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ハラグロ優等生と、ポンコツ猫教師 ~これは浜温高校防災部の青春物語である〜  作者: 数多津コイツか


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第2話 まちぶせ②

 松山駅のロータリーを出て、県道19号に出る交差点で、杣本くんのおばあちゃんは右折した。

 僕らの浜温町に帰るには左折するのが通常ルートだ。

「ねぇ、あなたたち。お昼ご飯食べた? 」

 姿勢良く運転をしながら、おばあちゃんが訊いてくる。

「え? まだだよ。家に何か食べるものないの? 」

 やはり、いつもより幾分も甘ったるい声で、杣本くんが返答する。

「せっかく街へ来たんだから食べて帰りましょ。あと、申し訳ないんだけど、萬翠荘(バンスイソウ)のバラ展を見て帰りたいの」

 浜温町民は、松山市中心部を「街」と呼ぶ。

「バラ展! いいね。行こう行こう。先生、時間、大丈夫ですか? 」

 おばあちゃんを向いていた杣本くんが、僕の方を向く。

 いつも目がキラキラしている子だと思っていたが、本当に目の中に光りがある。

「あ、特に予定はないので。大丈夫です」

 僕はボソボソと返答をした。


 おばあちゃんはデパートの地下駐車場に停め、大街道商店街にある洋食屋さんに連れて行ってくれた。

 日曜日だがランチタイムを過ぎているため、店内の混雑は落ち着いている。

 おばあちゃんは同世代ぐらいの店主の女性と親しげに挨拶を交わしている。

 若い学生さんらしいホールスタッフの女性がテーブル席へと案内してくれた。

 老舗のカジュアルな洋食屋さんでボリューミーだがリーズナブル。

 料理の写真やメニューの文字が色鉛筆の手書きのポップやメニュー表で可愛らしい。

 地元の大学生の出身である僕は、このお店をデートで使う同級生が多かったが、僕は初めてである。

 そう、彼女いない歴と年齢が同じ僕は、デートなんて無縁の人生だったからだ。

 おばあちゃんと杣本くんは慣れた様子でメニューを指差している。

 ホールの女性が水とおしぼりを持って来た頃には、二人はテキパキと注文する。

「富久先生は? 」

と、同時に二人に訊かれ、メニューを閉じた僕は、

「杣本くんと同じで」

と苦笑した。


 アボカドとトマトのサラダ、コーンクリームスープ、カニクリームコロッケ、ミートソースドリアのセットが出てきた。

 うちは料理好きではない母親のため、家では出てこないメニューだ。

 スーパーのお惣菜やコンビニや冷凍食品では、たまに洋食系を買う。

 それらも十分にクオリティがあるけれど、やはりお店は違うな。感動した。

 たっぷりとカリカリとろとろの熱々チーズの匂いや手作りのホワイトソースで満たされる舌の上。

 出来立てで分量もたくさんあり、胃袋や心がとても満たされた。

 最後に、プリンとコーヒーが出てきた。

 プリンは固めで、流行りの昭和レトロ喫茶店風だ。

 おばあちゃんは、

「アタシの世代からすると、母と作ったような固いプリンは、もちろん子ども時代を思い出して懐かしいんだけどね。柔らかい滑らかなプリンも懐かしいのよ」

と言う。

「え? そうなの? 」

 意外だ、と言った声色で杣本くんが返答する。

「30代の頃、パステルのなめらかプリンが大流行してね。海外や全国を出張して回ってたアタシが、当時は羽田空港で売ってて、お父さんの役場の皆さんへ差し入れしていたのよ」

「へぇー」

 杣本くんの目がいっそう輝く。

 主婦の女性が言う「お父さん」は誰を指すのか分からず困る。

 少なくとも3人いるからだ。

 「実の父親」「伴侶の義理の父親」「旦那」の3人だ。

 なぜ、子どもを産んだ主婦は、旦那のことを「お父さん」と呼ぶのだろう。

 その旦那も、奥さんを「お母さん」と呼ぶ。

 うちの母親も、父のことを今でも「お父さん」と言うので、おじいちゃんのことか、お父さんのおじいちゃんのことか、父のことか、前後の話の流れで判断しなくてはならない。

 杣本くんのおばあちゃんの「お父さん」は、きっと弓立(ユミダテ)町長のことだろう。

 杣本くんのおじいちゃんは浜温町の元町長だった。

 三期ぐらい町長をされていたので、物心ついた時から、僕にとって「町長」と言えば、杣本くんのおじいちゃんのイメージが強い。


確か、数ヶ月前、弓立町長はガンで亡くなられた。


「玲は、お父さんの話になると、食いついてくるわね」

 杣本くんのおばあちゃんが嬉しそうに微笑む。

「だってぇ。おじいちゃん大好きだもん。おじいちゃん、なめらかプリン大好物だったの? 」

 学校での、学級委員長で生徒会役員然とした雰囲気の杣本くんと違い、やはり今日は非常に幼く感じる。


「役場の女性たちがパステルのなめらかプリンを差し入れすると大喜びだったからね。アタシが買って行くとお父さんも喜んでいたわよ。ま、お父さんはアタシが作る固めのプリンが一番好きだったと思うけど」

