第三十二話=迫る魔王の手
「な、何だと!?」
真っ先に私の報告を聞いたのは、チェレスさんだった。なんだか胸騒ぎがするから、偶然外に出て私と会えた。
カルカッサ軍はいつからここまで来たのか、そして、チュバルを狙う理由は?それを考える間もくれずに、チェレスさんは走ってアジトへ帰った。
「お、お供します!」
「しなくていい!スラム街の住民になるべくここから離れるよう、伝えてくれ。」
「えっ……は、はい!わかりました!」
アジトへ帰って、ギャングたちを……いや、やはりチェレス軍と呼んだほうがいいのだろうか。彼らに知らせて、隣にあるチュバルの救助をしに行くのだろう。
で、私はスラム街の住民たちに避難要請……本当に、情けが強い魔族。伊達にここで育ってないということだろうか。しかし、どうして?いくら隣街とは言っても、隣接しているわけでもないし、避難の必要って……ある?
いやいや、今はそれを考えるところではない。チェレスさんの言うとおりにしよう。
再び走り始めた。今度は、スラム街を走りながら叫び、急いで避難せよと。
………………
…………
……
「おっと?少しは骨があるようだな。」
「くっ!貴様……!」
夕日に見られ、一人の人族が、戦っている。
「しかしな……!オモチャの分際で主人に逆らうと、どうなるか知ってるよな?」
「黙れ!貴様なんぞ、主人と認めたことなど一度もないわ!」
「ほ?言うね……」
抗うも、虚しい。人族は、エリハイア王国の元将軍、デュランダル。彼は強い。幾度の死線を乗り越え、幾度の強敵に打ち勝ち、幾度の試練を突き通してきた。
しかし、今回は違うようだ。
「つっかまーえた。」
「くっ!は、離せ!」
掴んだのは神の手、掴まれたのは人族の英雄の腕。彼は抵抗する、何度も、何度も抵抗する。
「さて、と。」
「ぐっ!」
デュランダルはたった一度の悲鳴も上げたことはない。なかった。それは彼の強さを強調するように、事実として存在している。しかし、今、彼は盛大に悲鳴を上げた。
「ぐっ……!うわあああああ!!」
「あの子に注入された私の力は少なさ過ぎたせいで、お前が制御できた。ならば……たくさん注ぎ込めば?と、考えたことはない?」
「やめっぐわあああ!」
魔族の帝国、アリアの野原にて、一人の人族が叫ぶ。
「ぐっ……ラン……あああああああ!!!」
そして、しばらくしたら男は叫ぶことが出来なくなってしまい、力尽きてしまった。
「ふぅ……さて、私の言うことを、聞いてくれるよね。」
「……」
「お前に聞いているんだよ、デュランダル。」
「……」
デュランダルは目を大きく開きながら、空を見つめていた。しかし、その瞳にはもはや光はなく……
「はい。すべては、神様の仰せのままに。」
光明に、満ち溢れていました。
「うむ、よろしい。では……次にやることをちゃっちゃと決めないとね。」
人族は立ち、金髪をして白いローブを纏っている「神」の後ろを追った。
………………
…………
……
「っ!!」
ふと、背筋が冷え込んだ。鳥肌が立ち、わけのわからない恐怖に脅かされている感じがした。
(そんなことよりも、早く……!)
ズドン!ゴーン!と、遠くから爆発音が聞こえる。どうやらチュバル侵攻はすでに始まったようだ。
「皆様、早く!」
走りながら大声で叫ぶ。早く避難を、早く遠くへ、早く、安全な場所へ。
大砲の発射音、砲弾の着弾音、全部がそれほど遠くなく、むしろ近いともいえる。隣と言うのは、もしかしたら本当に隣接しているのかもしれない。
「逃げるって行ってもおいらたちはどこへ逃げればいいっていうの!?」
「この家さえ置き去りにしてしまうなら、いっそ死んだほうがましだ!」
しかし、逃げたいと思っている人はそれほど居ない。居るとしてもどこに逃げればいいのかがわからない人がほとんどだった。
「どこに逃げるなんて考えるな!とにかく郊外へ!」
街の南、或いは北。どっちでもいいからさっさと逃げてほしい。万が一でもチュバルへ行かないようにと注意をしたが、そこへ逃げようとしている人もそれなりに居る……まさかと思うが、この乱に乗じて盗むことは、考えてないのでしょうか。
とにかく、今の私に出来ることはただ、ひたすらに避難勧告を広めることだけだ。
………………
…………
……
「くっ!」
まだ失意としていたとき、遠くから爆発音が響いてきた。攻撃されているのは……スラム街?何のため?確かにスラムは国の癌ではあるけれど、それは国家の責任だろう。そんな彼らを救うことせず殺しつくす?なに考えてやがる!
