第二十一話=そこは、アリアのスラム街
アリア帝国―公暦18年3月23日
カリスクール街を離れてから大よそ二日。私達はようやく次の街に到着した。しかし、ラルフに案内されてきたわけではない。
「えっ、ええ、こ、こんなところに、街があったの?しかも……」
すごく、混乱を極めているようだ。
家々はボロボロで、道端にあふれてくるのはゴミの山。そこら中見えるのは屍。何日か放置されていたのでしょうか、すでに蛆が湧いている屍まである。さらに、この思わず鼻を塞ぐような悪臭……恐らくここは俗に言うスラム街というところでしょうか。
「こ、こんな街、み、見たことも、聞いたことも無い……グランさん、ボクに隠していたの?この場所のことを?」
ラルフもそれを見て、困惑した。あれほど大事にされていた、あれほど信頼していたグランバールにここを隠されていたと思うと、複雑な気分になった。
グランバールさんは恐らくラルフに見せたくなかったのでしょう。でなければ……
「おじ様、どこか、痛いですか!?」
「うっ……!へへっ!」
「キャ!な、なんなの?」
「おい、すられたぞお前!奴を追え!」
「ま、待って!いいの、これでいいの。」
遠くへ走る爺さん。彼の手には、ラルフの財布が……
ラルフは優しい。優しいからこそ、スリに会っても取り戻したいと思わない。だからグランバールさんはあえて隠したんでしょう。でなければラルフは全資産を出してここを復興しようとするでしょう。
バカなことだ、ここの人たちには、そんな心はないのに。
「おい、お前なぁ!」
ぱんっと、姫様がラルフにピンタをかました。
「さっきの金はアンタの金だぞ?取返さねぇとダメに決まってんだろうが!」
「そ、それでいいんだよ、お姉さん!」
スラム街で、ラルフ君が大声を上げた。周りに居る住民はそんな彼を見て、すぐに集まってきた。
「坊主、うちの息子は服が無くてさみぃさみぃって言うてるから、その服くれないかい?」
「うちの娘は足がつめてぇから、その靴を!どうか!」
「ズボン!ズボンだけでいいんで!どうか!お願いしゃーす!」
「えっ、ええ?」
自分を目当てに集まってきたスラムたちに、彼は驚いた。
前々から掛けていた変装はすでにバレていて、ラルフの姿を見て、彼のことを王と知ったものたちならここで跪いたはずなのに、ここの人たちはそんなことをしない。つまり……
「おい、お前らいい加減にしろ!」
「ま、待ってお姉さん!」
「待つかボケが!」
姫様は剣を構えて、周りに炎の壁を張った。偶然にも私は壁の外に居た。偶然、だよな。
「こいつらはアンタが持っているものを根こそぎ盗って行くつもりだぞ!こいつらに近づかせんな!」
「ひぃ!な、なんなんだこの尼!」
「やべぇよやべぇよ……!」
その炎の壁を見て、ようやくスラムたちが離れ始めた。
ここの人たちは、彼のことを王として認めていない。それとも、彼の姿を見たことが無いとか?まぁ、なんにせよ、スラムたちからはラルフに対する畏怖心はないに等しい。
「ところで、どうして私は壁の外に居ましたか?」
しばらくして、熱気だけを残して壁は消えた。そんな状況を見て、私は姫様に質問をした。
「ちっ、アンタもスラムに似たようなもんだろうが。」
うわぁ、ひどいなぁ姫様。この前頬を赤らめた姫様とはまったくの別人だと思ってしまう。
「まぁ、いっか。」
でも、もう慣れた。だからこんなにあっさりと受け入れた。スラムほど貧乏じゃないけど、大した差はないってことくらい、私もちょっとだけ思ったから。
「で、誰に会うんだ?それとも遠回りをして次の街へ行く?」
「うーん……ごめんなさい、しばらくこの街に居座りたいの。」
「えっ、お前、ここがどこか分かった上の発言か!?」
それを聞いた私は、思わず怒鳴りつけた。
(このスラム街にしばらく居座りたいって、本気か?正気か!?)
