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ハラグロ優等生と、ポンコツ猫教師 ~これは浜温高校防災部の青春物語である〜  作者: 数多津コイツか


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第3話 ナイト①

 今日の夢は、コルセットの方だった。

 コルセットは、いわゆる腰用サポーターで、黒いメッシュ素材である。

 僕、杣本玲は、夢の中で、富久貴音先生のコルセットになる。

 目は見えない。

 漆黒の世界の中、先生の声や動作や周りの音は聞こえる。

 聴いたことある人は分かると思うけど、米津玄師のインスタライブみたいな感じだ。

 なぜ黒いコルセットだと分かったかって?

 僕は、富久先生の愛犬ラブラドールレトリバーのナイト君になる日もあるからだ。


 この夢は、昨年おじいちゃんが亡くなる日から始まった。

 膵臓ガン末期のおじいちゃんが家での緩和ケアに入って三ヶ月した頃、訪問医師の桜井先生が死期が近いことを教えてくれた。

 僕は一週間学校を休んで、マリカさんと交代で24時間付き添った。

 おじいちゃんは夜中に何度も吐く。

 潔癖気味の僕でもおじいちゃんの嘔吐物の片付けは苦じゃなかった。

 床ずれができないように体位交換もする。

 心の準備はしていても悲しくて、怖くて、オールナイトニッポンを聴きながら励まされた。

 一週間、ほとんど眠れなかった。

 正午を過ぎた頃、昏睡状態から覚めたおじいちゃんが、寝ながら手を伸ばした。

 僕の頭のてっぺんをさすりながら

「ありがとう」

と、言った。

 僕は、人生で一番の笑顔を見せた。

 おじいちゃんは、安心したように、また昏睡状態になった。

 とたんに、とても眠くなった。

 あんなに一週間、寝付けなかったのに。

 僕はおじいちゃんのベッドの側でうたた寝をした。


 夢で、僕は、富久先生に話しかけられていた。

 「ナイト、お父さんが交通事故で死んじゃったんだ。お母さんと僕は、しばらく葬儀場で寝泊まりするから、ナイトは、早苗叔母さんに預かってもらう。良い子にしとけよ」

 富久先生は、生徒に話しかける時と同じように、同じ目線で誠実だった。

 玄関の姿見で、僕は黒いラブラドールレトリバーであることが分かった。

 玄関を出て、富久先生のN −BOXに乗り込んだところで目が覚めた。

 するとマリカさんが、おじいちゃんの枕元で、おじいちゃんの右手を両手で握って涙していた。

 「玲、桜井先生、呼んだからね」

 おじいちゃんの呼吸が不規則になり、喉からゴロゴロと音が鳴っている。

 僕は、マリカさんにくっついて、桜井先生が来るのを待った。


 12月11日、僕のおじいちゃんと、富久先生のお父さんは同じ日に亡くなった。

 

 あれから五ヶ月。

 夢を見ると、富久先生のとこにいる。

 これは夢なのか。

 本当に夢の間だけ、現実の富久先生の愛犬やコルセットに転生しているのか。

 異世界転生のパラレルワールドか。

 分からない。

 僕は、どの可能性もあると思って過ごしている。


 富久先生は、お父さんが亡くなったあたりから、腰を悪くした。

 コルセットをするようになった。

 すると、それまでのチャームポイントのパンツが見えなくなった。

 先生は学校で、「おパンツ君」と陰で呼ばれていた。

 ズボンのウエスト部分からパンツがうっすら重なって見えていたからだ。

 先生は、見せパンするようなキャラじゃない。

 腰履きをしているわけでもない。

 どうして、ワイシャツをパンツにインしてしまうのだろう。

 どうして、履いた時や俯いたりした時や鏡で気付かないのだろう。

 どうして、誰も言ってあげないのだろう。

 そんなお間抜けさも、富久先生らしかった。

 それがコルセットを使用するようになってから、ワイシャツで覆うようになってしまった。

 

