出会い
(登場人物)
加藤清志 松山警察署刑事
林 松山警察署刑事
坂田 松山警察署警官
署長 松山警察署署長
黒田 本庁刑事
新田 本庁刑事
「これから松山市内にて発生しました、死体遺棄事件の報告をいたします。」
例によって起立の大声が鳴り響く。しかし、我々の管轄では聞きなれないような若々しい艶のある声が揃っているようで、我々の仕事が取られる心配をする者もいる。彼らの目を見れば、多くの凶悪事件を扱ってきたであろう経験や求心力や自信のようなものを感じる。瞳は燃えており、今回も名を上げてやると前のめりの姿勢であるが、どこかで辺境の地を蔑むような眼差しも感じなくもない。
「加藤、報告を。」
「はい、昨日午後5時50分に男性一名、女性一名の死体が埋まっているのを発見いたしました。ここにあります遺跡の発掘調査場所の二点でございます。」
立ち上がって、地図を指差しながら説明をする。
「遺体は両方とも手と足を縛られた状態で埋められていました。切断痕はなく、性的な暴行をされた形跡もありません。しかし、奇妙と言えるのは深さ260センチほどの穴に縦に埋められていたことです。」
革命家が人々の反応を思うままに動かすというのはこのことか、という具合に目を見張り見渡すと、例え残虐な事件を扱ってきた手練れと言えども、初めての経験をする青二才のようにざわざわと騒いでいる。
「今回の事件に際して、このような予告状が警察署に送られてきました。」「これは原本ではないですね。」
「はい、文字の鑑定を行っております。」
まさか、本物とは思わずくしゃくしゃにしてしまったものを見せるわけにはいかない。彼らの皺のないスーツやシャツに対して、こちら側の持っている予告状というのがあまりにも対比的になって、私たちを映す鏡のようになって、ますます署長の顔色が青ざめてしまうからだ。
「身元の確認については現在調査を行っているわけですが、本県出身ではない可能性も考えて、他県にも協力を要請しております。」
一番前の席に座っていた、いかにも優秀そうな捜査官が口を開くと、吸い込まれるように周囲の視線を集め、我々も例外ではなかった。
「予告通りなら、あと5人が犠牲になるのか。すでに死んでいる可能性もあると。」「ええ、その可能性もありますが、わざわざ警察署に届けるほどの挑発的な人物なら、新しい予告を出すと思われます。それに、遺体の埋葬方法についても特殊というか、儀式的なものを感じる。もしも、被疑者が何らかの儀式を用いて世論を混乱させたり、警察に挑戦しようというなら、予告のタイミングも意図的にすると思いますね。」
やはり堅苦しい言い方は慣れない。どうも本心が言えないようで、舌が思うようには回らない。報告をする代表である手前、感情的にもなれないでいる。
「加藤さんと仰いましたよね、具体的にはいつ予告がされると思いますか。」
「ええそうですね。」
勿論、頭の中には浮かんでいないのである。どうにか暗中模索の中で蜘蛛の糸を見つけたいところだが
「もしも、すでに遺体を処理しているのであれば、1週間以内に。冷凍保存をするだけの機能を持ち合わせているのであれば、逆算して大型の冷却機能を持つ店舗や工場を捜索する必要がありますね。」
と言うだけで精一杯。ぎろりと嗜めるようにして、次は新人の坂田に檄を飛ばす。
「坂田警官も現場にいたとか。」
「はい。加藤刑事と林刑事に同行しておりました。」
「この予告について詳しくお聞きしたいのです。」
現場をしかと見た当事者である彼は、自信をもって答える。
「予告状の最後に、止めてくださいお願いします、とあります。全体的に拙い文章でもあるので、許しを請いているようにも見えますが、それを逆手にとって同情を誘っていると思います。」
3秒間の沈黙があり、鳴き終えた雀が飛び去っていくのがよくわかる。うんうんと頷きながら考えているのを見て、まるで審査の側に立ったような愚かさを垣間見た。地元の警官たちの視線が、徐々にいつもの目に変わってきていた。
