第三十六話=破滅の象徴
目の前に現れたもの、これは、果たして姫様と呼べるのでしょうか。そこら中についている真っ赤な染料、あれももしかして……返り血なのでは?
「ぐるるぅ……」
口から発するのは、獣のような鳴き声だった。後ろにいるラルフは、いつの間にか消えた。現場に残されたのは、私、そして亡くなってしまった魔族の男の子。今ならまだ間に合うとか夢は見ない。見れない。彼の頭はすでに姫様?に踏み潰されて、ぐちゃぐちゃになってしまった。彼はもう、絶対に助けることは出来なくなった。
「ひ、ひっ!」
姫様、ですか?と言おうとしたけど、私も声らしい声が出せなくなった。姫様は狂気に惑わされて声を発せない、そして私は……本当に、情けない!
「……」
上から視線が降り注ぐ。目の前に居る獣に睨み付けられている。そして私は……さっきまでイキイキしていた勇者だったはずなのに、今となってはただの蛇に睨まれて動けなくなった蛙でしか、なくなった。
その目からは妖しい赤色の光が漂っている。何者かに取り憑かれているに違いない。
「ひ、ひめさっ。」
必死に姫様ですか?と聞こうとした。だがやはり、私は蛙でした。体中は力が巡り巡っているものの、発揮できていない。そもそも、私の精神が弱すぎた。
ガサッ。後ろから、足音がした。
(もしかして、ラルフ?)と思い、後ろへ首を振り返った。
「ばっ、ばけも、の……!」
そこに居るのは、カルカッサ軍でした。体のどこにも傷はなく、そして何人もの市民を切りつけたでしょう。手に持っている矛が、赤く染められている。
もしかして、私を狙っている?
後ろにはさらにカルカッサ軍が何人か居る。私を狙ってここまで来たとは思えないほどの大人数だった。
「ぐるるるぅ……」
喉を鳴らし、私ではなく、後ろに居るカルカッサ軍に目を向けた。
「――!!」
そして、次の瞬間に、視界が真っ赤に染め上げられてしまった。
斬りつけられたのは、カルカッサ軍でした。
一瞬でした。本当に、ほんの一瞬でした。目の前に居たカルカッサ軍が消え去ってしまうのが、わずかな一瞬でした。
「はぁぁぁ……」
口の先から白い煙を立て、彼女は誇る様に私を見下した。そして、彼女の足元にはさっきまで立っていたはずの兵士が居る。それらからは生を感じることが出来ない。もうすでに、死んでしまった。
「あ、っ、ぁっ……」
声が出せない。恐怖で声が出せなくなっている。気づいたら目の周りが湿っていた。声が出せなくなっているだけでなく、涙もこぼれていた?
「……」
最後に、私に一瞥して去ってしまった。
「……ほっ。」
心の底から、解放感を感じた。悔しい気持ちはあれど、それよりも解放感が上回った。大きく上回った。
私は知っている。私では彼女の相手にはなれそうにない。なれるはずもない。そしてなによりも、なりたくはない。
アレは姫様ではない、私は断言できる。アレは姫様の姿をした何かだ。あんなの人族でも、魔族でも、獣族でもない。よりも、何よりも、何もかもよりも恐ろしいものである。
「ら、ラルフ、どこへ言ったの?」
急いで腰を上げて、立ち上がった。周りへ声を出し、ラルフの居場所を探った。周りは瓦礫だらけで、いくらでも隠れる場所はありそうだ。
「ゆ、ゆうしゃ、お、おにい、さん……」
左前の瓦礫の下から声がした。ラルフの声だ。しかし、私と違って彼は今でも震えているようだ。
ならばやることは決まっているでしょう。
「えい、しょっと。」
瓦礫を移した。そしてその下から、さっきの私と同じく目元に涙がついているラルフが見つかった。
足ががたがた震えている。いや、全身ががたがた震えている。おそらく私もそうでしょうけど、私は大人、この子と違って大人だから、がたがた震えていることは許されない。
子供を守るのが、私たち大人の役目ですから。
「ほら、立てそう?」
「ご、ごめん、なさい……ぼくには、たて、なさそう、です。」
声も体も震える彼を見ると、改めてそう決心をした。
この子を守らねばならない。
………………
…………
……
「ほ、報告!」
カルカッサ軍の駐屯地にて、ヴィスコンティが立っている。そして、元々は指揮者であるヴィスコンティが座っているべきの椅子には、代わりにチェレスが座っている。
それを見た、報告に帰ってきたカルカッサ軍は、驚く前に報告を済まそうとした。
「何事だ、話せ。」
しかし、返事をしたのはヴィスコンティではなく、チェレスだった。そのことに驚きながらも、伝令は報告を始めた。
「チュバル町内にて、謎の化け物が現れました!」
「ほう、興味深い。どんな化け物だ?」
「そ、それが……って、貴女は誰ですか?なぜヴィスコンティ様の座位に座っておりますか!いいのですか、ヴィスコンティ様!?」