「ごめんね、ゆうしゃお兄さん。でも……」
自分の胸に手を当てた。
「ボクは、王、ですから。」
「王、ね……」
ここではお前の名前を聞いた奴は居るかもしれないけど、お前がそのラルフ=ハーモスって知っている人も居ないでしょう。それでも自分は王だからここに居たい。さては身包みを剝がされる心準備も出来たんだろうな。
「ですが、ここの人たちはラルフ君のこと知らないそうだよ?」
「……」
師匠の一言を聞いたが、反応はないようだ。
「そのほうが、好都合です。」
「うん?」
何秒かの静寂の後、彼が言い出したのはそれでした。
(好都合?どういうこと?)
「……同じ王族同士として忠告しておく。やめとけ。」
そんな彼を見て、姫様は突然言い出した。姫様は分かるの?ラルフの奴が何をしようとしているのを……
「いいや、ボクは、やりたいです。ボクがやらなければなりませんから。」
「……ふん。勝手にしろ。」
姫様に向けて、ラルフは珍しく強気に出た。そんな彼の瞳を見つめて、心を打たれたのだろうか、彼を受け入れた。
「ちょっ、ちょっと待って姫様。彼は何をしようというのですか?」
「スラムのアンタには関係ねぇことだ。黙っておけ。」
「……はい、分かりました。」
……姫様の言うことだ、聞かない訳には行かない。しかし、やはり、心の中で納得は出来ていない。
姫様が作った炎の壁と共に、私達は街を堂々と歩いた。スラム達は私たちを見て驚いて襲い掛かってこないのか、それとも実はラルフのことを知っている?と思いながら進んだ。
「またですか。」
心の中の声が漏れてしまって、姫様に聞こえてしまった。
「アンタもスラムだろうが、外にいろ。入りたけりゃあ平民以上の者になれ。」
「はーい、分かりました。」
心の中ではそう思わないのに、そう返した。私だって一応平民なのに、どうしてこんな待遇を受けなきゃいけないのですか。ってのが本音です。
「お兄さん、頼む、おいらに……!」
「ごめんなさい、貴方たちに分けるお金も、ものも……!」
「そ、そう言わずに、な?なあ!?この通り、この通りでございます!」
道中を歩いたら、私は突然変な男に絡まれた。とはいえ、変といってもそこら中に居るスラムと大したかわりは無いけれど。彼は私に向けて、何度も何度も跪いて、頭を地面に叩きつけて私に懇願している。ここの人たちは、羞恥心はないのは知っている。だけど、彼の場合はちょっと異常に思えた。
「だから無理だって!ごめん、ごめんよおじさん。」
「そうおっしゃらずに、どうか!どうか!!」
歩こうとしても、私の前に立ちはだかる男にちょっと腹立ってきた。
こうなるから、どうして最初から仕事しなかったんだろう。どうして昔は頑張らなかったんだろう。どうしてだ?
私が止められたのを知って、姫様たちも止まった……というより、ラルフが引き止めた。姫様は彼を引っ張って歩きたいそうだが、彼はこちらに向けて熱い視線を投げている。
「頼むから前行かせてくれ、おじさん。急いでいるんだ。」
「そ、そんな……!!」
立ちはだかる彼は、また私の前に回ってきた。
「おじさん……いい加減にしないと、そろそろ怒りますよ?」
「怒られてもいい!だから、せめて、娘を……!!」
「娘?」
それを聞いて、驚いた。こんなスラム街に、娘のために跪くお父さんが居ることに。ここはどこからどう見ても親子にふさわしくない。娘のためならばスラムをやめて働き口を捜すのでしょう。なのに、彼は未だにここに居る。もしかしてここで家族を?いや、そんな事は考えにくい。もしかして……いや、さすがにレイプは無いでしょう。でなければこうすることは無いでしょう。
「そうです、おいら、ボク、娘が居るんです!し、しかし、変な病にかかってしまったんです!だから頼む、娘を助けてやってくれ……!」
「すまん、無理なんだ。」
「どうしてですか、お兄さん!いや、お兄様!旦那様!神様!!」
「どうしても無理だ!すまない、許してくれ。」