「確かにそうですね。しかし、このような愉快犯が脅しではなく本当に殺人をしていたとなると、今までの常識が通用しないと思いませんか。私が思うに、この予告状と同じようなものが、警察署以外にも届けられていると思います。それこそ、この予告状を書いた被疑者の自信や計画性を象徴するかのようにね。」
それは一理あるだろうが、この狭い田舎社会でやるには相当な隠れる技術がないと難しい。都会のように無関心ではいられないし、SNSの普及によって急速に伝達されるだろうから、こんな田舎で犯罪を起こすリスクを考えれば疑問が残る。
「被疑者の姿はわからないのですか?」
「ええ、カメラにも映っていないというのが不思議で。まるで風によって運ばれたみたいに。」
「カメラの映像が別のモノに置き換えられた可能性は。」
「それはありません。常に警官が外に待機しておりましたし、誰かが侵入したという形跡もありません。」
「ということはですよ、話を聞くだけでは整理できませんが、突然この予告状が現れたという風に聞こえるのですが。」
「はい、その通りです。」
今日一番のざわめきはここであった。警察が警察を非難している。
「いくらなんでも疎かすぎるのではないか。」
遠くからヤジのように飛んでくる。が、反論の余地もない。
「しかし、これが全てなのです。」
「いくら予算が無いといっても、重大な犯罪をみすみす見逃すなど。」
さぁ出番と言わんばかりに署長が席を立つ。それは見事なほどの低姿勢と言うべきであろう。
「皆さんのお力をお借りしたいのです。わざわざ遠くからおいでになりましてご足労おかけしました。見ての通り、我々には十分な捜査能力が整っておりません。ですが、目下この事件を解決するべく全員が奮闘しておるわけです。それは、この凶悪な事件で市民の生活が脅かされないようにするためです。どうかこの通りです。ご協力をお願いいします。」
こうなることをわかって、まるで練習してきたかのような芝居を見せられた。しかし、本庁からやってきた奴らにとっては、久しぶりに見る人情のように感じたらしい。もう聞かなくなった上役共の嘆きを、田舎の警察署で見ることができたということに、少しばかり感心というか有難さもあっただろう。頭を下げてはいるが、その顔だけはしかと拝見できる。声をかけようとする坂田に対して、手を出すなと顔で訴えかけているようだった。
「署長さん、顔を挙げてください。我々も事件に協力するためにやってきました。これから長い闘いになるかもしれませんが、一日でも早く解決しましょう。」
本庁の方も言い慣れた様に振舞っており、ここでお互いの固い絆のようなものが演出された。私の性格上、それらに冷ややかな目で見るだけであったが、満足のいく結果になって安堵している姿だけは間違っていないだろう。
「署長の仕事はまだ終わってませんよ。」
耳元でそう呟くと、どっと疲れたような面持ちで私の肩に掴まり、一連の落ちをつけるように席に着く。署長が署長たる理由であり、人を説得するのがうまいのだ。
ひと段落ついて諸々の捜査や聞き込みをし、記者会見なりの準備といきたいところだったが、想定される犯人像であるのならより大々的に世の中を巻き込みたいはずである。
「テレビ局と新聞社に報道規制の要請をしましょうか。」
「ああ、しかし今までこういった事例がなかったから、どう伝えるべきか。」
「我々は慣れてますから、任せてください。」
しかし、恐れていたことはとても円滑に行われてしまった。
「署長、出てしまいました。」
「なに、テレビつけて。」
目を見開いて肩で息をする刑事の言葉に、皆が同じ想像をしたであろう。会議室に置いてあるテレビモニターを操作し、地元のテレビ局のチャンネルに合わせる。
「今日午前11時ごろ、サイレント・キラーを名乗る人物から犯行声明と思われるものが、届きました。こちらにあります予告状に、死体遺棄を仄めかすような文言が見受けられます。」
「おい、情報はまだ渡してないだろう。」
「はい。」
「こりゃ、漏洩ということか。」
