これは戦争になるだろう
(登場人物)
加藤清志 松山警察署刑事
林 松山警察署刑事
坂田 松山警察署警官
署長 松山警察署署長
黒田 本庁刑事
新田 本庁刑事
的場 松山警察署地域課 巡査
橋本 松山警察署地域課 巡査
警察に向けた挑戦的な予告。それは、警察内部を怒らせるのに十分な仕事をしただろう。
「あれがただのイタズラでなかった以上、無視はできんな。」
いつもは威勢の良い若人も、やる気の溢れるベテランも、いざ殺すと予告されると怖気づいてしまった。背筋が凍ることはないはずだったが、疑心暗鬼にかられてちらちらと目くばせする時間が続いた。異常な事件ではあると事前に聞かされていた本庁の人間も、リアルタイムで届いた予告には味わったことの無い汗をかくしかない。
「どこから届いたものかは分かりますか。」
「ええ、発信源は長浜駅というところです。」
「それは、ここからどれくらいで。」
「車で30分です。郊外電車の駅なんですが、海が見渡せるということもあって観光客の多い駅で。」
しかし、会議室から出てはいけない。身内を疑うわけではないが、この中に犯人がいるとすれば都合よく舞台を整えれるわけだ。しかも強面の大男共が、か弱い花のように風に揺られている様子は見ものである。いくら身内を嫌っている私でも、同情をしてしまう。こう犯人の手玉に取られている我々を見ればこそ、逆説的に正義感をくすぐられる。それは、新人であればなおさらである。
「自分、行ってきます。」
「坂田、やってくれるか。」
少しばかり期待していた自分がいて、彼の声を聞いて安心した。その安堵の顔を覗いた本庁側は、当然不安にかられる。
「地元の捜査力に疑問を投げかける気はありませんが、ここからは出しませんよ。」
「そうですよね。迂闊でした。」
「署長、行かせてもよろしいですよね。」
私は、酒の席と同じぐらいこういう場に強いのだ。誰を推して、誰と協力すべきかを。この場における一応のトップは署長なのだ。いくら捜査協力を要請したからと言って何から何まで言いなりにはならない。
「加藤、できると思うか。」
「もちろん。」
「俺が命令できると思うかだよ、坂田のことではない。」
「ですから、もちろん。」
すかさず本庁の人間が口を挟む。
「あんた本気か。」
ここで話し続けるのではなく、じっくりと相手の目を見つめるべきだ。言いたいことを言うだけではなく、私の全てで意図を伝えた方が場を支配できる。
もちろん、向こうのボスもそうさせたくはない。
「そういえば自己紹介がまだでしたね、黒田です。ほんでこの威勢の良いやつが。」
「新田です。」
「私たちもここに来た意味がありますし、それなりの仕事がしたいです。この場から外に出た時、もし犯人が紛れ込んでいるのなら失態になりかねない。責任は取りたくはないですよね。あの場所には別の警官を向かわせればよろしい。我々が行くべきという理由にしては弱いのです。それに予告では、この場の誰かを殺したいのでしょうから、散らばってしまう方が負け戦になりかねない。そうでしょう。」
どうして、こう争ってしまうのだろうか。事件を解決して安心したいというのも一理、住民に安心を与えたいのも一理、功績を挙げたいのも一理。この状況を引き起こした犯人の片棒を担いでいると言っても過言ではない。胸の底にある悪意の箱を閉めるには、どうしても成果を上げる必要がある。だからと言ってこのまま黙っているわけにはいかない。
「黒田さん、決断の時だと思うんです。」
「加藤さん、城を開けろというんですか。」
「もしも、現場に行くことで何か起こるとすれば、どれくらい時間がかかるかも重要だと思うんですよ。犯人もここから30分かかることは織り込み済みだと。なら、ここで右往左往していればいるほど、犯人にとって厄介なんですよね。」
周りの顔色を見渡すが、変化はなし。
「お互いのどちらかに裏切者がいるとすれば、そこの坂田君が危ないのでは?」
「いえ、ありえません。」
「身内ですからねぇ、責めるのは私たちにお任せください。」
「混乱させたいのならどうぞ。その代わり私が現場に向かいますから。」
黒田という人間は、少し小太りの白髪であるが聡明なのが見てわかる。穏やかさとは裏腹に、やるべきことはやってきたと噂されている。若く実力のある新田が自由に振舞えているのも、この黒田がケツ持ちだからだろうな。
お互いにぎくしゃくしている中で、署内の潤滑油こと林が加藤に話しかける。それぞれがこの穏やかではない状況で、役目を果たしている感を出している。
「加藤さん、もう年なんだから。」
「林。」
二人はひそひそと何かを企てている。それは黒田の目からは逃れられない。冷静になるべき時は突然やってくるものであるから、いつでも準備していなくてはいけない。聡明と呼ばれたびに、今にも走り出しそうな暴走列車を止めるのに必死なのだ。それを誰も知らない。それがとても心地いい。
「黒さん。」
「ああ、この調子でいけば。」
こちらも計画を立てて望んでいるに決まっている。協力と言っても心までは共有できない。
「とりあえず、この部屋に不審物がないかチェックしますか。」
振り返る加藤の顔は真っ白なキャンバスのようで、しだいに淡い赤色やオレンジが浮かんできている。それが炎に見えるまでに時間はかからない。
