授業中は、眠気と誘惑と戦いながら
僕を含め、20そこらの男女が混じって呆然と、スクリーンの前で何かを喋っている初老の男性を眺める。たまに何かメモを取っている生徒もいるけれど、この講義ではそれは最早少数派だ。
こそこそ何かを喋っている生徒や、スマホを見ている生徒はまだマシな方で、大半は知り合いに代返を頼んで来てすらいない。
まあ、自由と自主性を何よりも愛する僕達大学生からしたら、楽で内容も面白くない授業が、そういった扱いになってしまうのも仕方ないかもしれない。
所謂『楽単』と呼ばれるこの講義で、大学生という生き物の正体を知り落胆する一回生も少なくない、なんて。そんな駄洒落を考えるくらいには、僕も話を聞く気はない。
1番後ろの右端の席で、ぼそぼそと何やら授業に関係があるらしい事を話している教授を眺めては、彼がヨシキと一緒に喫煙所に行ってから、40分以上戻って来ないことにヤキモキしていた。別に嫉妬とかではなくて、サボりに対しての苛立ちから。
「彼氏君、帰ってくるの遅くない?」
一応声を潜めて隣に座っている彼女は言う。
「その言い方辞めろ。僕とあいつはそんなんじゃないから。」
こうして僕と彼の関係を否定する度、心の何かが減っているような、そんな気がする。相手に悪意がないのは分かっているけれど、それでもやはり、自分の本心を嘘で塗り固めるのは、いい気持ちがしない。
「えー本当?怪しいなあ。」
そんな気持ちを知らずに彼女はニヤニヤと笑みを浮かべる。あくまで何でもない鬱陶しいだけの冗談に面倒くさがっている、という素振りでため息を吐き、潜めた声で耳打ちした。
「あまりしつこいと、君が腐女子なの、学校中にバラすからね。」
「……ほんま、すまんかった。勘弁してくれんか。」
武士のような口調で、武士のように頭を下げたのを見て、僕はまたため息を吐く。全く、調子がいいな。
別に、彼女は悪い人じゃないし、普段は普通に仲がいい。けれど、彼女の隠し事、つまり『彼女が腐女子だ』という事を知っている僕には、たまにデリカシーのない弄り方してくるのが玉に瑕だ。
「別に、本当に言うつもりは無いよ。でも、別に隠す必要も無いと思うけどね、僕は。」
彼女が腐女子だと知ったのは、以前飼っている猫を自慢された時、間違ってスクロールした時に、アニメの男同士が絡み合っている画像を見せられた事がきっかけだ。
所謂ゲイである僕からしてみれば、自身の悩んでいる関係性をコンテンツとして消化されるのはあまりいい気はしないけれど、だからといってそれを否定する気にもなれない。
それに、考えようによっては僕らのような存在に比較的肯定的なのだから、少なくとも敵ではない。考えようによっては。
まあ、そんな訳で僕は彼女の秘密を知っていて、彼にも言っていない。反対に、彼女も僕達の秘密を知らないけど。
「いやいや、オタバレは死活問題でしょ、特にウチみたいなキラキラ女子からしたら。もしバレたらスクールカーストは転落して、皆から石投げられちゃうよ。」
心底焦った表情で彼女が言う。
今はそんな時代ではないし、というよりそんな時代は無かったし、そもそも転落出来るほど広い人間関係を形成していないくせに。
「はいはい。そうですか。」
と言うのは口に出さずに流す事にした。
「あ、今面倒臭いと思ったでしょ?」
「うん。てかうるさい。一応授業中だから。」
頬を膨らませて睨み付けてくるが、それを無視をして授業を聞いている振りを続ける。正直2人が取るから取っているだけの講義だから、元から興味はないけれど、それでも、一応話している人が居るだけに、聞いている振りくらいはしておいた方がいい。
真後ろの扉が開く音に気が付いて振り向くと、少しだけ開けた扉から、身を滑らすように、コソコソと教室に彼が戻ってきた。
「あれ、戻ってきたんだ?」
意外そうに口にした彼女の言葉に内心同意する。帰ってくる事を期待しながら、内心『どうせ戻って来ないんだろうな』と思っていた。
「ああ、こう見えて真面目だからな。」
「どこがだよ。あと10分位で授業終わるよ。」
「でも、授業内に戻ってきただろ。ヨシキと話に花を咲かせていたのにも関わらず、だ。」
「で、当のヨシキはどうしたの?」
「『バイトだから帰る』って。俺は戻ってきた。」
「そう言われると、確かに『戻ってきて偉いな』って思っちゃうから不思議かも。」
「相対評価で見るから惑わされてるよ。絶対評価で評価しないと。」
その時、チャイムが鳴った。先程まで喋っていた教授は、チャイムの音に邪魔されたと言わんばかりにスピーカーを睨む。
「えー、今日の講義はここまでになります。お疲れ様でした。」
そこだけはっきり聞こえる教授の声を聞くか聞かないかのタイミングで生徒達は立ち上がり、一応僕は最後まで聞いてからリュックをまとめた。
「2人共、今日これで終わりだよな?」
ほとんど授業に参加いないくせに既に立ち上がっている彼が、そう僕達に声をかける。
「うん、僕は帰るけど。」
「ウチもそうだよ。なんで?」
その問いかけに、彼はニヤリと笑う。
「ヨシキ曰く、この辺に美味しいラーメン屋が出来たらしい。つーことで、3人で行かね?」
「……さては、その為に戻ってきたな?」
「バレたか。」
悪戯をした子供のように笑う彼に思わず呆れる。
きっと、ヨシキとラーメン屋で話していた時、ラーメン屋の話で盛り上がったのだろう。それで『じゃあこの後行かね?』といつもの調子で誘うと『いや、俺バイトだし。』と断られたわけだ。
それで、僕に御鉢が回ってきた。誘う時、僕らに文句を言われないように、一応講義終了10分前に戻ってきた、というわけだろう。
「で、どうする?」
「いや行くけどさ……。」
「ウチも行くよ、暇だし。何系?」
「背脂系だな。」
その言葉に、彼女は露骨に顔をしかめた。
「ごめん、やっぱパス。そんなの食った事がバレたら、スクールカースト転落待ったなしだから。」
「いや、そんな上の位置にいないだろ。いいから行くぞ。」
僕が呑み込んだ言葉を平然と言って、嫌がる彼女の手を引いて教室を出た。それを、苦笑いしながら、僕は彼女の説得を試みた。
兎にも角にも、授業がある日の僕らはこんな感じ。
ちなみに、ラーメン屋は凄い並んでいて、彼が嫌がったせいで、結局僕らは近場のファミレスで昼食をとった。全く、勝手なんだから。