 「お母さん、今晩はケイで食べてくるわ」

 富久先生が、お母さんに声をかけている。

 ケイというのは、富久先生ん家の近所にあるカフェレストランだ。

 手づくりのチキンカツやオムライスや地元の果物をふんだんに使ったパフェやかき氷が人気のお店である。

 インスタ映えするプレートやスイーツに、カントリー調のインテリアで、若い女性客が多いが、チキンカツはS〜LLまで、お子様サイズ〜がっつりボリューミーサイズまで選べ、マンガも沢山あり、男性の常連客も多い。

 予約をすればワンコ同伴可の店内半個室席やワンコお食事メニューがあり、マリカさん達、犬猫保護活動をされている奥様達もよく通っている。

 富久先生がケイに通うのは推し活の一環だ。

 富久先生の推しで、アイドルの青山薫さんが、一昨年、三ヶ月ほど、町内の坊っちゃん劇場でミュージカルに出ていた頃、ケイによく通い、後日SNSにアップしていた。

 薫さんは、もう東京に戻ってしまったが、富久先生は、今でもアクスタ持参で、薫さんと同じメニューのものを食べる。

 その時、僕は、富久先生のお腹に巻きついているので、チキンカツやかき氷は見えない。

 数日後、富久先生がXにポストするので、それで画像が見られる。

 アカウント名の「もみじまんじゅう」はナイト君になっている時、先生がスマホを見ているのを覗き込んでチェックした。

 僕の閲覧用アカウントでは「もみじまんじゅう」をフォローしていない。

 全国の薫さんファン仲間がフォローし、富久先生のポストに「いいね」やコメントをしている。


 バサッ……。

 富久先生は、きっとあの襟ぐりのよれたサイズの合っていない大きめのTシャツを着たのだろう。

 多分GUNZEの下着とオーバーサイズのTシャツの間で僕は富久先生に抱きついている。

 チノパンがずれ落ちないよう、富久先生はキュッとベルトを締めたので、僕は息苦しくなった。

 富久先生は、とぼとぼと歩き始めた。


 カランコロンーー。 

 富久先生は、ケイに着いたようだ。

 「いらっしゃいませ」

 お店の女性の声がする。

 僕の心臓が跳ねた。

 梶山幸(カジヤマサチ)さんだ。

 「一人です」

 富久先生は、梶山さんが尋ねる前から、言う。

 「富久先生、お疲れ様です。こちらか、カウンター席か、どちらでもどうぞ」

 きっと梶山さんは、ドアに近い二人用テーブル席エリアか、お店の奥のカウンター席を手で案内しているのだろう。

 梶山さんは僕のクラスメイトだ。

 この春から転校してきた。 

 担任の西川先生が朝礼で紹介をした時、僕は、息ができなくなった。

 梶山さんの透けるようにサラサラの栗色のセミロングに陶器のような白い肌。

 僕の好きなルノワールの絵かと思うような顔。

 美少女の外見の印象と違い、意外にも声は低めであったが、一音一音とても滑らかに話す。

 有名なタレントさんがいる芸能事務所の新人で、二年契約で、坊っちゃん劇場のミュージカルに出演するらしい。

 坊っちゃん劇場は、「奇跡の劇場」と呼ばれている。

 東京でも難しい通年舞台をこんな四国の片隅で20年以上、実現しているのだ。

 しかも、オリジナル作品が多い。

 クリエイター陣は実績のある著名人で、役者は劇団四季や宝塚出身であったり、とにかくクオリティが高い。

 自治体や地元の有力企業の数々が後援し、愛媛県内の老人会や小中高生の社会科見学に観劇が組み込まれたり、観光バスツアーのスケジュールに入ったりしている。

 芸術文化に慣れ親しんでいる人間が観ても感心するのに、舞台に縁の薄い四国の人間が見ると、驚いて拍手喝采を送る。

 しかし、スタンディングオベーションは年間公演数200回以上のうち数回あるか無いか。

 スタンディングオベーションを10分以上したいぐらい感動しているが、未経験で勇気がない、もしくは知らないのである。

 そして、芸術文化エンタメ界隈の関係者からは「奇跡の劇場」と注目されていても、実際、地元民でも大半が坊っちゃん劇場すら観劇経験が無く、まだまだ浸透しているとは言い切れない。

