第三十五話=叛逆の狼煙を
目の前に起きていることに、兵士たちはひどく混乱している。さっきまで敵だったものを、今度は魔将軍に抱え上げられ、治療をされている。
彼女は敵のはずだ。それなのに、彼女を治療しているヴィスコンティに、兵士が戸惑った。
「ヴ、ヴィスコンティさま、か、彼女を……どうして?」
「当然であろう、我が主ですから。」
「い、いや、そうではないでしょ!彼女は、敵ですよ?カルカッサ様に仇成す、憎き叛逆者だぞ!?」
「ええい、黙れ!」
シャーンと、剣を抜き、兵士に突き刺した。
「私の主は、最初から、最後までがずっとこのお方。」
立ち上がり、兵士に威張りを張った。
「『チェレス=ハーモス』様、一人しか居ない!」
周りにいる兵士を見渡して、自分の力を解放して周囲を結界で包んだ。
「我が主に仇を成すものが居るなら、先にこの私を倒してからにしろ!」
そして、大声で叫んだ。
「チェレス様を、この私『ククレス=ヴィスコンティ』が守ります!」
彼の威勢に恐れをなして、兵士たちはお前が行け、いやお前が行け、じゃあアンタが行けと、攻め合いしている。誰も、彼を倒すことは出来ないと思っているせいで、誰も彼に近つこうとする者は居ない。そして誰も彼を攻撃しようとする者も居ない。
「……アンタ、それで大丈夫か?」
「ご心配くださり、誠にありがとうございます。昔、おっしゃいましたよね、必ずこの私を……魔将軍にするって。」
「あぁ、言ったっけ?よう覚えとらんわ。」
「……相変わらずのようで、何よりでございます。」
「ははっ。」
「ふふっ。」
二人が談笑をしている、昔のことを思い浮かべながら。周りに居る兵士はただ、見ているだけで何も出来ないままで居る。
治療をしている。かつては誓約を誓いあった者同士。そして、さっきまでは血を血で洗っていた敵同士。
これで大丈夫か?と、ヴィスコンティが質問をすると、チェレスは逆にその問いを投げ返す。
それで本当に大丈夫か?と、チェレスが投げ返すと、ヴィスコンティはあえてさらに問い返し。これで大丈夫じゃない?と。
質問を答えるつもりなんて、二人にはない。だって、すでに答えを知っていたから。
「あんがとさん、これで治ったかね。」
「であれば、よかったですね。」
「……じゃあ、お願い、出来るか?」
「とんでもございません!私は、貴女様の魔将軍。私にはぜひお願いだなんて仰らずに、どんどん命令をしてください。」
「そうか……相変わらずかってーな、アンタ。」
「それはどうもありがとうございます。」
一見、彼を責めているように見えても、実際はそうではなく、むしろ彼を褒めている。
チェレスの言う「相変わらず」は、変わってないの意味だけではなく、「変わってなくてよかった」、それと「変わらずよかった」の意味も含んでいる。そしてそれを、ヴィスコンティは誰よりも知っている。
「貴女は、ずいぶん変わっておりましたけれども、本当に、よかったです。」
「……それはまぁな。」
この言葉に含んでいる意味を、チェレスは知っている。
ずいぶん変わったけど、よかった。それは、彼女が生きていることに対してのよかった、そして成長して、魔王になるにふさわしい魔族になっていることもよかったの、二つの意味を合わさっている。
「で?どうしてここへ来たんだ?カルカッサの野郎の命令か?」
「はい、そうでございます。カルカッサ様の命令によって、チュバル侵攻を任されておりました。」
「……あんだとうな。」
この「ありがとう」は、誰に向けて言っているのだろうか。それをヴィスコンティは考えた。
自分に向けて言っている?いや、そんなわけはない。教えて欲しいことを、教えて差し上げただけなので、感謝されるような筋合いはない。となると、誰に向けて?
「ククさん。」
「私のことは、どうか、ククレスと……主である貴女様が部下である私に、敬称なんて要りませんので。」
「じゃあ、ククレス。」
「はい、何でございましょう。」
少し深呼吸して、チェレスは続けていった。そして次の言葉に、ヴィスコンティの問題が解決した。
「これより、アタイはカルカッサの野郎をぶっ倒すが、アンタは一緒に来るかい?」
「……はい、喜んでさせていただきます。」
さっきのありがとうは、カルカッサへ向けた言葉でした。アタイにアンタをぶっ倒す理由をくれて、ありがとう。という意味だった。
………………
…………
……
一方、チュバル内では、混乱に満ちていた。
突然襲い掛かる騎馬隊に、防衛に努めるべきの防衛隊や、自衛隊は逃げや倒れ、カルカッサ軍の前ではなす術はなかった。
「うわあああ!!」
「ギャーーー!!」
泣き声が、叫び声が響き渡る。
生を望むものが上げるのは、死へと向かう鐘音。
「おらおら!!」
「逃げるな、さっさと殺されろ!」
威厳に満ちる声、そして剣に引き裂かれる肉の音。
死を望むものが上げるのは、死を誘うレクイエム。街内は誰もが絶望し、誰も逃げることは出来ない。城門は壊されており、しかも穴を防ぐようにカルカッサ軍の歩兵が防いでいる。
逃げることは叶わない、戦って勝てる相手でもない。ならば、どうするべきか。
ええ、知っている。市民たちは皆知っている。死、あるのみ。しかし、座して死を待つほどここに居る人たちもバカではない。急いで救援を呼ぶ人も居れば、隠れる人も居た。
だが、救援が来るまでは持つだろうか。隠れているだけではいつかは食料が尽きるだろう。それまでに、敵は去るのだろうか。
