4.捕まらないやつと、捕まるやつ。
元宇宙海賊ポーには、最初から少女を殺すつもりなどなかった。
殺してしまえば、二度と撫でてもらえないからだ。
だから捕まえて、もう一度撫でさせる。それが、彼にとっては完璧な計画だった。
それに艦載艇で降りてきたということは、どこかに母船がある。
人質にしなければ、小型艇しかないこちらが一方的にやられるとポーは焦っていた。
「あいつを捕まえるにゃ!」
号令を受け、待機していた六機のハンドユニットが一斉に飛び出した。
ポーが海賊になるより前から使い続けている作業機で、手首から先だけが宙に浮いているような奇妙な外見をしており性能は申し分ない。
一機なら大型貨物を運べるし、二機あれば長尺物の両端を支えて水平を保てる。三機で役割を分担すれば、配管の交換程度なら、ポーが見守っているあいだに終わってしまう。
数が増えるほど、作業の幅は広がった。船の修理、貨物の整理、岩盤の掘削、精密機器の組み立てまで、彼らは何でもこなす。人間一人を傷つけずに取り押さえるくらいなら、わざわざ仕事と呼ぶほどのことでもない。
正面から一機目が注意を引き、二機目と三機目が左右へ回り込む。四機目と五機目は脚を押さえ、最後の一機が背後へ回って、転倒した場合に頭部を支える。役割分担も、進入角度も、完璧だった。
降下艇へ帰ろうとする少女、笹八家星火が振り返った。
一機目が伸ばした指は、空を掴んだ。二機目が手首へ触れようとした瞬間、星火は身体をわずかに傾ける。
反対側から挟み込んだ三機目も、同じように何もない場所で指を閉じた。
「あぶないなぁ、お?」
星火は転びかけた。そこへ四機目が脚を取ろうと迫る。だが、星火はちょうどその瞬間に足を置き直した。
四機目は空振りし、そのまま通り過ぎる。
五機目が進路を塞いだものの、星火はそれを避けようとして、今度は六機目の方へよろめいた。
「捕まえたにゃ!」
ポーは勝利を確信した。六機目は両手を広げ、星火を待ち構えている。
六機目の手ロボは、星火を掴んだはずだが掴めなかった。
気がつけば、六機目の横に立っている。
「わぁ、早くて器用だね、この子たち」
「よ、避けるにゃ!」
ポーは作業ズボンから端末を取り出して操作パネルを叩いた。
曖昧な「捕まえろ」という命令ではなく、一機はポーの制御下に入り動きが変わる。
ハンドユニットが旋回する。
今度は手加減しないと、ポーの目が光った。
壊さない範囲で、本気で拘束するつもりだった。
二機が床すれすれを飛び、退路を限定する。一機が頭上から降下し、二機が左右へ回り込む。残る一機は待機し、星火が避けた方向へ即座に対応する。単純な速度勝負ではない。逃げ道そのものをなくす作戦だった。
ポーはこれまで、暴れ回る貨物も、故障して跳ね回る整備機械も、この方法で捕まえてきた。
「他の星も見に行きたいんだけどぁ……」
星火が歩き出す。三方向からハンドユニットが迫った。
一機目を避ける……というか、まるで滑るように取り逃す。
二機目が外れる……というか、まるで手ロボが力を失ったように取りこぼす。
三機目と四機目が左右から挟み込む。
星火はしゃがんだ。五機目がその先を押さえる。ところが、立ち上がった星火は、なぜかそのわずかな隙間をすり抜けていた。
まるで摩擦のない物体を掴むかのような、水か空気でも掴むかのような気持ち悪さだった。
「な、なんでにゃーっ!」
目はないが睨むように六機すべてが停止し、ポーも、星火も、しばらく動かなかった。
「……すごいね。一体ずつじゃなくて、みんなで役割分担してる」
「ぐぬぬぬぬ……余裕を見せてなんのつもりにゃ!」
