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サイレント・キラー  作者: 喜楽 一膳


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7/7

最高気温37°

(前回までのあらすじ)

連続遺棄死体事件の被害者は、数十年前に起きた神隠し事件の行方不明者と一致した。彼らに共通していると思われるのは、心霊スポットに行っていたことだった。

神隠し事件と犯行声明、そしてサイレント・キラーとの関係性やいかに・・・。





 香織について話すことがあるとすれば、彼女もまた怪奇が好きなところ。専ら江戸川乱歩やアガサクリスティーを読んでいた。確か小学生の時の読書感想文は、エラリー・クイーンの『Yの悲劇』だったような気がする。難しかったようで、途中で投げ出して適当に感想を書いて提出したらしいが、後になってつまらない感想文だったことを悔やんでいる。


「香織、推理小説とか書いてみたらいいんじゃない?」

「え?私が?無理だよ、頭悪いし。」

「頭の良し悪しは関係ないよ。読者になるからさぁ。」


 同級生として彼女の応援も兼ねてであったが、中々応えることはなく、ことあるごとに催促している自分もいい加減だと思ったから、それ以来口に出すことも無くなってしまった。なんとか恋愛をテーマに書けないか悪戦苦闘していたようだけど、いつも持ち歩いているのはミステリーものだってことは、私だけが知っている。本当は書きたかったんだよね。

 創作の苦しみは、一般的に想像する苦しみとは性質が違うようだ。途端に頭がイライラして、体がごわごわになって委縮するような感覚があり、背骨と脊椎に鍼でも刺さないと動かないような固さが、急激に襲いかかってくる。頭が沸騰するというよりは、掴みようのない白波を掴もうとして、想像力を失っていく船員のようである。目的地に着けず、波も掴めず、ただ揺られて酔っている。浮き上がってくる今日と昨日の咀嚼物が、吐き出そうにも吐き出せずに留まり続ける苦しみと言えば、伝わるだろうか。


「ここまでくると、書き続けられることが大事ね。それができるテーマならなんでもいいや。」


 ブログで高まりかけた名声を失わないように、ある程度書き続けなければならない。しかし、どうやって閲覧数を稼げばよいのかが定まらず、迷いの森の中で蝶を追いかける日々であった。クーラーの利いた部屋からは、カーテンの開ききっていない窓越しに薄い青空が垣間見える。余裕をもって反射した日差しが、ガラスの表面に化粧をするように満遍なく照らしている。こうした余暇のような環境で、世を憂いて生きていくなど到底不可能であり、現実性と理想のせめぎ合いを抱えたままでは、文字を使いこなすこともままならぬ。奇を衒うかのようにして、少し山間にある還熊神社に行ったわけだが、それで変わったかと手を当てて考えてみたが、本質的には元の堕落姫のままである。これではペルセポネも手を差し伸べたくはないだろうな。


「今回の予告状と長浜駅で起きた爆発、これらに一体どのような関係があるのでしょう。榊原さん、どうですか。」


 私の部屋には、一人暮らし時代のテレビが置いてある。一人で見るには十分で、大学に通うために一人暮らしをしていた時期に買ったもの。戦利品とはいかないが、地元に引き上げてきたため、こうして一緒に連れ添っている。昨日の今日で、やけにけたたましく報道過熱しているようだ。


「オールドメディアと言うべきか・・・。」


 しかし、地元で起きた異常な事件であるため、地元メディアが報道特集を組むことは一見すると当たり前の光景か。真剣な不利をして振舞っているのを、私も視聴者も見抜いているぞ。ベテラン風のアナウンサーの立ち回りと顔を見ていると、エサの前で必死に媚びた踊りを見せる野良犬のようだ。


「こんな野良犬には、なるまいよ。」


あえて口に出すのは、不快感からではなく決心として受け取ってほしい。

 書くネタもなく、やることと言えばネットサーフィンである。近頃はコスパならぬタイパと言って、時は金なりを地で行くスタイルが定着しつつある。それに加えてドーパミン中毒になったテクノ依存症が大量発生している。依存というよりは、脳の健全な反応と言っていいかもしれない。いつまでも脳に刺激があるほうが、気持ちよくて好きになってしまうのだ。性依存と似た構図を辿るのは、当事者の置かれた孤独によるものか。威張ることではないが、私は二倍速を使って動画視聴をしたり、AIで安易にまとめられたものを信じたりはしない。

 最近のおせっかいなアルゴリズムにかかれば、流行を掴むのも容易いものである。もちろん、アイスが売れれば溺死者が増えるように、その時の季節柄が反映されていることも多い。ともなれば


「心霊スポットねぇ。」


初夏のほんの入り口であっても、何となく熱を察知することができる。これからは、彼らの季節であろう。稼ぎ時と見て、おなじみのメンツが怪談や心霊スポット巡りをし始める。その顔に恐怖の二文字はなく、増える再生回数に胸躍らせるのだ。


「○○トンネルに行ってみた、ある少女の話、13chまとめあの事件の真相なんだけど、原因不明の感染症、怪談2時間まとめ。これから数字を稼ぐには、なるほどな。」


 自覚のない悪意が、大きく体をうねりながら生命の赤き滝を上っていく。目指すは口ではなく前頭葉である。まるで、自ずから悟ったように行動させたいようだ。ハリガネムシに寄生された人間カマキリは、水辺を目指す。しかし、本当に近づきたいものは水辺ではなく、水面に漂う光の群れなのだ。それと勘違いした私は、アスファルトの上で乾いたまま幕を閉じる。その運命までを描くだけの才があれば、こうして苦労もしていないだろうが。


