古いライター
坂田に手帳を託し、そのままの足で署に戻る。あらかた報告しなければならないこともあったし、人目を避ければ警察署で巻き込まれることもないだろう。そうして署まで帰って来たのだが、全く人の気配がない。互いに顔を見合って、どういうわけかを説明できずにいた。
「人だかりはありませんね。」
「ああそうだな、自惚れてたか。」
署内に入ると大抵の人間が帰っており、署長は残っていた。会議室も整理されており、本庁の人間たちも見当たらない。
「お前たち!」
「署長、お騒がせしました。動画の件は我々も不覚を取りまして。」
「犯人の仕業の可能性も考えて、慎重に捜査をしてほしい。わかったか。」
坂田の胸元にある手帳を見て、安堵した様子で肩を落とし、あらかた撤収させたことを報告する。
「予告通りのことは起きず、新しい犯行予告もなかった。厳戒態勢は敷きつつ、それぞれ手配したホテルや旅館に帰ってもらったんだ。」
「そうですか。」
「今日は、家に帰りなさい。」
その一言に、それぞれが別の表情をして黙ったままでいる。緊張感のない日々、現場との温度差、それぞれはしょうがないと言えばそうであるが、危機感を抱いて犯人を追い詰めるためには、死人が必要なのだ。
外の夕焼けが沈む前に自宅へ帰ることは、各々久しぶりのことだろう。坂田はきっと手帳を読み込みたいだろうし、林は今日あったことをまとめて捜査したいだろうし。
「じゃあ、明日。お疲れさん。」
「お疲れ様でした。」
「お疲れ様でした!」
警察署の前に二人組の小学生が、自転車に乗りながらこそこそと喋っている。
「アレだよ、ネットにあったやつ!あの警察官だよね。」
「そう、バァーッンって。」
SNSで騒がれたけれど、直接ちょっかいをかけて来てくれたのは、少年二人組だけだった。地元の市民たちの反応というのは、昨日と同じ今日である。それぞれの生活や社会があって、それで手一杯。何とか作り出した余裕というのは、自分のために使いたいのは私も同感である。
「君たち、早く家に帰りなさい。」
足をバタバタさせながら、キャハハと大きな笑い声を出して去って行く。その健康的な背中を見守ることが、我々の仕事だ。それが一通の犯行予告状をきっかけにして崩れる。そうさせないために、まだまだ頑張らなければならない。そして、その背中を見ても考えが変わらなかった組織というものに、徹底的な反省と改革をしなければ。
長かった一日は終わり、オレンジ色の炎を消すように夜はやってくる。一人、帰路を歩く加藤はタバコに火をつける。しかし、使い古されたライターは火が灯ることはなく、カチカチと不気味に響くだけであった。