「あれは、合図だな。」
黒田だからこそ理解できるのだ。ベテランとは、死闘を勝ち抜いてきた者とはそういうものだ。
「そうですね。みんな、各々のチェックを頼む。」
一方、長浜駅には見張りを頼まれた地元警官が急ぐ。
「林さんから来たか。」
「はい、駅舎の中です。」
二人の男性警官は、車で駅近くまで寄せていく。止められる道の端から20メートルほど離れて駅があり、収容人数は10人くらいの小さな駅ながら、観光客向けの小さな店舗と自販機が二つもある。10台ほどが止められる駐車場も存在したが、今は封鎖されている。確かに人通りの多い場所ではあるが、田舎の中ではの光景である。
「爆弾ですかね。」
「その可能性もあるが、処理班の協力が必要になるな。」
「では僕たちだけでは。」
「それほど切羽詰まっているということらしいな。」
二人は最後の観光客を見送った後で、若いほうを駅の見張りに立たせ、ベテランが内部の様子を確認する。そして、それを見計らったように古い型のノートパソコンが、目立つ椅子の上に鎮座されていた。
「橋本、ちょっと。」
いつものように仕事をこなす冷静さを持ちつつ、先輩の落ち着いた声色に覚悟を決める。
「これだな。」
「林さんに連絡します。」
古いとは言えもう少し大事に使えなかったのかと思うほど、傷ついてボロボロである。というよりも意図的に落としたような欠け方をしていて、正常に起動するかどうかすら怪しい。
「爆発物の可能性もある。」
「どうしますか。」
「こういう状況だ。無理するしかない。」
ベテランの的場は、こういった状況を打破するために思い切った行動ができる。始末書を書けばいいと思っている派だが、手にしたパソコンの異様な感触と違和感に一瞬静止した。
「どうしました。」
「熱い。」
うつむいたかと思えばキッと顔を上げ、その目には二つの感情が拮抗している様子が浮かんでいる。独特で何度か対面したことのある特異的な感情によって、少しばかりパソコンが開いてしまう。その隙間から本来見えるはずのない光が、じんわりと力を膨張させて変色していく。まるで痴れ者に触れるが如く、追い詰められた人間の驚異的なバネによって、的場の手からノートパソコンが放たれた。美しい放物線を描くあまり、橋本は見とれてしまっていた。本格的な夏が始まる前なのに、ギラっと輝く太陽の光線が降り注ぐ。それでも、回転しながら落ちてゆく銀色の円盤は、それ以上の光を放射しているのだ。
「伏せろ!」
あっけにとられた若者を、このベテランはタックルによって制圧した。二人が折り重なるように倒れこむ間も、まだ円盤は回転している。世界がゆっくりと流れている間は、何も心配する必要はない。それに運の良いことに、長浜と駅名になるぐらいだから海が広がっている。その海をめがけてパソコンはゆっくりと慎重に進んでいる。そして誰が見ても危険な光を発して、誰もが想像する展開になっていく。
海面に触れると同時に、ノートパソコンは木っ端みじんに吹き飛んだ。その威力には、線路と防波堤も耐えきれず散ってしまう。大きな水しぶきと、破裂した鉄と石と鋼とが一つの大きな花火のように炸裂した。もちろん、空にだけではなくこちらにも向かってきている。的場の投擲は、数百数千倍になってお返し願われた。成人男性が折り重なるように触れていたおかげで、顔は隠せていたが足と腕にダメージを負うことを回避できなかった。刺さるあらゆる鋭角に、体全体が一つの塊になってしまう妄想をするのは容易く、的場は橋本を使い、橋本は的場を使い、お互いの愛を超えた接近によって何とか命までは取られないようにした。
「耐えろ!」
「うおおおお!」
一瞬の出来事とはいえ、死を前にした者にとっては永遠の苦痛であった。それでも生きて林に報告ができたということは、日々の研鑽のおかげであろうな。
「生きてるか。」
「一度死にました。でも先輩のおかげで二度目は回避できたようです。」
「お互い、体だけは丈夫だな。」
ここで大きな爆発があった、ということを説明するのに十分な光景である。咳が出るあたり喉は焼かれていないようだ。
「林さんからは。」
「”触れるな”」
「なら間違ってないな。」
「どこに連絡しましょうか。」
あらゆる面倒くさいことを頼まれた委員長のように、顔の中心に目と鼻と口を寄せ集め、小さな口で大きなため息を吐く。悪を正すことを理想とし、悪にお縄をかけることを目指して動いてきた彼らに、その先に訪れるであろう苦痛と緊張の日々を想像させれば、例え犯人逮捕を目標としても耐えがたいほどの波が襲ってくる。そこから逃げ出してしまえば、悪意に屈してしまうことになるだろう。それらを深い底に追いやって、固く扉を閉めて、いつでも監視できるように心の中に置いておく。そこでようやく正義を語れるのだ。その作業には時間がかかったが、半ば諦めたようでもあり自信に満ちたようでもある面持ちで、林に電話をかけた。
すぐ側で、音もなく蓋が空いてしまった若者の心を、普段では使わない言葉で制止をしつつ、手を取って一緒に悪意に蓋をする。人よりも多く歳を取ったものだからこそできる、人生芸なのだ。
「橋本、これは戦争になるだろう。」