星火が評価するとおり、六機の連携は完璧だった。通信遅延はなく、位置情報も正常。推進器も把持機構も、予測演算も問題ない。それなのに、星火だけが捕まらない。
特段、彼女が速いわけではなかった。
ポーの目でも、動きは追える。それでも、捕まえようとした瞬間だけ、まるで気体を掴むように掴めない。
「なんでにゃ……」
ポーは端末を見つめたまま黙り込んだ。
異常はない。ハンドユニットにも異常はない。ならば、問題があるのはたぶんあいつだとポーは結論付けた。
「……おまえ、なんかやってるにゃ?」
おかしい……とポーはここでやっと頭脳を使い始めたが判断が遅い。
ポーと同じ準知的生命体にも、強い者はいくらでもいる。
筋力が異常に発達した種族もいれば、反応速度が機械並みの種族もいる。重力の強い惑星で進化し、一般的な宇宙船の隔壁なら素手で曲げてしまうような者だって、ポーは見たことがあった。
だから、これだけなら珍しいだけだ。そういう準知的生命体なのだろう。きっと、そうに違いない。
「……じゃあ帰るね」
「ま、待てにゃ」
言った本人にも、何を待たせたいのか分からなくなっていた。
ただ、帰らせるのは嫌だった。さっきの撫で方を知ってしまった以上、あれを一度で終わらせるなど、ポーには考えられない。
あと普通に母船からの攻撃も怖い。
しかし、捕まらない。六機を使っても、なぜか捕まらない相手をどうすればいいのか?
ポーは会話で引き伸ばすことにした。
「おまえ……ほんとに、この星の持ち主なのかにゃ?」
「うん。そう言われた」
何なんだ、こいつはとポーの判断があちこちへと飛ぶ。
どうやって手ロボからすり抜けているのか、星を所有してるとはどこの富豪なのか、母船はどこなのか、星系から逃げるまで人質として役に立つのか、もしかしたら帰すといえば見逃してくれる相手ではないのか?
考えがとっ散らかっているポーが一歩下がると、星火が一歩近づいた。
「く、来るなにゃ」
「え?」
「そこで止まれにゃ」
ポーは腰のホルスターへ手を伸ばした。
それを見た星火の目が輝く。
輝く目の中には、♂のマークのようなものが瞬いていた。
「それ、銃? 宇宙の銃なの? なにが出るの? ビーム? レーザー? 熱線とか?」
「ななな、なんなんにゃ、おまえ、なんなのにゃ!」
銃を知っているのに、まったく少女は怖がっていない。だからポーは少し怖くなった。
我慢しきれず、抜くつもりのなかった銃を抜き構える。
もしかしたら危険な生命体かもしれないと、今更ながらにポーは警戒しはじめた。
星火は止まった。ポーはさらに後退し、二人の距離が広がる。少し安心した。そのまま後ろへ下がり続ける。
「と、とにかく動くなにゃ! 帰られたら困るにゃ!」
「えー……。じゃあ、そうだ。代わりにもう少し撫でるから解放……」
「動くにゃーっ!」
不意に近づき始めた少女に対し、ポーは思わず引き金を引いた。
引いてしまった。
乾いた破裂音が格納庫に響き、撃った本人が直後に呆然と固まった。
星火の胸元に、大きな穴が開いて、いや小さな穴が……いや小さな穴も開いていなかった。
星火は自分の胸を見下ろし、ポーも同じ場所を見つめた。
やがて星火が、服に開いた穴へ指を差し込む。
「うわっ! 銃弾じゃないんだ! ちょっと熱かったから、いまのブラスターってやつ? エネルギー弾?」
「…………ちょ、ちょっと待つにゃ」
ポーは星火から銃口を外して、なんどか自分の銃を確かめた。
もしかしておもちゃか、護身用の擬似痛覚刺激銃だったのかという疑いで確かめる。
間違いない。長年使っている愛用の熱線追加質量銃である。
……当たったのに、死なないどころか服に穴が空いてない?
