そこにあったはずのもの
昨日の情報収集で得た丸山希依の話を二人にする。さすが刑事と言うべきか、二人ともが首元にあった謎の痕について興味を示す。そして、一緒に手帳を確認した際の湊くんに関する索状痕らしきものも覚えていた。それから話は早く、彼女に会って詳しい話を聞こうという算段になった。
「加藤さん。」
「どうした暗い顔をして。」
「自分はオカルトが好きですけれど、それを事件に利用したり隠れ蓑にしたりする奴は、許せないんです。だから、早く犯人を捕まえましょう。」
おいぼれの乾いた肌を癒すためか、下瞼から熱いものがこみ上げてくる。
「林!育っているだろう!若い芽が!」
「坂田、俺たちで解決するんだ。」
寂れた商店街を進んだ先にある五階建てのマンションに、彼女は母親と一緒に住んでいる。妙に静かで、妙に視線を感じる。家は乱立し開けた場所を探す方が難しいぐらいで、この辺りの子供はどこで遊ぶのだろうか。
「505号室です。」
「よりによって一番奥か。」
階段を上がって廊下に出ると玄関先に植物が置かれており、目印のようで分かりやすい。我々の靴音だけが響き、深刻さを演出しているかのようであった。
「すいません、先ほどお電話をさせていただいたものですが。」
まるで返答のない冷たいドアの前で、それぞれが気を伺うように黙っている。
扉の前でガサガサとスリッパを履く音が聞こえ、それからゆっくりと開かれた。
「警察の加藤と申します。こっちが林と坂田です。」
「どうも。お入りください。」
加藤に続いて二人は会釈をしてから家をお邪魔する。
「さっそくで悪いのですが、希依さんは。」
その声を聞くまで、閉ざされた自室の前で聞き耳を立てていた。今日警察が来ると言うので、胸に手を当てて自分の過去のすべてを思い出す。小学生時代のあの事が今になって再燃したのか、それともバイト先での押し問答に問題があったのだろうかと。追い詰められたときに鳴る鼓動のリズムが、クレッシェンドのように次第に大きくなっていく。
しかし、自分が部屋から出てくるのを待っているのを察して、心証を害さないためにもガラガラと重い扉を開く。
「はい、私です。」
奥に座っていた若い警察官が、澄んだ眼差しで私の首元をじっと見つめている。何かを探すように顔付近を見られて、こそこそと話している。
「希依さんですね。実は、保育園時代にあった誘拐事件についてお伺いしたいことがありまして。」
「ああ、そうなんですか。」
安堵して、警察にばれないように呼吸を落ち着かせる。
「少し首元を拝見してもいいですか。」
「はい。何もありませんよ。」
彼女が言う通り蛇の痕らしきものは確認されず、化粧で消されてもない。いたって健康な女性の首である。
「ありがとうございます、もうよろしいですよ。誘拐の時に覚えていることはありますか。」
「・・・すいません何も覚えていることはなくて。何度か警察の方に質問されることがあったんですが、何も覚えていなくて答えられなかったんです。」
加藤らは、見城が手帳に記した内容が単なる誤りであるか、それか単なるひっかき傷の見間違いであっただろうと考えた。
「お母さん、お水もらっていい?」
「わかったわ。最近は本当に。」
「何かご病気とか?」
「いえいえ、ここ最近喉がよく乾くそうで、暑くなってきましたもんね。」
坂田が何かを閃いたように、希依に爪を見せてほしいと頼んだ。それを了承して手を差し出すと、坂田の大きなごつごつとした隆々の手が触れて、頬が薄紅に色付く。
「この爪の血はどうされたんですか?」
「最近暑くて、寝ている時に引っ搔いたようなんです。ここの太ももの部分なんですが。」
坂田に見せるのを憚らず、気分良く露わにしてくれた。それは、希依の引っ掻いた傷というよりも、別の何かによって引っ掻かれた傷跡のように見えた。




