第六十話=一段落
剣を向けた、のはいいけれど……
「戦うといっても、今じゃないからね、ゆうしゃ君。」
そちらは完全に戦う意欲はないみたいだ。
「じゃあ、どういうつもりで……」
「私に逆らっても、お前じゃあ……無理でしょう。」
「なんだと……!」
実際勝てない相手なのはわかる。でも、こうもあっさりと見下されては……こんなになめられているのは、さすがに頭にくる。
「まぁ、時間稼ぎももう大丈夫だし、そろそろ帰るか。」
「帰る……?アリアをこんな有様にして、帰れると思ってーー!」
彼に横目で睨まれた。体が、一瞬で動けなくなった。
「むしろどうして帰れないと思うの?」
「……!!」
口を開け!ちゃんと怒鳴ってやれ!
いくらそう思っていても、私の体はもはや私のものではなく、完全に動かせることができなくなった。
体勢を維持するのが精いっぱいだった。
「まぁ、これだけわからせればいいか。じゃあ、帰るか。」
「――!待ってください、神様!」
ここで、やっと姫様と師匠を拘束していた透明の壁が消えたみたいだ。
「貴様!生きて帰れる……!」
一瞬で突進した姫様、だが同じく一瞬にして、アレが姿を消して姫様の後ろに移動した。
「まぁ、どうせ当たらないだろうし転移しなくてもいいけど……」
やれやれと、手を広げながら首も横に振りながら、歩き始めた。
徐々に姿が消えている、段々と透明になっていく。
「貴様……!!」
アレの位置を確定した姫様は、再び突進をかました。が、ついたときにはすでにアレの姿が無くなった。
「クソ、クソが!くそがああああ!!!」
ドン!ドン!ドン!と、床に向けて全力で悔しがっている。
「ひ、姫様、落ち着いてください!アレはおそらく……もうこの辺りに居ないかと。」
「クソが!」
ドン!!最後に一発、全力で床に穴を開いた。
「チェレス姉さん!」
やっと意識が戻ったラルフが、急いでチェレスさんの隣に走ってきた。もちろん、意識が戻て来られたのは、姫様のおかげだった。姫様が一発ぶん殴ったおかげだった。
「はぁ、やっと、アレが行ったか……」
「大丈夫です、ボクが、必ず、助けてさしあげますから!」
「あぁ、心配するな。」
ゴホッゴホッと、喉に詰まった血を吐いて、そして手を見つめる。
「アタイは、助かったとしてもいつかアレの操り人形になってしまってもおかしくない。」
「いいえ、そんなことはありません!大丈夫です、あの方の力なんて、このボクが全部消し去ってあげます!」
「無理だ、ラルフ。」
「そうおっしゃらずに、試させてください!」
「無理に決まっているんだ!」
ドンと、床を叩いても大して力が出ずに、悔しがるチェレスさん。
「ほら、これを見ろ。」
手のひらを上に向かせて、力の紋章を表せた。しかし、その紋章は……
「そ、そんな……!」
所々が別の色になっていて、一目でわかるほどに変異が起きている。それはおそらく、アレに侵されてしまった証拠でしょう。
力と力が混ざり合っているその紋章が示すのは、チェレスさんの体はすでにほかの存在にも操られるようになったことでしょう。
「これを、治せると思うのか?」
「……やってみないと、わかりません……」
「まぁ、無理だろう。大丈夫だ、アタイはただで死なん。」
「そんな、まだ亡くなってしまうだなんて誰も……!」
「いいや、わかりきったことだ。」
シャーキン、剣を抜く音がした。
「姉さん、何を……?」
剣を抜いたのは、チェレスさんだった。
「ははっ、またアタイのことを姉さんって呼んでくれるのは、うれしいよ。」
手を挙げた。しかし、姫様に下げられた。
「やめて、姉さん!」
「確かにラルフならば、この程度の傷なんてすぐに癒えるだろう。」
下げられた手を、再び上げた。しかし、今回は止める人が、現れなかった。
「だが、この力を、この絶対なる力を排除しないと、永遠にその脅威に脅かされる。」
「だ、だからって、そんな!」
剣を、刃を、自分の心臓に向けた。
「アリアのためだ。これからは、頼んだぞ……」
「「やめてくれ、姉さん!!」」
二人分の声が、辺りを響き渡った。その声の後に耳に届いてきたのは、血が噴出する音だった。
(つづく)




