になり、クリスマスにはトナカイになる。
「じゃあ」
と、僕は四つぐらいにカットされたメロンパンの一切れをいただく。
「美味しいですね! 」
僕は、店長と目を合わせ微笑む。
レジ横のパンに目を向け、パンの写真と丸文字で値段が書いてある手作りらしいカラフルなポップを眺める。
「僕はメロンパンと、母が抹茶が好きだから、抹茶のホワイトチョコチップクッキーにしようかな」
優柔不断なので、レジに行ってから決めることができない僕は、少し離れたところから検討する。
「そうそう、抹茶のクッキーもめっちゃ美味しいですよ!もし良かったら食べてみてくださいね」
と、やはり店長は居酒屋の店員さんのような人懐っこい明るさで言いつつ、軽く頭を下げて、また別のお客さまへと歩み寄って行く。
レジを見ると、出入り口近くは先程の男性で、隣りのレジでは、ギャルっぽい店員さんがレジをしている。
夕方から勤務の子だ。
昼間は、30代ぐらいの主婦っぽいパートの店員さんが数人いる。
教師仲間の男性陣で、どの女性が好みか話題に出ることがある。
本気で口説いて不倫したいとかじゃない。
あくまで雑談だ。
大半の先生が、明るく元気でテキパキしたYさんがいいと言う。
昔と違い、カスハラ対策か、名札がイニシャルなので名前が分からない。
Yさんは、すらっとしていて、誰に対しても満面の笑顔で接客している。
柔道金メダリストで野獣と呼ばれていた女性のようなルックス。
正統派の美人ではないが、結局は、太陽みたいな笑顔で気の利く女性が好きなのかもしれない。
既婚者の先生達と違い、ヲタクで独身の僕だからか、断然Tさんだ。
小柄で細すぎず太すぎず、ポニーテールのよく似合う坂道系の顔の美人。
Tさんがいいと言う先生もいるが、一番票を集めているのは、Yさんだ。
どちらも好感が持てるが、やっぱり僕は、顔なんだよな。
たまにお昼を買いに行った時、Tさんにレジをしてもらいながら、左手の結婚指輪を眺め、旦那さんうらやましいぞ、なんて思う。
僕はギャルの方のレジに並んだ。
僕の番になり、店員さんが僕の商品のバーコードにレーザーを当てる。
レジのタッチパネルをタップし、店員さんにスマホのバーコードを見せ、決済する。
アイメイクが濃くキャバ嬢みたいながら、ニコニコと可愛い声の店員さんが、手際よく、メロンパンやクッキーを焼き、紙袋に入れるのを見守る。
レジ袋ろを受け取って、出入り口の方へ歩き出した時、もう片方のレジに、杣本くんが立っていた。
レジを終え、商品を右手に持ち、僕の方を見る。
「富久先生、何買ったんですか? 」
と、杣本くんは僕を上目遣いで見ながら、身体を出入り口の方へよじり、歩き出す。
「なんでもいいだろ」
面倒くさいので、僕は、怒ってはいない感じの笑いを含めた言い方で、けだるく返事をした。
「僕はバームクーヘンでぇす! コンビニスイーツなのに無添加で、デパ地下メーカーがドイツの伝統的な製法で作ってるんですよ」
「ふーん」
杣本くんの右手に持っているお店のテープの貼られたお菓子を見つめる。
「英語のテストの結果が良かったので自分にご褒美ですね。先生みたいに、いっつも自分にご褒美は与えないので」
含み笑いで僕を見る杣本くんに何も言い返せない僕。
自然と一緒に並んで、コンビニを出る。
僕の軽自動車のある左側へと曲がり、タイルの上を歩く。
杣本くんが後ろから付いてくる。
数歩行ったところで、杣本くんが袖を引っ張る。
不意打ちに驚く僕。
振り向くと、杣本くんが店のガラスを向いて立ち尽くしている。
杣本くんの視線の先を追う。
お笑い芸人達が消防団の格好をしているポスターがガラスの向こうに見えた。
「富久先生、これですよ。先生、入団してくださいよ」
「ちょ、運動系の部活をしたこともない僕が、消防団やると思う?」