「心霊スポットに行こう。いや、心霊っぽいところにして、嘘つけばいいや。それっぽい場所の写真撮れば、何とかなるでしょう。AIでも使って画像生成すればいいし。」


 本物の心霊スポットという言葉が成立しているかは置いて、一人で行くのは危険すぎる。友達を集めようにも人望があるように見えますか、ということである。自分の文章力や構成力を試すために、ノンフィクションヅラをしつつフィクションであるモキュメンタリ―の形式に則って、ある種想像力と妄想力だけで展開するブログ連載を開始しようと思う。そうすれば、あらゆる問題を解決しつつ、数字も稼げるであろうと画策していたわけであるが、こういう時に限って興味深いのは、何から書きだせばよいかが分からなくなることである。いざ手にした自由というものを握らされたまま、意味もなく外を散歩するような無計画さのようで、今までできていたことが突然できなくなる感覚である。

 香織の脳内に、それはそれは恐ろしい計画のようなプロットが浮かぶが、あまりにも資本主義に尻尾を振りすぎている。


「本当にやるべきことなのかな。」


それから書きだす一文に、私の心はかき乱される。けれど、魅力的でしばらく眺めていたい。この先巻き起こるであろう結末や、魅力的な報酬に焼かれた脳みそのまま、来るべき責任を取ることになるだろうが、それでもフィクションであるというスタンスを取り続ければ、どうにかなるだろうと考えている。この数分の間に、自分がなぜ仕事もせずに堕落しているのかがよく分かる。気を抜いていると内に潜む悪魔が語り掛ける。


「どうせ、バズらないし。」


 甘美な誘惑に乗り、思い込みの神通力によってあたかも書かされたかのように、ブログを書き始める。


”これは、とある行方不明事件に関するものです。”

”みなさんは覚えていらっしゃいますだろうか。あの忌まわしき神隠し事件を・・・”


幼稚園に通っていた頃の記憶を辿ると、ある会話だけを思い出す。毎日を何も考えることなく生きて、けがをして、迷惑をかけた。ただあの時の、ピンク色の象の滑り台の下でした


「きっちゃんは連れていかれました。」


というのだけは、いつも思い出しては記憶の蓋を閉じようと押さえつけている。おままごとでした会話とはいえ、妙に現実的で胸に迫るものがある。目を開けながら考え事をする癖がある私が、その際にこの会話を思い出していた、などと言えば痴れ者を触れるように気遣ってくれるだろう。

 そうした強烈な体験は、創作に大きなイメージと展開を与えてくれ、まさにミューズのような存在である。いつも女神に頼ってばかりではいけないが、歌に誘われ耳を傾けるように、私はただキーボードをタイピングしている。思いのほかストーリーができあがって調子に乗り、それにつれてタイプングの速さと音が顕著に増大し、完成間近になって手のひらが汚れていることに気づいた。


「ゴホッ、ゴホ。」

「あら、あんた風邪?部屋に引きこもってるからよ。早く仕事しなさい。」

「今、良いところなの。静かに。」


 昼食の時間にもメモを取るようにして、今後の計画を練っていた。その様子をわずかに見た母は、決まって同じことを言う。


「また、人が死んで。あんたの作品はいつも人が死んで嫌やな。」

「いつも死んでるわけじゃないよ、今回はたまたま。」

「いやん、どっか脳がおかしいんじゃないの。手がかかることはやめてよ。」


冷凍のカルボナーラを急いで口に入れ、完璧に冷えきったコカ・コーラを流し込む。このマリアージュは、急いで行わないと腹に溜まって食えなくなってしまう。胃のもたれこそ人類最大の敵である。それは、食事が唯一の楽しみになってしまった側の意見だが。


 


 夏の入りであれば風の心地よさも知れる。しかし、鉄の壁に覆われた塀の中ではいつでも同じである。ここに集まる愚者の群れに、現代技術を味わうだけの資格はなく、許されざる者たちは後悔や更生よりも、この暑さで頭がいっぱいであった。


「今年の夏~は、どうだった♪去年と比べていかがわしっ。ルルル、お日さん照らしてくるわね、そりゃここ檻だもの。」

「歌うな。」


慣れた気分で制止する刑務官は、聞き飽きたというより目覚ましを止めるような感覚であった。お行儀よく、叩けばすぐ口を閉じるので、手古摺らせるようなこともなかった。そうした気の緩みから、悲劇は起こりうるものだ。


「今日は暑いなぁ。日毎更新するとはいえ、今年は最悪じゃあないか。」

「4122番。」

「はっ!発言許可を頂いてもよろしいでしょうか。」

「・・・・。」


つまらなく、聞くだけでイライラして感情的にさせる極致のような声色、言葉選びのようでわざとやっているに違いないと、受刑者や刑務官から疎まれている。誰も傾聴に値しないと耳をかさない日々であったが、この頃の妙な時代のねじれに、彼の言葉に重みがあることを知ることになる。


「みなさん、ご家族ご親戚ご友人に忠告ですよ。ほら、そこのあなたも。」

「誰に話しかけている。」

「喉にお気を付けください。病は気から、ですからねぇ。」


もしも、呪いが存在するのならば、あなたは誰を呪いたいだろうか。







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