第二十六話=真っ赤な月
その日の夜、私たち四人は、チェレスさんの部屋を訪ねた。昼間は策を考え、どうすれば彼女にやめてもらえると、必死に話し合った。
ラルフの話によると、彼女はラルフ以上に家族を大事に思っているみたい。だからこそ、こうしてラルフのためにカルカッサを殺そうとしている。しかし、彼女はあえて別のことを理由にした。国のためだと。
ならば、そこを突けば?と、そこで姫様が声を上げた。「王を失ったら、それこそ国が混乱に陥る。」だからこそラルフに王位に戻すよう、彼女はラルフを説得するでしょう。ならば、ラルフが拒絶すれば……しかし、そうなれば彼女はきっと「ならばアタイが王になろう!」とか言い出すでしょう。そうなったら、どうやって諦めさせる?
答えは師匠が導き出した。「王を殺し、自ら王を名乗るものは、果たして王として認められるのでしょうか。」と、師匠は彼女に問いかける。それは単なるクーデターであり、しかも現に民はそれほど苦しんでいないと見る。この前カリスクールで見た感じでは、苦しんでいるようには見えなかったから。
だとすれば、こちらにはカルカッサを追い込む理由も、言い訳も無い。
ここで話し合いは終わり、夜を迎えた。そして私達は、夕食を楽しんだ後チェレスさんの部屋を訪ねた。
(コンコン)
扉を叩く音。しばらくしたら、中から声が出た。
「誰がなんの用だ?」
「ラルフです。少し、話したいことがあります。」
「ケッ、どうせカルカッサを殺すなって話でしょ?まぁいい。入れ。」
見事に的中。そんな彼女に驚きながらも、ラルフは部屋へ入った。
今回のことは、私たち三人とはまったくと言っていいほど関係がなく、私たちが口出しできるような状況じゃないので、入ることはしなかった。姫様はラルフが一人だけで入るところを恐々としてみていたが、やっと安心したのか、ラルフを掴む手を離した。
「後の奴らも入っていいよ。」
最初に声を発したのはチェレスさんでした。当たり前といえば当たり前。
「いいえ、彼らはその……国外の方ですので……」
「そうだ、俺らのことは気にするな。」
「にしてもなー……外で盗み聞きする気なら入ってこいっつんだよ……まぁいっか。」
そして、私達は外で盗み?聞きをし、ラルフとチェレスさんの談話を聞いた。
………………
…………
……
「んで?どうしてそこまでアタイにカルカッサの野郎を殺して欲しくねぇんってんだ?」
「それは……カルカッサ兄上は、あれはあれでも兄ですから……」
「んなの聞き飽きたね。本当の事をいいなよ。」
「本当の、事?」
ラルフは自分の胸に手を当て、自分に聞いてみた。
彼がどうして家族がばらばらになることを、ここまで嫌っているのかを自分に聞いている。それは単に自分が優しいから?それとも父が残してくれた唯一の宝物であるから?それともまた、別に理由がある?
しばらくしたら、彼は答を導き出した。
「家族は、そうであってはならないから。」
「家族、ねぇ……あれはアンタらのことを、家族と思ってねぇのに?」
「そ……!」
それはどういうこと?を、聞きそうになった。しかし、今はそんなことを聞くべき時じゃない。
「それでも!ボクは兄上のことを本当の兄だと思っている!それで十分だと思います!」
「本当の兄、だと?ふん。笑えるね。」
くるりと回って、チェレスは窓を開いて夜空を見上げた。
「本当の兄は……自分の妹を遣い、弟を殺そうとするのだろうかねぇ、ラルフ?」
「えっ、それは……!?」
まだ言い終えず、戸惑うラルフを差し置いて一人の女性が、跳んで入った。
部屋の中を、彼女は「侵入」した。
「お命、頂戴いたす。」
「おうおう、ずいぶんなご挨拶だな!アンタ、何もんだ?」
「……」
しかし、侵入者のことを現場に居る二人以外気づいた人は居なかった。それは扉の外で盗む聞きをしているプリスティン達三人であっても。
窓は破られず、物音も立てられなかった。守備が薄いといわれたらそれはそれでも正しいが、このことを、恐らくチェレスは最初から知っているだろうから……あえて、守備を薄めたのでしょう。
「アンタ、何もんだと聞いているんだけど?」
「……答えぬ!」
剣を出して切り刻もうとも、チェレスには悉く避けられている。けれど、それでもものは割れられず、倒れず。物音をほぼ立てていない。
これぞ刺客、これぞアサシン、そう悟ったラルフ。しかし、そんな彼でも一つだけ気づいたことがある。
目の前の刺客から、なぜか懐かしさを感じた。そして彼は思い出した。さっき姉が言っていたことを。「本当の兄は、自分の妹を遣い、弟を殺そうとするのだろうか」と。もしや、目の前に居る刺客は……?そこで、彼は思考をやめた。
(嘘だ、そんなわけはありません!)
