休日は、古着屋で文句を言いながら
そういえば、最近暖かくなってきた。花粉の到来と共に、そんな事に気が付く。すると、春服が欲しくなる。というのが、『風が吹けば桶屋が儲かる』の語源だとという説がある、なんて事はないけれど。そもそも、桶が出てきていないし。
とにかく。そんな理由で、日曜日に僕は彼と買い物に来た。桶ではなく、衣服を。
「これよくね?」
そう言って、古着屋でおもちゃみたいな原色のジャケットを広げて見せる。正直僕にはよく分からないけれど、確かに彼が持つとおしゃれに見えるから不思議だ。
「確かに似合いそう。けど、似た服持ってなかったっけ?」
「そうなんだよなー。比べると全然違うけど、ジャンルで見たら同じくらいの服がもう既に2着あんだよ。」
「それ、派手な服着る人でもあるあるなんだね……。」
かくいう僕は、地味な服がすきなので、既に2着は持っている濃紺のYシャツを広げ、そっと棚に戻す。
今日来たお店は、家から少し離れた所にある、たまたま通り過ぎた古着屋で、そう広くない店内には所狭しと古着が並んでいて、店員は、カウンターに座り、僕らが店内に入った時、興味なさげにこちらを一瞥しただけだった。
彼と付き合ってから、こうして古着屋で服を買うようになった。最初は、前に来ていた人の皮脂であったりとか、汚れであるとかが付いているような気がして嫌だった。
けれど、慣れれば気にならないし、質のいい服が比較的安く手に入るのは、得をしたような気持ちになる。
「にしても、最近古着も値上がりしたよな。」
値札を見て、うわ、と小さく声を漏らした彼は、齢20の癖して、戦前を語るかのような語り口で、僕と正反対の意見を呟いた。
「前を知らないけれど、そうなんだ。」
これでも結構安い気はするけど。掛けてある服の生地を触りながら、値札を見る。1万円近い値段ではあるが、物にしては安い、気がする。正直服の事はそこまで詳しくないけれど。
「体感、前の2倍は値上がりしてるね。久しぶりに会った親戚の子供が、すげえ大きくなってるのに感覚としては近い。」
「じゃあいい事じゃん。」
「いや、ちっちゃい方が可愛いだろ。こまっしゃくれたガキなんかより。それで、俺は思うわけだ。『仕方ないけど、なんかムカつくな』と。」
「君が親戚のお兄ちゃんじゃなくて良かったよ。」
同時に、彼に弟がいなくて良かった、とも思った。多分、弟をいびる兄はこういうメンタルをしていそうだ。
「でも、今ってなんでも値上がりしてるし、しょうがないんじゃない?貧乏人には辛いだろうけれど。」
「誰が貧乏人だ。」
不愉快そうに僕を睨むけど、安いから、という理由だけで古着しか買わず、貯金は駄菓子が買えるくらいしかない人は貧乏人だと思う。
「昨日、パチンコで3万円溶かした人かな。」
「その前は1万円勝ってるし。」
「トータル負けじゃん。」
「いいんだよ、俺の懐事情は。んな事より、『古着・親戚の子供問題』について話し合うべきだ、俺達は。」
原色のジャケットを手に持ったまま、他の服を見て顔をしかめる。似た服を持っているんじゃなかったか、疑問に思いながらも、後をついていきながら、僕も僕で服を吟味する。が、黒と紺、白それぞれ単色の、既に持っているような服しか目に止まらない。
「親戚の子供はまた別の機会にしようよ、主訴がブレるから。それだけ古着買ってるなら、事情とか詳しくないの?貧乏人なりに。」
「貧乏人は余計だっつーの。やっぱりあれじゃねえの、古着ブームとか。一時期流行ってただろ。多少値上げしても需要があるんじゃねえの。あと昨今の円高とか。」
「昨今は円安じゃない?」
外貨を買うのに多くの円が必要になる、つまり円が安いので円安、だったはずだ。
「あれ、そうだっけ?あんまりピンと来ないんだよな、どっちが円安でどっちが円高か。親戚の子供が中学生になった時に気持ちとしては近い。」