教師のくせに、公務員のくせに、建前もなしに、社会貢献に消極的な発言を正直に言ってしまった。
「先生〜」
駄々っ子のように身体を左右に振る杣本くんを置いて、僕が車に乗り込んだ。
旅行の帰りを共にして以来、放課後、杣本くんは社会科準備室に入り浸るようになった。
スチール書庫には、たくさんの書籍や地球儀やハニワが並んでいる。
部屋の真ん中にある業務用作業テーブルで、僕は授業台本を書いたり、テストの採点をここでする。
人前で話すのが苦手な僕が、「普通の授業」をつつがなく行うには、準備がいる。
新任の頃は、
ーーー教室を開けて入り、生徒を見渡す。
号令をかける。
「起立!礼」
から、書いていたぐらいだ。
学生時代、教育実習で、だいたいの箇条書きで、堂々と授業ができてしまう同期もいた。
僕は未だに、脳内がカオスになり、パニくってしまう時がある。
10歳も年下の生徒達が引きつつも、苦笑いしながら許してくれる。
情けない。
大学生の時に、居酒屋でバイトをしたことがある。
注文の聞き取りさえ、「あら……新人さんかな?」と、その場を凍らせてしまうのだ。
同じように初めてのバイトで最初っから、見よう見真似できる人間がいる。
僕が、ホールスタッフらしくなるのに一ヶ月かかったとして、初日から、レジまで到達できる人間もいる。
この差はなんだ。
どうして、僕はできないのだろう。
こんな僕なので、「普通の授業」をするには、何年経っても、準備がいる。
今年度の資料を見ながら、黒い表紙の方眼ノートへ、シャーペンで書いていく。
令和の時代に、パソコンで入力したり、スマホで音声入力にしないのは、ノートで書くことで、ごちゃごちゃの頭の中が整理される気がするからだ。
「年額報酬36500円。出動報酬1回あたり4000円〜8000円! 」
寝り返った室内で、少し離れたところに置いてあるパイプ椅子に腰かけていた杣本くんが急に声を出した。
僕はドキッと上半身を浮かす。
僕に声をかけているのかもしれないけれど、顔を向けなかった。
杣本くんは構わず続ける。
「五年続けたら、退職金もあるみたいですよ。五年で、なんと20万円以上! 」
何の話だろうか、と少し気になるものの、やはり僕はノートから目を離さない。
ーートントン
その時、不意にノックする音が聞こえ、
「わっ」
と、僕は再び、上半身を浮かす。
「はい」
僕は冷静を装って返事をする。
「失礼します」
「え?」
僕は、入って来た人物に驚いて、出入り口の方を向いて立つ。
なんと、三宅紫明太教頭だった。
生徒達から「奇跡の47歳」と言われている英語教師で、アラサーでも通る美青年だ。
映画『国宝』に出てきそうな人だ。
一年中、黒やグレーやベージュのカーディガンを着ているのがトレードマークで。
「あ、三宅教頭が来てくださった」
杣本くんも立ち上がる。
「三宅教頭も勧誘手伝ってくださいよ〜」
また、杣本くんが、先日のコンビニ前で見せた駄々っ子ポーズをし始めた。
「無理強いはできませんが、そのつもりで来たんですよ」
と、三宅教頭が慈しみの笑顔を浮かべる。
僕は、え?と三宅教頭の顔を見る。
「今年度から僕の同級生が消防団担当ですし、いい奴なんで、安心して活動できると思いますよ」
と、三宅教頭が慈しみの笑顔のまま話す。
「どんな人なんですか?消防士なんですか? ……三宅教頭、どうぞお座りください」
杣本くんが前のめりで三宅教頭に質問しながら、テーブルに立てかけてあったパイプ椅子を広げ、僕らのちょうど中間あたりに設置し、三宅教頭を促す。
そろりそろりと、三宅教頭が室内に入って来て、腰を掛ける。
三宅教頭が座ったのを見守ってから、杣本くんと僕は同時に座る。
「高校時代に同じ野球部だった奥山って言う奴なんだけど」
