嘘
主要人物
加藤清志 松山警察署刑事
林 松山警察署刑事
坂田 松山警察署警官
黒田 本庁刑事
新田 本庁刑事
「ああ、わかった。」
林の電話がけたたましく聞こえるのは、大会議室の静寂のためか、はたまたスマホに着信があると怪しまれるからなのか。俺だって連絡を取りたいと思う者たちは多く、怪しまれるというよりも多数の冷ややかな目を向けられている。
「やはり爆発がありました。」
俺まで怪しく見られてしまうのはほどほどに、まるで獲物を誘き出すように届いた予告状の発信地には、予想通りの爆発物が仕掛けられていた。
「証拠隠滅でしたか。」
「話が早いようで。」
ベテランとして任せられているだけはある。想定通りの動きを犯人がやってくれて、少しばかり安堵している様子だが
「警官の容体は?」
「火傷を腕に負ったようです。今手当をしておるようですが、大事はないでしょう。」
「それはよかった。」
嘘をついている様子はないが、その微笑みにいくつもの疑惑を垣間見てしまう。細かな皺の一つ一つから、本当の自分が滲み出てこないようチャックをしている。
「容疑者の行方よりも、我々の身内の心配をしてくださるんですね。」
微動だにせず顔も固定されたまま
「身内を失うことが一番辛いですからね・・・。」
そう言われてしまったら、黒田という人間を意識せざるをなって得なくなってしまう。まさに、脳内に入り込んできた特殊人間のようで、彼を思うと新田のことなど赤子のように見えてくる。
「何か情報を得たようだな。」
「はい、署長。長浜駅に向かった警官によりますと、不審なノートパソコンを発見し、回収時に爆発しました。」
お決まりの展開と言えばそうだが、彼らが経験するものは事実は小説より奇なりというもので、目の当たりにする現実は人づてに聞いたものであっても、身が引き締まる。
「あなた、口外したと言うことですか。」
「いえ、不審物があるとの通報で向かった結果、予告と一致したということです。」
嘘ではないが、嘘である。そうした情報の整理ならおたくらの方が、というのは冷静さを必要とする今する話ではないな。
「皆さん、このように犯人は本気です。ですから協力を強化していきたい。」
この言葉を言うにはそれなりの立場が必要になるが、目くばせをしても署長が気づくこともなく、林がそれとなく察して発言する。同じ人物が何度も喚いていれば、別の人の叫びが聞きたくなるものだ。
今こうして見渡していても、我々の衰退というものは確実である。否応でも表現される我々と本庁の人間の対比は、ただそこにあるだけと言うには大仰であり、自分たちの価値や地位を明確にするために用意されたもののように感じられる。全てを観察し情報収集するのに長けた本庁側においては、不安げな顔をする田舎の老刑事や初々しい新人の眼差しを以てして、いかに頼りないかを実感していることだろう。ずいぶん前から危惧していた組織的な問題は、人間関係が命の田舎社会においても、命すら敵わない凶悪的課題になってしまっている。そして崩壊する一部始終を同じ警察である彼らが、まじまじと観察するしかないということについて、本当に不幸なのは誰なのか。
「署長、困ったことになりました。」
科捜研らしき人物が耳打ちをしているようだが、耐えがたい腹痛を味わっている時のように悶えた様子から、いいニュースではないようだ。
「あの事件は時効のはずだぞ。ありえるのか。」
興味をそそられたのは、我々だけではなかった。目を離した隙に、黒田は間合いを詰めて署長の眼前に迫り、老年のお見合いが成立したようだ。
「詳しく。」
今から数十年前に神隠し事件が発生した。事件とついているだけあって、行方不明になっていた人物の中の一人が、遺体となって発見された。被害者は15歳の少年であり、当時の警察が想定した被害者の年齢よりも上であった。遺体には指と足に欠損が確認されており、意図的に切り落とされた痕を発見したことで、殺害遺棄事件として立件することになった。だが、それ以降の進展や発見はなく、あえなく時効を迎えてしまった。その当時行方不明者として想定されたのは、全員で12名。その全員が関係しているかは不明であったが、今日まで誰一人として発見されていない。有力な情報も証拠もあまりなく、捉えどころのないこの事件については、神隠し事件として揶揄されるようになっていった。
「重要なのはその少年ですね。彼だけが見つかったわけですから。」
新田が久しぶりに口を挟む。
「その少年が犯人と接触したであろう場所は、どのようにお考えで。」
「好奇心が旺盛で活発な男の子だったらしいです。行方不明になる前日もちゃんと学校に通っていましたし、どこにでもいる普通の少年すぎて。」
「その事件と今回の関係とは。」
「そうですね・・・。」
答えづらそうにしているのを見て、新田ではなく黒田が肩をポンと叩き
「協力させてください。」
その言葉に背中を押されるようにして、そして黒田の手中に収まるように丸くなる。
「かつて行方不明者として処理されていた二人と、今回発見された二人のDNAが一致したのです。」
その答えが示す意味を理解するのには時間がかかった。気が緩んでざわざわとする会議室であっても、ここだけは静寂を守り抜いている。