ポーは銃の出力表示を確認した。正常。弾倉も正常。もう一度、星火を見る。彼女は何事もなかったように立っている。
「……もう一発撃っていいかにゃ?」
「正当防衛していい?」
ポーが確認のため銃口を向けていいか尋ねると、さすがに2度目はないと星火は小さな拳を握った。
「そうなるよにゃ〜!」
ポーは背中を向けて逃げ出した。
「え、どこ行くの?」
「来るにゃーっ!」
ポーは通路を駆け抜け、隔壁を一つ閉じた。星火が追いつく前に次の区画へ飛び込み、叫ぶ。
「ハンド!」
六機が即座に追従した。二機が隔壁を閉鎖し、一機が操作盤へ接続する。二機が非常用固定具を展開し、残った一機がポーを掴んで、転びかけた身体を引き起こした。
「ありがとにゃ!」
やはり優秀だ。こいつらだけは裏切らない。
隔壁の向こうから、星火の声が聞こえた。
「ポー?」
「来るにゃ!」
「ボク、帰りたいだけなんだけど。ボクの艦載艇の前に君の宇宙船があるんだよ」
「別の出口から帰れにゃ!」
「そうなの……。え? どこ? わからないよ」
そうだった。ポー自身が彼女が逃げないように宇宙船を突き詰めて停船したのだった。
宇宙船へ逃げ込めばよかったとポーは後悔したが、もう一つ、方法がある。
この格納庫は、本来なら外部作業艇や採掘機を出し入れするための区画だ。非常時には内部隔壁を閉鎖したうえで、外部扉を開放できる。完全な真空にする必要はない。圧力を大きく下げれば、普通の生物はまともに活動できなくなる。
ポーは耐圧区画へ飛び込んだ。
「ハンド! 格納庫外扉!」
作業機たちが一斉に動き出す。一機が安全確認を行い、一機が内部隔壁を固定する。一機が緊急排気系を起動し、残る三機が外扉の機械ロックを順番に解除していく。
こういう仕事なら、本当に速い。
『減圧開始』
警告表示が点灯し、格納庫内の空気が吐き出されていく。隔壁越しの映像に、星火の姿が映った。
「ごめんにゃ!」
ポーは思わず謝った。
「ちょっとだけだからにゃ! 動けなくなったら、すぐ戻すにゃ!」
圧力が下がる。星火の髪が乱れ、服がはためいた。彼女は耳を押さえる。
「耳、変な感じ」
「そうなるに決まってるにゃ! ちょっとだけだから平気にゃ!」
「そうなの? じゃあ、気にしないね」
さらに圧力が下がる。
呼吸困難、意識混濁、運動能力の低下で、通常の星系人ならば、まともに立っていられるはずがない。
──そのはずだった。
星火は平然と、まだ立っていた。
「…………うそにゃ」
愕然とするポーに対し、星火は格納庫の表示板を見上げて指差す。
「ねえ、これ、数字減ってるけど」
「減圧してるにゃ!」
星火が隔壁へ近づいてくる。
「来るなにゃああああっ!」
ポーはバタバタと壁際まで逃げた。
その動きは宇宙の猫というより、カートゥーンの猫の動きだった。
「エントに連絡したほうがいいかな?」
「誰にゃ!」
「宙焔の統括AI。ボクの宇宙船の」
ポーは黙り込んだ。
隔壁の向こうで、通信手段を探している星火をしばらく眺める。
画面の中ではどれが通信機かわからない、そんな動きをしているが……油断はできない。
「おい、その船。どこにゃ?」
「見えにくくしてるって言ってたよ。ポーは気がつかなかったかな?」
ポーはゆっくりと周囲の探知情報を確認した。何もない。何もないからこそ、嫌な予感がした。
少女は低圧の格納庫で平然と立ち、画面越しながらこちらへ話しかけている。
「ねえ、ポー。ボクの星にいた宇宙海賊がいた場合、どうしたらいいの」
「…………」
それを宇宙海賊に聞くのか……と、ポーは戦慄した。
こいつはまともな精神構造をしていない。
ここでポーは一つ、思い当たる節があった。