「あいつらは……大丈夫か。」
チェレスとラルフ、そしてクリアも。たぶん大丈夫。ならば俺、今やるべきことは?
攻撃を仕掛けてきたやつらを倒しに行くべき?それとも、ただひたすら逃げるべき?
そうだ、俺はこの国の人間ではない。この国とは何の関係もない。ならば逃げても咎められない。しかし……
(それは、本当にやりたいことか?)
俺は本当に逃げたいか?いいえ、決してそうじゃねぇ。俺は……殺しをしたい。そして今、やつらは俺にその理由をくれた。ならば……
「あぁ、戦うさ。」
手を胸に当て、自分に言い聞かせた。そして、俺は決めた。
「どんなやつかは知らんが、俺にあんたらを殺す理由をくれた。」
それは一体、感謝すべきことなのか、或いは憎むべきことなのか。今の俺にはわかるはずもない。そもそもわかる必要はない。
俺に鬱憤を晴らすチャンスを与えてくれた。それだけわかればいい。
剣を持ち上げ、鏡代わりに自分の顔を見てみた。顔に少しの傷が残ってはいるけれど、全然痛まない。それより……
(目が、赤い?)
あの時と同じだ、目が、赤い。理由はわからないが、目がこんな色をしているときって、ほとんどが怒るときだと思った。しかし今はそれほど怒っていない。
「まぁ、どうでもいいか。」
剣を鞘に戻し、さっきのことを放って置く。今の俺に必要なのはただ、切りまくることだけだ。
走り出す。爆発音が響く場所へ。
………………
…………
……
「首尾は?」
チュバル侵攻を任されている、カルカッサの魔将軍が兵に質問を投げかけた。
現場は統制されていて、秩序のある軍であることを強調されているようだ。
ドン!カーン!と、遠くからまた爆発音。チュバルの城門を壊そうとする大砲が奏でるは、破滅への音色。
「はい、順調でございます。」
「なら、いいだが。」
何食わぬ顔をして、魔将軍は兵からの返事を聞き、さらに返事をした。
彼は緊張している。今回の作戦は、カルカッサの始めての大規模作戦であるがため、主である彼の顔に泥を塗ってはならないと思っている。しかし、今回の作戦の意味を、意義を、思いつくことは出来なかった。もちろん、彼はわかっている。僕である自分が、主の行動に、主の命令に疑問を持つわけにはいけない。
(チェレス様は……このあたりに居たみたいだが。)
ここで彼は思い出した。昔、「チェレス=ハーモス」という女王族がこのあたりに追放されたことを。
彼は昔からハーモス王家に勤まっている。主君は「ラルフ=ハーモス」から「カルカッサ=ハーモス」に変わることには、異議はないけれど、同時に思い出してしまった。昔は、「チェレス=ハーモス」という彼ら二人よりもリーダーシップを発揮できる者が居ることを。「リクリーム=ハーモス」のことは、リーダーシップこそチェレスより高いものの、彼女と違って、彼はひどい傲慢な魔王だった。
故に、彼にもし選択の権利を与えようとするなら、彼は間違いなくチェレスを選ぶでしょう。
(チェレス様……)
しかし、現にチェレスは死んでいることを、彼は勘違いしている。だからこそ、こうも悩んでいる。
よりによって、今回の侵攻作戦の目的地は、チェレスが命を落としたとされている街の隣。もし万が一、チェレスの墓を壊してしまったらと思うと、彼は緊張してしまう。
「ヴィスコンティ様、城門が開きました!」
それを聞いた彼は、うれしい感情とともに、さっきの思いを遠くへと投げ飛ばした。
「よく出来た。では。」
剣を取った。アレは、昔チェレスが使っていた剣で、いわば彼にとってチェレスの形見である。幼いチェレスを思い出して、彼はさらに決心をした。
「騎兵、チュバルへ入り、混乱を起こせ!騎兵が全員入ったあと、歩兵は城門を防ぐように!」
目がギラギラ赤く光りだす。
「一人とも、逃すな!」
シャー!剣を振りおろし、風を切った。それはもしかしたら、チェレスを忘れようという決意の表明かもしれない。
(つづく)
カルカッサの魔将軍、彼の名は「ククレス=ヴィスコンティ」。
この戦で彼は、どのような答えを出すのだろう。そして、どのような返事をするのだろう......