と高笑いをする杣本くんのおばあちゃん。

 こんな高慢ちきなのに憎めない。

 本当に強い。

 自分のこと大好きなんだろうな。羨ましい。

 杣本くんは

「今度なめらかプリンも食べてみたいなー」

玲くんがテーブルに両肘を付き、顎を乗せた。

 と思ったら、テーブルから両肘を外し、上体をねじる。

「そうそう、今回のお土産ね、おじいちゃんの好きだった中田屋のきんつばだからね」

と言いながら、杣本くんが黒地に紫の龍が描かれている紙袋を持ち上げる。

 杣本くん、なんで謎の紙袋を持ち歩いているのかと思ったら、5月の地下駐車場とは言え、車内は高温になるので、持って来たのか。なるほど。

「お父さんが喜ぶわ。お仏壇にお供えしましょうね」

 愛でるように孫を見るおばあちゃん。

「さ、じゃ、そろそろ萬翠荘行きますか」

 お会計のプレートを持って、杣本くんのおばあちゃんが立ち上がる。

「アタシが無理に誘ったんだから、ここはアタシが払うわね」

と、颯爽とレジに向かう。

「え?そういうわけには」

 杣本くんのおばあちゃんは年齢の割に動きが速い。

 慌てて僕は腰を浮かせた。

 すると、杣本くんが僕の行手を掌で制止する。

「レジ前のおばさんコント始める気ですか? 」

 先ほどの甘えた声と違い、急にドスの効いた意地悪な声で囁く。

「え? レジ前のおばさんコントってなんですか? 」

 きょとんとする僕に、杣本くんがため息を吐く。

「喫茶店のレジ前で、ここは私が払うわ、いえいえ私が払いますって、会計待ってる人がいるのに、高齢おばさん達がやってるあれですよ」

 僕は、レジ前のおばさんコントが脳内でイメージできた。

「はぁ。あれですか」

と間抜けな声で呟く。

「マリカさんは、無計画借金まみれの先生と違って、お金持ちなんですから。ここは奢ってもらってください」

 杣本くんは、地を這うような低い声で、周りには聞こえない大きさで僕の耳元でささやく。

「ん? 」

(どうしてそれを?)僕は驚きを隠せない目で、杣本くんを見る。

 杣本くんは、ふてぶてしい微笑みを浮かべ

「早く借金返しましょうね。僕が町長になった暁には、割り勘で飲みに行きましょうね……」

 杣本くんは、またもや地底から響くような声でささやき、ゆっくりと出口へ向かって行く。

 僕は、杣本くんに何も聞けなかった。


 僕は生粋の愛媛県民のくせに、初萬翠荘であった。

 玄関までの道のりが、曲がりくねり、想定外に長くて驚いた。

 庭の花木は手入れが行き届いているが名前が分からない。

 おばあちゃんと杣本くんは数メートル先を歩いていて、杣本くんは、おばあちゃんに花の名前を訊いたり、分からないものはスマホで撮ってGoogleに訊いている。

 萬翠荘は、大正11年(1922年)に建てられた洋館で、旧松山藩主の子孫である久松定謨(ヒサマツサダコト)伯爵が建てた別邸だそうだ。

 国指定重要文化財である。

 本物の大正浪漫を肌で感じられる。

 萬翠荘のバラ展は、全く興味がなかったが、退屈ではなかった。

 生のバラの香りのなんと高貴ですばらしいことか。

 本格的なフランスのルネサンス風のシャンデリアやカーテンや窓や壁紙が、バラとよく似合う。

 真紅の赤、ピンク、黄色、オレンジ、白、紫っぽい青いバラなど、色とりどり1000点ものバラが展示されていた。

 県知事賞は、「王妃アントワネット」と言うバラだった。

 僕は濃いピンクは苦手なのに、可憐な佇まいの気品あるバラで、ドレスのフリルような層と少しそっぽを向いている感じに心を奪われ、嫌悪感は無かった。

 想像していた通り、杣本くんのおばあちゃんのようなマダムばかりだった。

 マダムのムッシュや若いカップルもいたが、意外にも、若い男性が一人で来ているのを何人か見かけた。

 最近は、若い男性の花屋の店主も珍しくはない。

 彼らの雰囲気から、大学時代に、市内電車にいた編み物男子高校生を思い出した。

車酔いする僕が「電車で編み物」に感心しただけではない。

自意識過剰になりがちな思春期に、人の目を気にせず、堂々と好きなことをやる姿がかっこいいと思えた。


 建物の外では、バラの鉢植えの販売をしており、おばあちゃんがオレンジ色のを買っていた。

 バラを育てるのは難しいらしい。

 母が昔、しまなみ海道の大島よしうみ公園で、バラの鉢植えを買って帰ったが、枯らしてしまった。

