第四十二話=ゆうしゃは勇者にならず
「すまない、遅れてしまいました!」
周りから声がする。この声は……ククレスさん、でしょうか。
「クソっ!ゆうしゃのやつは何をやっていたんだ!」
次に響いてくるのはチェレスさんの声。
(ん?)
私は、もしかしてまだ……死んでいないのか?しかし、体に力が入らない……力を入れようとしても動くことはない。動かせない。
「ゆうしゃお兄さん!起きて、起きてください!」
そして届いてくるのはラルフの声だった。起きて起きてって言われても起きれないんだよ!
力いっぱいに、目を開けようとした。しかしそれでも開くことはなかった。
「ゆうしゃ、お兄さん!」
体をゆさゆさと揺らす。早く、起きないと……!起きていかないと!
「ううう……うがああああああ!!」
遠いところから姫様叫び声が聞こえる。今もまだ姫様は暴れている。それを止めるべきなのは私で、チェレスさんとククレスさんには無関係である。それなのに、それなのに!私は!私はあああ!!
「――!!ま、まだ、生きている!?」
胸に耳を当てて、心臓の鼓動を聞いたのか、彼はそう確信している。私がまだ生きているって確信をしている。だが、さすがに今の状態では光の力を注入しても治らないと思う……それでも、試してみるのだろうか。
「帰って、来て!」
(……やはり試すのか。)
彼はものすごい勢いで私の体に力を注入している。彼の思いが届いている。伝わっている。私に生きていてほしいと願っていることも、私に姫様を止めてほしいと祈っていることも、全部全部、伝わってきている。
彼の尽力に応じたい、今すぐにでも手を動かしたい。たとえ指一本でさえもいいから、動いてほしい。動かしたい。というよりも、動かさないといけない。今すぐ、姫様を止めに行きたい!
「はぁ……はぁ……」
少ししかまだ経っていないのに、彼はすでに息切れしそうになった。さすがに今日は力を使いすぎたのだろうか。
「お願い、お願いだから……!!お願いします、神様!」
神に願っている?魔族なのに、神に祈りを捧ぐのか……本当に、おかしい。おかしいくらいにやさしい。彼に応じるべきだ、今すぐに、今すぐに!
「――!」
風を切る音がした。後ろで何かが来た。何かが襲い掛かってきた!早く、起きないと、起きてラルフを守らないと!早く、頼むから、早く動かせろ!
「チェレス、姉さん……!?」
カーーン!と、重くて、鈍い音がした。そしてラルフの話からするとチェレスさんが私の代わりにラルフを守ったんだろう。
「アタイの弟に、手を、出すな!」
「ぐるるる……!」
獣の唸り声……姫様、姫様を……止める、止めないと!!
「うるぁあ!!」
「ぐっ!!ああああ!!」
響き渡るのは、一番聞きたくない声、チェレスさんの悲鳴だった。
「姉さん!!!」
ずさっと、一歩近ついてきた。そしてどさっと、一歩下がった。
ずさっと、さらに一歩。どさっと、こちらもさらに一歩。
次に現れた音は、ドスン!だった。おそらくラルフが倒れたんだろう。
「い、いやだ……お願い、お願い、お姉さん!」
パサ!響いたのは、布と布の擦り合う音。今はどうなっているんだ?姫様は何をしたのか?それともラルフが……?
「目を覚まして、お姉さん!プリスお姉ちゃん!」
「はぁ……」
そして吐息をする音。姫様が、息を吐いた。
「――!?」
なにが、どうなっている?今何が起きている?一体何が起きているんだ!?声も聞こえないし、音もない、目にも見えない!
だけど、本能が囁いている……今すぐに起きろと、今すぐにラルフを救えと。
「らる、ふ……!」
「ゆ、ゆうしゃ、お兄さん!?」
剣を使って、何とかして立った。やっと体を動かせた。そして、やっと目の前に起きていることを、知ることができた。姫様が、ラルフの頭をなでている……!?
「ぐるううう……!!」
しかし、なでながらこちらをにらみつける。一体、何がどうなっているんだ!?
「うるぁあああ!!」
「くっ!!」
反射で剣で防いだけど、さすがに傷だらけの体だけあって、あんまり動くことができない。そして動くと激痛が伝わってくる。
(さっきのあれは、一体……)
今思い返すと、夢を見ていた。夢の中でユウシャさんと話していた。ユウシャさんが私に……ガラス玉をくれた。それの意味は何かはわからない、けれど……!
「おら!」
「――!!」
横から、チェレスさんが飛び出した。剣で姫様の頭を狙ってはいたけど、実際に当たってはいたけど、貫くことはできなかった。よかったと思った同時に、これでも攻撃が通らないのかとも驚いた。
「ゆうしゃ!!生きとったんかいわれぇ!」
「はい!何とか、何とか生きております!」
「ならよかったよ!さぁ……ここからだ!」
ずーーーーと、姫様の後ろから人影が見えた。こちらへすごい速さで迫ってきている。ククレスさんだ。
「ともに、戦いましょう!」
「は、はい!喜んで!」
「いい返事だ!」
こちらに居るのは、次期魔王チェレス=ティーア。そして、その魔将軍ククレスさん。最後に……私。力は抜けていったはずだが、なぜか、心の奥から強い、凄まじい力が湧いてきている。それは、さきほどの私の本来の力よりも強く、はるかに上回る力。今なら、今の私達なら!
(つづく)
目を覚ますゆうしゃ、しかし本来なら力が抜けて、無力である民間人に戻ったはずだが......?