そう思い、必死に、自分に言い聞かせた。
「くっ!」
しばらく避け続けていたら、結局斬られた。かすり傷ではあったが、彼女は必死に痛みを堪えようとしている。そう見せかけている。
「クソ……いってぇな。これじゃあ死ぬかも知れねぇな……」
「……ご冗談を。貴女はそれしきの傷で死ぬことはないと存じておる。」
しかし、そばで見ているラルフにはそう思わなかった。
(イヤだ……また、家族が亡くなる。また、家族が消えてしまう。)
その思いが彼の頭の中を強くめぐり、怯えている。
「おい、ラルフ……このままだとアタイ死ぬから。ギャング達のことを、頼んだぞ。」
「遺言を残すには早すぎませんか?」
「ハハッ、そうかもしれねぇな。」
「イヤだ、イヤだ……!」
少しずつ声を発するラルフ。しかし、今の彼を支配しているのは恐怖、畏れ、絶望。そんな彼はどう行動するのかを、恐らくチェレスでも、刺客でも、さらに彼自分でも分からないでしょう。
「チェレス、姉さん……だい、じょうぶ?です、よね……?」
「ハッ、そりゃあどうだろう……ケッケッ、今すぐにでも死にそうだわ。」
「……何の真似だ、チェレス。」
そこでやっと刺客が異変を感じた。彼女はまだ、チェレスの本当の目的を知らない。
「チェレス、姉さん……死ぬの?イヤだよ、死ぬのは、イヤだよ……!」
「ラルフ……」
ラルフに向けて声を発したのは、チェレスではなかった。
「お前はすでに、一人の兄を亡くしたのでは?なのに、どうして今更そんなに怯えている。」
「――!」
そこでラルフは思い出した。思い出したくも無い、悲劇の記憶を。
思い出した、思い出してしまった。自分が、自分の兄を手に取った記憶を。自分の手によって引き起こされた悲劇を。
「リーム……お兄様のこと?」
「おいバカ、やめろ!」
「やめる?何をですか、チェレス。」
自分の手を見つめるラルフ。気のせいか、手には血が付いている。そして、剣を握っている。
剣先には血が流れ落ちている。ポツリポツリと、音まで聞こえてしまった。
「アンタはすでに、兄を手刃に取った。今更だろ。」
「おいそろそろやめろ!!レイチェル!」
自分を制することが出来ず、チェレスは叫んだ。その声を聞いたプリスティン一行は扉を破ろうとしたが、チェレスによる魔法で開くことは出来なかった。
「レイチェル、姉?レイチェル、姉ですか?」
「そうだ。」
ここでやっと、刺客はマスクを取り外し、ラルフに素顔を見せた。
「私だ。お前らの命を狙う、カルカッサ様の従順な僕、レイチェルだ。」
「―――!!」
驚いて、声を発せ無かった。ここでやっと、若き魔王は幻覚から目を覚ました。握った剣はカランカランと音を立てながら落ちて、自分の頭を抱えて叫びそうになっている。
彼はやっと理解できた。カルカッサは本気で彼の命を狙っている、そして彼の部下である同時に自分の姉でもあるレイチェル=ハーモスも、また同じ。
「どうして……」
頭を抱えたまま、彼はひどく怯えている。
「どうしてなんですかあああああ!!!」
彼は叫んだ。それは自分に対しての失意、あるいは家族への不信……?
(つづく)
そこに現れたのは、彼らの命を狙う刺客、王族のレイチェル=ハーモスであった。ラルフは怯えている。自分への失望感。家族への不信感。あるいは、それと違う別の何かに......?