「えー、三宅教頭、あの強豪の愛媛西高の野球部だったんですか!? 」
僕も心の中で思ったが、杣本くんが大きな声を出して尋ねる。
「いやいや、私はマネージャーです」
苦笑いをする三宅教頭。
なるほどー、と言った感じで、納得の息を吐く杣本くんと僕。
「その奥山は、消防士と救急救命士のどちらの資格も持ってて、昨年度まで救急にいたんだけど、今年度から8年振りに消防の方に異動になったんですよ」
さっきまで、杣本くんのことを無視していた僕だが、三宅教頭となると、顔も膝も向けて、真剣な目で見て、相槌を打っていく。
偉い人だからじゃない。
僕は上司からの評価とか気にしないマイペース人間だ。
こんな出世とかに興味のない僕でも、三宅教頭の前では意識をはっきりさせてしまう。
いくら美しい人とは言え、僕はノンケなので、淡い恋心でもない。
三宅教頭が周りの人をそうさせてしまう人柄なのだ。
「私たちの浜温町は、綺麗な海や山や川があって、最高に素敵な町ですが、災害の危険も高いのに、消防団の団員数は緩やかに右肩下がりらしいんですよ」
と、三宅教頭が聞き取りやすい滑かな口調で、せせらぎのように話す。
すると、杣本くんが、
「防災士の数は多いですよね? 人口10万人あたりの防災士の数は愛媛県が全国一位だし」
と、鈴の鳴るような聡明な話し方で返す。
「そうそう。特に私たち教師は、ほぼ強制的に防災士の資格を取らされましたよね」
と、三宅教頭が苦笑いしながら、僕の顔を見る。
まずい、と額に汗が流れたが、嘘をつくわけにいかないので
「すみません。取ってません」
と、正直に言い、うつむく。
「夏に愛媛大学で公立の教員向けの集中講座がありますし、消防団に入れば、そちらでも資格費用免除の制度がありますから、ぜひ」
僕が顔を上げると、三宅教頭がまた慈しみの笑顔をしていた。
「防災士の数は多く、個々の知識や備えは、全国的に見れば、良く出来ていると言えますが、地域によっては自主防災組織が強いところもあれば、PTAと同じで、役員が毎年変わるので、なかなか横の繋がりが継続していかないようで……」
三宅教頭が言葉に詰まる。
「そこで、昔ながらの消防団ですよね! 」
杣本くんが、凛とした声で言う。
「そう。消防団には代々のディープな繋がりがありますよね。ゆくゆくは自主防と消防団や町が連携して、生きた自助共助公助を根付かせたいんですよね」
三宅教頭が、杣本くんに切々と語りかける。
「そうです! 僕も浜温高校に防災部を新設して、若いうちから本気で、家族や友達や町を護るために、知識をつけて、備えて、訓練したい。防災部新設のためには、相応しい顧問が必要なんですよ! 」
と、パイプ椅子が前に動くんじゃないかと思うぐらいに、身振り手振りで語る杣本くん。
「私は申し訳ないことに、俳句部の活動がありますし。消防団員で防災士の資格もある顧問となれば、学校側の承認が得られやすいはずです! 」
と、僕の顔を覗き込む三宅教頭。
「ですよね! 」
と、三宅教頭を真っ直ぐに見る杣本くん。
意気投合! と言った感じで見つめ合う二人。
そして、キラキラした黒目で二人して僕を見てくる。
僕は、下を向いて、自分の黒い合皮の革靴の先をまじまじと見つめる。
しばらく沈黙が続く。
誰も次の言葉を発しない。
二人が僕の言葉を待っている感を出してくる。
いたたまれなくなり、両手で太もものズボンを握りしめる。
「あ、あの、たまにギックリ腰になる僕ですが、ポンプ扱えるでしょうか? 」
顔を上げ、二人を見ながら、弱々しい声を出す僕。
何がおかしかったのか、杣本くんは柏手を打って笑う。
三宅教頭は、
「では僕から、奥山に、富久先生が消防団に入団希望であることを連絡しておきますね」
と、またいつもの慈しみの笑顔で僕に語りかける。
僕は、頷きながら、ため息を吐いた。