「運よく行方不明者の家族が存命で、検査したところほぼ一致したと。」
「お顔は拝見されたのですか。」
「泣き崩れて、抱きしめたいと。」
私はその一瞬を逃しはしなかった。新人警官の坂田の眉が大きく上がったり下がったりを繰り返し、顎に手で触れて口をもごもごとしている。軽い電流が前頭葉付近にビリリと流れる感覚の後、搭載された古いモーターが稼働し始める。
「坂田、聞き込みがしたいのか。」
「はい。聞いていいのかがわからないんです。」
彼の嗅覚的なものを信じたい一方で、人を怒らせるようなことはしたくない。身内のことはどうでもよいが、市民の感情を逆撫ですることは避けたい。
「では、全員で行きますか。その方が”裏切り”もないでしょうし。」
こうして協力する空気感であったり、殺気が馴染んで落ち着いた周囲の面々であっても、常に疑いを持って監視し合っている。誰も死にたくはないようだ。
霊安室があるのは、声が届かないような静かな場所である。ここで泣いたとしても、外の人間に聞かれることはない。都会に比べて利用されることは少ないが、それでもちゃんとした設備ではある。
「やはり、どこも同じですね。」
ぐったりと床に座り込み、時間をかけて心の整理をしている途中であろう。犯されるべきではない聖域に、これから入り込んで会話を試みるわけであるが、神の逆鱗に触れまいかは新人にかかっている。
「この度はご愁傷さまです。事件解決のため、お聞きしたいことがあるのですがよろしいですか。」
疲労した身体に大きな衝撃が走ったようで、飛び上がるように両肩が反応する。冷静でいたいけれど、手の先が震えて止まらなくてしかたがない。それを目で追ってしまい、その度に優しい人間でいたいと決心をする。
「ありがとうございました。これで安心できます。」
「井上さん、こちらの坂田警官が質問いたします。答えたくないことがあれば、私の方を見ていただければ十分ですので、ご協力お願いいたします。」
軽く頭を下げつつも、緊張の糸が擦切れてしまいそうな気分である。それに妙な安堵感と温かさを感じて、ここが霊安室であることを忘れてしまいそうである。
「はい、なんでしょうか。」
「息子さんは、心霊スポットに行かれてませんか。」
「ああ・・・。」
もう70歳を過ぎようという女性が、5人の男性の前で大きな落涙をし、床に落ちる涙の速さは過ぎ去った時間を感じさせない。我々は互いに顔を見合わせて黙っているしかなかったが、待ち望む心の声が瞳から溢れている。瞬きをすれば、私も涙を流してしまうかもしれないので、目元に力を入れていたけれど怒っているように見えたかもしれない。
「やっと聞いてくださいましたね。あの時からずーっと言い続けてきたんです。おたくらは取り合おうとしてくれないから。」
「ということは、行方不明になる日の付近にも。」
「はい、行きました。」
かつてのホラーブームに乗っかって、心霊スポット巡りなるものが流行ったときがあった。その際の補導をするのは警察であるから、だいぶ嫌な思い出がある。しかしながら、本当に霊的存在がいるということを信じる者は、警察側にも補導される側にもいなかった。より恐ろしい場所というよりも、補導されないであろう秘密スポットを目指して、捜索班に面倒になる者も多かった。当時の調書には心霊スポットに関する記載はなく、連続行方不明事件においては相手にされなかったのであろう。特に地元においては、心霊スポットなる場所も3つか4つしかなく、行方不明になるだけの立地はない。
心霊スポットに行ったということは、初めて聞く情報であると同時に、行方不明になった初めての人間であると思う。
「どこに行ったかまでは、どうでしょうか。」
「それはわかりません。」
十分な情報を聞きだせたことは、この坂田あってこそであろう。本庁の二人も私たちもであるが、あらゆることが起きすぎて脳内で整理することができなくなっている。
「すいません、ありがとうございました。よろしければお見送りいたします。」
「どうも。けれど・・・。」
「なんでしょう。」
「きれいなままで見つかって良かったです。あの、ずいぶん前に見つかった、誰でしたっけ。あっ、湊君は遺体を辱められていたんですよね。儀式のようだって週刊誌で見ましたけど、うちの子は大丈夫そうで。」
それは誰しもが持っていて、不意に顔を覗かせる。どんなに悲しみに暮れて流す涙も尽きた母親であってもだ。こういう状況もあって、敏感にならざるを得ない。井上さんを見送った後、坂田と二人で話すべきことがあった。
「なんでわかった。」
「自分、心霊とか呪いとかが好きで。あの神隠し事件も有名なんですよ。当時はホラーブームでしたから、もしかしたらと思って。」
「これからも頼むぞ。」
彼が期待できる人物であると思っていたが、そういう趣味があることには驚いた。しかしなるべく素振りを見せずに颯爽と去る。彼のやる気を削いでしまえば、事件解決に関わるような気がしたからである。
「続いてのニュースです。昨日未明、〇×において原因不明のウイルスの感染者が確認されました。感染状況は不明であり、WHOは先ほど会見を開き・・・。」