 杣本くんのおばあちゃんのポーチは、ミニバラ園と化していて、すごいと思った。

 あ、でも、あれは夢の中か。


 僕は漢気を見せて、おばあちゃんから鉢植えを預かり、萬翠荘の隣りにある坂の上の雲ミュージアムへ向かった。

 坂の上の雲ミュージアム内は、三角形のスロープを回るように上がって行く。

 バラの鉢植えを左右に持ち替え持ち替える。

 レジ袋が前腕部に食い込む。

 おばあちゃんに、お昼ご飯だけでなく、バラ展、萬翠荘、坂の上の雲ミュージアムの入場料まで払ってもらった。

 身体で払うしかない。

 汗を拭い、気合いを入れ直した。


 それにしても安藤忠雄氏のモダンな建築で内外ともに打ちっぱなしの壁でカッコいい。

 高校時代の社会科見学以来の来訪だったが、子ども向けの絵本図書エリア「こども森の本 松山」ができていて、素敵だった。

予約入れ替え制で、当日枠も埋まっており、今日は諦めた。

見学後、お土産コーナーを見て回る。

司馬遼太郎氏の『坂の上の雲』の書籍の前で、おばあちゃんと杣本くんが、秋山好古派か、真之派かで、論争し始めた。

 おばあちゃんは面食いそうだから、真之派かと思ったが、好古派のようだ。

 僕はどちらもそれぞ好きだが、おばあちゃんの新たな一面を垣間見て、さらに好感が増す。

 挙句、おばあちゃんが、「秋山好古のお墓参りに行きたい」と言い出し、額に脂汗が流れる。

 歴史好きの僕だって秋山家のお墓参りはしたいが、今日はもう限界だ。

 結局、夕方目前のため、「次の機会に」と言う話になり安堵する。


カフェコーナーで、おばあちゃんが、青空ソーダを奢ってくれた。

 底はコバルトブルー色、中間はサックスブルー色からベビーブルー色、そして透明な水面と、鮮やかな青のグラデーション。

 窓ガラス向きのカウンターに三人で腰をかける。

 一面のガラス張りで、眼前には先ほど居た萬翠荘が見える。

5月の空の水色と花木の緑が眩しい。

「館長は、東京のテレビ局でプロデューサーをされていたのよ。奥様はアナウンサーなの」

「へぇ!」

と、おばあちゃんと杣本くんがきゃっきゃと会話をしている。

 冷たい痺れが口内から喉奥へと流れ込み、僕は、ひと息ついた。


 帰りの車内で、杣本くんが、僕が忘れかけていた防災部の話をし始めた。

「防災部を設立したいのだけど、顧問、部員、実績がいるんです。学校に承認されるまでは同好会ですね。部費がないから、お金持ってそうな三宅教頭に顧問になってほしいけど、富久先生以外は、全員、部活動をされているんです」

 あの洋食屋さんで、杣本くんの悪魔ボイスを聞いたので、トゲを感じる。

「うん。確かに」

 とりあえず相槌を打つ。

「おじいちゃんは、森林保護活動に積極的だったから、僕も野良仕事中心の登山部設立を考えたんだけど、2024年のお正月に能登半島地震を経験したんですよ」

 僕はハッとして尋ねる。

「大変だったね。家は大丈夫だったの? 」

「はい。金沢は震度5強でしたので。我が家は食器が割れたぐらいです」

 淡々と語る杣本くん。

「いやいや震度5強は大きいよ。怖かったでしょ」

 杣本くんはコクリと頷きつつ

「でも志賀町や輪島市あたりはもっと揺れて、被害もとても大きかったので」

 杣本くんは、前を向いて神妙な面持ちで語り出す。

「年に数回、日曜日に、家族で、輪島の朝市に行ってて。ごはんに乗せる青のりが最高に美味しくて。古い町並みが地震や火事で奪われて。あのおばあちゃん達どうしてるんだろうと思うと辛くて」

 杣本くんが僕の方を向く。

 大きな黒目の淵に涙が滲み出ている。

「もし、南海トラフ地震が起きても、浜温町全員で生き延びたいんです! ……いや、世界中全員が災害で亡くなってほしくない。だからまずは一人一人の備えや周りとの協力が大切だと思います 」

 子犬のような瞳から、鋭く貫くような強い上目遣いが刺して来る。

「分かりました。部活の顧問からは逃げてたんですけど、僕で良かったら、やらせてください! 」

 杣本くんを見つめ、力強く返答する僕に、僕自身がビックリした。

 前を向くと、バックミラーのおばあちゃんの頬骨が柔らかく膨らみ、上品に口角を上げていた。

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