銀河は広い。その銀河にはポーのような準知的生命体と違い、汎銀河中央政府から上位の存在として認められている【知的生命体】がいる。
行動だろうと、国家だろうと、概念だろうと、なんでも一回休みにする存在。
所有物を最適化し、絶対的な所有者として、銀河に君臨する存在。羨ましい。
思うがままに、宇宙のルールを上書きする存在。ズルすぎる。
破壊した物を妊娠させて八つの子供を産ませる存在。なんだこいつ。
連続性を切り、技術ツリーや歴史の整合性すらバラバラにしてしまう存在。意味わからない。
そのどれもがそんな能力、権現を持ち、そしてゼロ気圧、ゼロ生存圏というゼロゼロ環境で生きることができるという。
だれもが知的生命体と呼ばれ、どれもまともでなく、だがまず出会うことがない存在。
まさか、と思っているポーに、星火が画面越しに優しく語りかける。
「でも、ボク、怒ってないよ。安心して、ポー。気にしてないから」
そういえば、彼女は何度かある言葉をことあるごとに口にしている。
気にしていない。
その言葉がポーの勘に妙なほど引っかかる。
「ポーはお前を撃ったにゃ、隔壁閉じて減圧までしたにゃ」
「気にしないよ」
「……なんで減圧して大気がほとんどないのに、こいつ喋れるにゃ?」
肺に残っている空気を出して震わせているとしても、それが空間を通じてデッキのマイクに拾われるはずがない。
「ボクが気にしてないからかな?」
星火が微笑んだ。
その笑顔が、怖かった。
「そうだ。一緒にいて欲しいなら、ボクと一緒に来て」
「嫌にゃ」
「なんで?」
「ポーは海賊で、捕まったら強制労働にゃ! それと単純に怖いからにゃ!」
星火は、少し傷ついたような顔をした。
その表情を見て、ポーはほんの少しだけ罪悪感を覚えた。
が、それは本当に、ほんの少しだけである。何しろ、銃が効かなかった相手だ。
効かないだけならまだしも、服も焦げてすらいないとは理解できない。
「何もしないよ。ボク、何も知らないから、何しようとも思ってない。せっかく最初にあったここであった人だもん。ポーと友達になりたいし」
それなら、信用してもいいのかもしれない。
しかし、このまま自分の隠れ家に置いておく方が、よほど怖い。
母船から一斉射撃を受けるより、捕まって刑期を終えた方がマシかもしれない。
ポーはしばらく考えた。
「…………行くにゃ」
「ほんと?」
「ただし、ポーは捕虜じゃないにゃ! 客にゃ! それでもいいかにゃ」
「いいよ、ボクは気にしないよ」
「ハンドたちも一緒に行くにゃ!」
「もちろん、いいよ」
ポーは隔壁のロックを解除した。格納庫の圧力を戻すと、六機のハンドユニットが、せっせと内部を通常状態へ復旧していく。
一機が扉を閉め、一機が気密を検査し、二機が排気系を切り替える。残る二機は、騒ぎで倒れたコンテナを元の位置へ戻していた。
働き者の姿を見ていると、ポーは少しだけ心を落ち着けることができた。
「行くよ、ポー」
「待つにゃ」
「なに?」
ポーは逃げる時に床へ落とした銃を拾い上げた。少し考えたあと、質量弾倉を抜く。さらに考え、銃そのものをハンドユニットへ預けた。
「持っといてにゃ」
ハンドユニットが人差し指と親指で銃を摘まむと、くるりと半回転して逆側の二本目の親指を立てる。
「かわいい子たちだね」
「ポーの仲間にゃ。新品で購入して、改造してここまでになったやつらにゃ」
そこだけは、少し誇らしかった。
二人は星火の小型艇へ向かった。乗り込む寸前、ポーは念のため尋ねる。
「……ほんとに、母船が近くにいるにゃ?」
「うん、あるよ。あっちのほう」
降下艇の扉が閉まり、近くの座席へ身体を沈めながら、ポーは思った。
こんなことなら、海賊団から逃げ出さなければ良かった、と。