「無論だ。さぁ、早く話せ。我が主の欲望を満たせ。」
「あ、主!?で、では、この方は……!?」
「無論、『チェレス=ハーモス』様だ。」
「ちぇ……!?」
「やめろ、ククレス。で?どんな化け物だ?早くしろ。」
それを聞いた伝令はさらに混乱した。しかし、混乱している今でも、彼は己の仕事に忠実でした。
目の前に居るのは指揮官ではなければ、カルカッサ軍のものでもない。それを知っていても、彼は報告せざるを得なかった。
「そ、それが、ですが……」
首の前に、一本の剣が構えている。それはヴィスコンティの剣ではなく、元カルカッサ軍兵士の剣でした。
「ひ、人の形をした、圧倒的な力を使う、血に狂った化け物で、ございます。」
「ほう?」
それを聞いたチェレスは、興味津々で立ち上がった。
「人の形、とな。どんな人だ?」
「推測年齢、18歳くらいの、人族の、女の子、でございます。」
声が震えている。剣に怯えているのか、それとも「化け物」の描写に怯えているのか。
「ふむ……興味深い。見に行かないか、ククレス。」
「好奇心旺盛は大いに結構でございます。しかし、貴女様の命にかかわるような化け物であれば、駆除しないと参りません。」
「へぇ、じゅあ、化け物退治は、任せていいのかい?」
「主の命であれば、お任せを。」
「ふむ、では……」
手を大きく掲げ、命令を下した。
「我『チェレス=ティーア』がここに命ずる!栄えあるチェレス軍よ、『化け物』を退治せよ!」
そして、さらに大きな声で続きを発した。
「これ以上、『化け物』の好き勝手を許すな!」
「「「おおおおおお!!!」」」
歓声を上げるのは、元カルカッサ軍の、現チェレス軍の兵士たちでした。
チェレスは知っているのだろうか。その化け物の正体を。それと、この決断のせいで、何人ものの魔族の命が消えてしまうのかを。
………………
…………
……
暗闇で、一人彷徨う。
「あぁ、あぁぁぁあああ!!」
頭抱えながら叫びだす。俺は、どうなっているんだ?体が言うこと聞かない。今に至っては精神が完全に分裂していて、本物が暗闇に居て、偽者が現実に居る。どういうことだ!これは一体、どういうことだ!!!
「まだ、殺し足りませんね。」
振り向く、そこにはもう一人のオレが居た。
「ナニモンだ、てめぇは!」
「心外です。」
俺の隣を切り、耳元で囁く。
「アタイは、アンタじゃないか。」
その言葉に、怯えた。しかしすぐに持ち直した。
「アンタなんか、俺になれる訳ねぇだろ!このニセモノが!」
「あらあら、アタイは、ニセモノだったのか?」
後ろにぺたっと、背と背をあわせられた。
「こんなにも似ているのに、アタイがニセモノで、アンタがホンモノなんて……どうしてですか?」
ぐるりと回り、今度は目の前に来た。目を直視されて言われる。
「むしろ、アタイがホンモノで、アンタが……ニセモノなのでは?」
「――!!」
剣を抜く。そして当たり前のように振り下ろす。
だが当然のように、防がれる。
「暴力的ですね。」
「っるせぇ!」
ニセモノ(アイツ)が持つ剣とホンモノ(オレ)が持つ剣。少し照らし合わせたらわかる。同じ剣だ。
カーン!カーン!と、何度も何度も斬りつける。そして同時に何度も何度も防がれる。
「ホンモノ(アタイ)が、ニセモノ(アンタ)に負けるわけ、ありませんことよ。」
「減らず口を……!」
カーン!カーン!と、いくら斬りつけても、あたることはない。全部防がれてしまう。
「オラァ!」
剣が対峙しているときに、思いっきり蹴った。不意を着いた。
「あらあら。」
しかしそれでも防がれてしまう。
こいつは、俺のことを見透かしている。どうしてだ?こいつはニセモノで、俺がホンモノだろ!?何で勝てねぇんだよ!
「ふぅ……」
シュー、タッ。大きく跳び、後ろへ下がった。それもニセモノだけでなく、俺も。
「「では、アンタにホンモノであるアタイ(オレ)の力を見せてやろうか。」」
両方同時に、詠唱を始めた。
「我が持つは、天を焦がす焔の矛。」/「我が持つは、地を焦がす焔の剣。」
「我が待つは、己を制御する焔の盾。」/「我が待つは、全を解放する焔の槌。」
「お見せいたしましょう、これがホンモノ(アタイ)の力でございます。」
「見せてやろう!これがホンモノ(オレ)の力だ!」
力を全部剣先に集中する。空間中が暑くなっている、地面が燃え盛っている。
「至天なる劫火!」
「永劫なる劫火!」
紫色の禍々しい炎、そして橙色の神々しい炎。二つの炎がぶつかり合い、ニセモノが跪いた。
(つづく)
幻の世界で、プリスティンは戦っている。それはホンモノの名を賭けた闘い、ニセモノの名を払拭貯めの闘い。
最後に勝つのは、一体、ホンモノか?ニセモノ?