「それは違くない?」
確かに、親戚の子供は気が付くと大きくなっているけれども。というか、最近の子供と何かあったのだろうか。邪推しながら彼を観察するが、何でもない様子で服を物色している。
「とにかく、昨今の世界情勢と、一過性のブームにより、古着は値上がりしてるわけよ。」
「なるほど、昨今の世界情勢のせいですか。」
「中々耳が痛い話してるじゃん、君達。」
急に後ろから聞こえた声に慌てて振り向くと、レジで興味なさげにしていた店員が、ニヤけた笑みを浮かべて僕の後ろに立っていた。
「わっ!!」
驚いてバランスを崩し、倒れそうになったのを何とか彼が支えてくれたおかげで、掛けてある古着に突っ込む事になるのは避けれた。
「いや、マジで古着高くないっすか?まけてくださいよ。」
一向に物怖じする様子はなく、平然と冗談めかしてねだる彼のこういう所は心の底から凄いな、と思う。道理で友達が多いわけだ。
「いやいや、これでもうちは良心的な方だよ。それに、古着ブームも下火だから、業界的にも一時期よりは値が下がったし。」
「じゃあ、やっぱ理由としては昨今の世界情勢すか?」
「ま、そうだね。どうしても古着は輸入が多くなるから、昨今の世界情勢による影響は受けやすいよねえ。」
「やっぱ昨今の世界情勢のせいなんすね。」
「昨今の世界情勢だねえ。」
大きなテーマを具体性なく話しているものだから、2人の会話は一向に深まらない。かと言って別に会話に混じる気もなかった僕は僕で、2人の会話に耳だけ傾けて、たまには挑戦してみようか、なんて考えながらペイズリー柄のシャツを手に取り、着た自分の姿を想像するが、好きになれなくて元の場所に戻す。
「ま、それなら世界情勢がまた変わった時に買いに来ます。お兄さん、これ。」
彼はそう言ってずっと持っていた派手なジャケットを店員さんに渡すと、受け取ってすぐに一瞬顔を引き攣らせ、「今度来た時は安くするよ。」といびつな笑みを浮かべた。頭の中に疑問だらけの僕をよそに、彼はどこか上機嫌で店内を後にするので、慌ててその後をついていった。
「店員さん、最後変な顔してなかった?」
店内を出てすぐ、店の方を振り向きながら彼にそう話しかける。
「ああ、あれ?値付けミスってたからな。あの服10万位するけど、2万しない値段付けてたし。」
歩きながらなんてことのない顔で彼がそう言うと、僕はまた店に目を向けた。
「あの服そんなするの?」
「高えんだよ、古着は。昨今の世界情勢のせいで。」
歯を食いしばり、世界情勢に憂うその姿はまるで活動家のようでもあるが、大した思想もない上に、多分明日になればその怒りもコロッと忘れているだろう。
それにしても。ずっとあの服を持っていたのは、誰かが目を付けて持って行かないようにする為と、店員さんに渡す為だったのか。
「いいの?2万くらいで買えたのに。売ったりしても儲かったんじゃない?」
「いいんだよ。人のミスとか弱みに付け込むのは趣味じゃない。それに、いい事した後は気持ちいいだろ。」
「え、かっこよ。手繋いでもいい?」
心なしか、後光が差しているようにも見える。僕の言葉に顔をしかめながら
「絶対嫌だ。外ではそういう事冗談でも言うなよ。」
「はいはい。分かってますよ。」
少し拗ねながら、今は周りに誰もいないからいいじゃないかなんで思う。もし手を繋いでいても、仲のいい友達同士に見えるかもしれないし。
「あと、2万円持ってなかったからな。パチンコで負けたせいで。あと、昨今の世界情勢のせいで。」
「……やっぱり、かっこ悪い。」
どうせ、円高だろうが彼はパチンコで金を溶かし続けるのだろうな、と嫌な信頼がある。勝手に射幸心を煽られただけの癖に、責任だけ押し付けられる世界情勢に同情すら覚える。
兎にも角にも、僕と彼の休日は大体こんな感じ。