 僕が、町長になったら、坊っちゃん劇場をもっと盛り上げたいと思う。

 と、梶山幸さんの出現で尚、決意することになった。


 梶山さんの声は、訓練されているのか、声が教室の後ろにまで軽やかに届く。

 重要な脇役の女子高生役を二人で演じるらしく、現役女子高生の梶山さんは学校があるためか、土日の出演らしい。

 ミュージカルに、学校に、バイトとは大変だ。

 「ぜひ東京や関西の有名大学を受験してほしい」と西川先生から懇願されるほどレベチ学力の僕ほどではないにしろ、梶山さんは、噂によると地元で通っていた高校は偏差値60はあるらしい。

 それであれば松山市の進学校へ編入できたであろうに、劇場から近い浜温高校にしたのだから、本格的にミュージカル俳優になる道を選んだのだろう。

 むろん、僕も、東京や関西の有名大学へは行かず、おじいちゃんの出身校である愛媛大学を希望している。


 「梶山さん、お疲れ様です。じゃ、カウンター席で」

 富久先生は、そう応えると、とぼとぼと歩き出した。

 お店の方々と対面するカウンター席だと、コミュ障の富久先生は選ばないだろう。

 ケイのカウンター席は、奥のマンガがいっぱいある本棚のエリアにあり、壁に向かうタイプのカウンター席で、中年の男性が一人で座っていることも多い。 

 一人で外食なんてできなさそうな富久先生が、ケイに通うようになったのだから、朝井リョウ氏の言う推し活による「推進力」の一例だと思う。


 どうやら富久先生はチキンカツを食べ終わり、マンガを読んでいるようであった。

 よく耳を澄ませると、ページを捲る音がしている。

「富久先生、どうぞごゆっくりいただければと思うのですが、お下げしてもよろしいでしょうか」

 梶山さんが、モデルさんのような足音で近づいてきて、爽やかに声をかけている。

「あ、はい。お願いします」

 堂々とした梶山さんの声色と違い、富久先生は声からも挙動不審さが伝わる。

「あ、あの、梶山さん! 」

 富久先生が、梶山さんを呼び止めている。怖い。何を言い出すのだろう。

 金欠で青山薫さんの推し活が今までのように活発に行えないからと言って、身近な梶山さんに乗り換えたのだろうか。

 このチー牛、高校教師の自覚はあるのだろうか。

「ミュージカルで忙しいとは思うけど、部活動って何か入る予定はありますか? 」

 想定外の質問だった。

 「え? 部活ですか」

 梶山さんにとっても想定外の質問だったようだ。

「えと、そうですねえ。せっかくなので、思い出づくりに、入りたいとは思うんですが」

 珍しく梶山さんが言葉に詰まっているではないか。

 ミュージカルは出演するだけじゃなくて、稽古もあるんだぞ。

 「ですよね。もしよかったら、防災部なんてどうでしょうか? 」

 はあああああああああ!?

 だから無敵の人は怖い。

 もみじまんじゅう怖い。

 距離感とか、防災部の新設状況とか、いろいろバグってる。

 「防災部?いいですね!」

 えええええええええ!? 

 梶山さんまで何言ってるんだ。

 「私、なんかピンと来ました!」

 ドギマギし過ぎて、僕がコルセットではなくカニだったら泡吹いて倒れてた。

 「ぜひぜひ! まだ同好会なのですが、代表は、杣本玲くんです」

 意識が遠のいているようで先生の声が遠くなる。

 目の前が真っ暗になった。

 いや、元から真っ暗だった。




 


 

 


 



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