「お願いだ、これ以上は、これ以上ボクの娘は……!」
「しつっ!」
シャーと、剣を抜き出した。しかし、私は振り下ろすことは無く、ラルフに止められた。
「待ってください、お兄さん!」
急に目の前に現れた。剣を振り下ろさせまいと、男性を庇うために両腕を広げた。
「おっ、お前!」
良く見たら、ラルフの身がちょっとだけ焦げている。そして後には怒る姫様と呆れた師匠……彼は、危険を冒してまで壁の外に出て、私を止めにきた。
「おじ様、娘さんはどちらにおりますか?」
「ぼ、坊主様!助けてやれるのか?ありがとうございます、ありがとうございます!」
「い、いや……まだ確信は……」
「ありがとうございます、ありがとうございます、ありがとうございます!」
「ちょ、ちょっとやめてくださいおじ様!」
跪く男性に、彼は止めようとした。けれど、男性はそれをやまずにひたすらに礼を言っている。まだ、ラルフは彼の娘を助けられるとは言っていないのに。
「ごめんなさい、先に行って?ボク、あとで追いつきますから。」
「追いつくって……アンタなぁ……!」
姫様と師匠はこちらに近づいてきて、拳骨を振舞おうとした。が、振り落とす途中で姫様は止めた。
「ちっ、勝手にしろ。」
どうやら姫様も受け入れ……いや、諦めたのでしょうか。こいつはこうなると止められないって、恐らく姫様が一番分かっている気がする。
「ただし!」
男性が未だに礼を言い続けている時に、姫様が割り込んできた。
「そちらにいるスラムも一緒に連れて行ってやれよな。でないと俺たちの居場所がわからねぇだろ?」
「ぼ、ボクはいいけれど、ゆうしゃお兄さんは?お願いできますか?」
「あっ、やっぱそうなるんですね……はい、分かりました、ご一緒させていただきます。」
たまに思う。どうしてこいつは探知の魔法を使えないでしょうか。仮にも永劫なる(エターナル)レベルのものでしょ?しかもサポートに長けている光系統だって言う。なんでだろう。
「じゃあ、またあとでね、お姉さん、クリアさん?」
「……」
「はーい、またあとでねー」
姫様が極めて嫌そうな顔をしているのに対して、師匠は満面の笑みだった。
「じゃあ、お家まで案内していただけませんか、おじ様?」
「えぇ、はい!喜んでご案内させていただきます!旦那様!」
「や、やめてよ、旦那とか……ボクのことは気軽にラルフで呼んでね。」
「い、いいえ!そういうわけには参りません!ぜひ、ぜひ旦那様で呼ばせてください!」
「困ったな……間を取って、ラルフ様は、どうですか?」
「し、しかし……」
「もう、これ以上しつこくされると、嫌になって行ってしまいますよ?」
「は、はい!!そう呼ばせていただきます、ラルフ様!」
「うむ、よろしい。ひひっ。じゃあ、ご案内、お願いしますね。」
「はい!!」
そんな二人を見て、思わず笑顔があふれ出てきた。しかし、この男性はラルフこそが王族、ラルフこそが魔王だっていうことを知らなさそう……どうしてだろう。
スラムの男性に導かれ、やっと目的地に辿り着いた私たちの前には……
「ただいま、システィ。お医者様を連れてきたよ。」
「あっ、お父さん……けほっ、けほっ。お帰りなさいませ。」
「あ、あれほど動くなって言っていたのに、貴女って子は……!」
更なる地獄絵図でした。
(つづく)
これをご覧になっている皆様、今日も黒き星の導くままに!
さてさて、いきなりではございますが、ゆうしゃとラルフが目にしたのは......病に掛かった少女、ただ、それだけなのでしょうか?あと、環境の問題もあって、どんな様子でしたでしょうね......?そこは、次回のお楽しみ、ということで!
ではでは、もうすぐ学校が始まるが、新型コロナウィルスのせいで開学式は延期、自然に学校も延期になりました。またしばらく、お話の続きを書けるようになったので、一喜一憂というところでしょうかね。
ではでは、今回も読んでくださってありがとうございました、また来週!