通常、事件の詳細な情報を揃えてからメディアに流すことになっている。不確定で事件が起きているかもわからない状況では、そもそも渡しようのないことである。虚しくもメディアの安っぽい効果音だけが響き、やけに力の入った禍々しい色のテロップと編集は、煽る姿をありありと見せつけているようである。
「どう見られますか。」
「我々の過去の捜査においても、同様の手口というか煽動はありました。犯人の目立ちたがりな部分を考えると、他の局や新聞社にも予告状を送っている可能性がありますね。」
「署長、知り合いの新聞もトップで出すらしいです。」
「そうか、他もか。」
「ある種の連携をして報道しているようです。」
じっくりとテレビを見つめる林が
「全く同じ文章ですね。ひねりがありませんね。」
と、犯人の幼稚さを裏付けるような印象を、なかば落胆しつつ話している。
こういう場合、注意をすること以外できることはない。報道する自由を保障されていながらも、どこかで地元当局との連携であったり足並みをそろえたりするという暗黙の了解は、今も存在していると勘違いしていた。やはり時代の波に負けじと、各々で抵抗をしているのだろう。
「これが、彼らにとっての安定です。地元の方に肩入れしすぎないように注意してください。」
本庁の人間にとっては関係のない話であるが、地方テレビ局や新聞社の情報収集能力が劣っているわけではない。ほんの2、30年ほど前は山口組系の暴力団による抗争が頻繁に起きていた。その頃の記者というものは命知らずか、徹底的に取材をして回っていた。そのおかげか我々とも有力な関係を維持できたし、警察内部の腐敗もメディアを通して改善できた過去がある。依然としてメディアの持つ力を否定できないのが、田舎社会である。加藤や林の若い時分には、現在有力な地位に就いているメディア関係者との出会いや思い出のようなものがあって、だからこそ何の連絡もなく情報が世に出るということが不思議でしょうがない。
「林。」
加藤は、林が何かに気づいているかもしれないと思うようになった。なぜだか刑事を通して培った直感のようなものが、運命のように引き付けさせてしかたがない。顎に手をやり一点を見つめたまま、大きな謎がしたり顔で通り過ぎていくのをただ見ているだけ、というのはどうにも耐えられない。
「今回の事件、一言で言うなら悪意だと思うんだ。」
林は急に眼をそらしたかと思うと、また急に目を合わせてきて
「加藤さん、私もそう思います。」
いつもよりも自信があるハキハキとした声色で、いつ以来かの強い確信を持っている。と同時に、握った拳の先が軽い眩暈のように震えていた。そこにいるはずの林が、今だけはどこか遠くにいるような。あるいはその背中に、見えない影を隠しているような。
「お前は、憑りつかれていないよな。」
「狐にですか?大丈夫ですよ。信じているんですか。」
「変だと思わないか。あの予告状も最初はただのイタズラかと思ったが、この通り。メディアも参戦してきて、これじゃ犯人の思うままなんだよ。」
「まぁ。今までもそうだったじゃないですか。それに、犯人はなぜSNSに投稿しなかったんでしょうね。」
「そりゃ、認めた奴を相手にしたかったからだろ。犯人はネットじゃなくて、この松山を舞台に犯罪劇を展開したかったんだ。」
悩める男たちの想像力では、この事件を解決することは不可能であろう。現場の検分、死体の解剖、被害者の身元特定、そのすべてがまだ終わっていない状況だと、まとまっていないのが普通ですらある。
「すいませんね、我々が来た分せかすようなことになっちゃって。」
ベテランのおそらく年上の本庁の人間が、肩を軽くたたきながら話しかける。彼らのまとめ役であり、一筋縄ではいかない相手。
「ですが加藤さん、犯人がSNSに現れるのも時間の問題ですよ。」
その言葉通り、会議室に全員がいる状況で次の予告状が届けられた。警察署のホームページにある相談窓口に送られてきたメールは、以下の通りである。
こんにちは
サイレントキラーです
三人目の被害者は警察です
そこにいるだれかです
ひとりだけです
だれでもいいです
どうかわたしを
止めてください