そんな救援を待つしか出来ない市民たちを救うために、やがて……
「見つけた!」
「――!」
勇者が、やっと到着した。
………………
…………
……
(20分前)
チェレスさんたちは……どこへ行ってしまったのだろうか。見渡せばチェレス軍の兵士とカルカッサ軍の兵士が倒れている。ここで戦っていたのは火を見るより明らかだ。それなのに、リーダーを勤めるチェレスさんの姿は見当たらない。
「ゆ、ゆうしゃお兄さん、こ、この人たちは……」
「もう無理だろ、息はすでに途絶えている。」
「や、やはり、ですか……」
苦しいでしょう、悔しいでしょう。しかし、ラルフに出来ることはない。彼は蘇生の魔法を使えないのはエリハイアで知った。ならば、いまさらどうにかできることではないと、彼もわかったようだ。
「急いで町へ入ろう。そうでないと……」
「う、うん。わかり、ました……」
頷くも、彼からは強い挫折感を感じてしまう。
壊された城門、そしてその城門を塞がっているのはカルカッサ軍でした。
「入らせていただきます!」
「――!」
兵士の一人に剣を振り落とした。兜が割り、血がドバーとあふれ出す。
これが戦争、これが殺し。楽しくない。むしろ罪悪感でいっぱいだ。
でも、私はやらねばならない。
「何者だ!」
「私は……!」
やらねばならない。そうしなければ世界は守れない。
「勇者だ!」
そうしなければ、「勇者」の名にふさわしくない。
兵士を少しだけ蹴散らし、やっとチュバルの町へと入った。中はひどい有様で、あちこちに屍が転がっている。建物も倒れ、飛び火を撒き散らしている。
この風景はエリハイアを思い出させてしまっている。
あの日のエリハイアも、こんな感じでした。幸いあの時は大半の民間人はさっさと城下町から出て、郊外へと避難した。だが、このチュバルはそうは行かなかったようだ。
民間人が倒れている。
防衛隊の魔族も倒れている。
カルカッサ軍と思わしき魔族もまた、あちこちに倒れている。
空気に漂うのは、血生くさい臭いと、硝煙の煙。二度目ではあるものの、なかなか受け入れがたい臭いである。
「う、うわあああ!や、やめてくれええええ!!」
遠いところから悲鳴が聞こえる。
「急ごう、ラルフ。」
「……う、うん……」
やはり吐き気がするようで、歩くのにも一苦労のようだ。しかし、この場所で弱い自分を見せるわけには行かないと彼も思っているでしょう。
強がって、その吐き気を逆に飲み込んだ。
「行きましょう、ゆうしゃお兄さん。」
強がり、嘆き、悲しみ。現実は彼が思うよりもずっと残酷であることを、そろそろ思い始めたのだろうか。
瓦礫に埋もれる人を見つけ、そしてあきらめる。
壊れたぼろぼろの家から魔族を見つけ、そして救い出そうと思ったら実はすでに命を絶った。
カルカッサ軍は何を思ってここへ攻めたのだろう。そして何を思って、ここに居た命を奪ったのだろう。本当に、魔族は、残酷である。
「ラルフ、大丈夫か?」
「う、うん……大丈夫、です。」
目が虚ろになっている。目の前で同胞が亡くなっている。目の前で命がどんどん散っていくのが辛かったんでしょう。
「なら、次へ行くぞ。」
「わかりまし、た……」
ここまでにはすでに何人の魔族が目の前で命を散ったのを見てきた。そして何度も何度も散っていた命を目の当たりにした。私はまだしも、彼にとってはきっと辛かったのでしょう。
実の兄が、まさかこんな命令を下すとは思いもしなかったのでしょう。
「……!止まって。」
「!?」
急に止まる。周りから声がする、誰かが救援を呼ぶ声が。
「……探知。」
急いで力を凝縮して、周りに居る魔族を探った。
「そこだ!」
右前の瓦礫の下から、微かな声を探知できた。そしてその同時に、ちょっと遠いところにあるおぞましい力の持ち主をも探知できてしまった。
「……」
速やかに瓦礫を退かした。あのおぞましい力は近ついてきている。だからこそ、早くしないといけない。
「見つけた!」
瓦礫を退かしたら、その下には魔族の男の子が見つかった。
「ラルフ、早く、この子の治療を!」
「う、うん!わかりました!」
急いでラルフを呼んだ。彼の目が、少し光を取り戻したような気がした。
「うるああああああ!!!!」
しかし、ついにそのおぞましい力の持ち主にも見つけられてしまったようだ。遠いところから恐ろしい雄たけびが聞こえる。アレは人でも、魔族でもない。まさに魔獣そのものの声だった。
「急いで!あと、できればーー!」
一閃。
あれは、ほんの一瞬だった。
目の前が急に光った。アレは……剣の、輝きだった。
「――!!!」
目の前が、血の色に染まっていく。目が、真っ赤に染められた。何が起きたの?と思う暇もなく、私は剣を抜いて次の攻撃を防いだ。
キーーン!と、重たい音を立てながら、私は後退した。
「あっ、あっ、あっ……」
目の前に起きたことに驚いたラルフは、声にもならない声を上げた。
ここでやっと視線がはっきりした。
「あ、貴女は……!」
身に着けている服は真っ赤に染められている、金色に輝いていた髪の毛も返り血を浴びて、妖しい赤色に染められている。
「ひ、姫様……!?」
剣を私に突き指して、足はさっきまで生きていた男の子の頭を踏み台にしている。
(つづく)
目の前に現れたのは、間違いなく人族の姫「プリスティン=エリハイア」だった。しかし、彼女の身はおぞましいことになっており、一目ではわからないほど変わってしまった。
彼女は何に変わられた?そして、何のため?




