霊媒師清宮の完全無敵チャンネル
あらかた予定していた目的を果たすと、心にポッカリと穴が開いたように、何かをやらねばならない衝動とエンジンのかからない車体とで、拮抗している。新しい目的が欲しいが、新しく何かが起きるのを待たねばならない状態が続く。仕方がないので、ブログの機能に備わっているメールを確認してみる。より大きな愛を伝えたい人や出版の打診をしたい人などが、この欄に集まるというわけだが、当然この私にかかる言葉など半分以上が罵詈雑言であるから、当然いわゆる”愛の言葉”などは届かないだろう。
「警告です!!!」
このようなタイトルのメールが届く。それを開くには勇気がいるのだが、馬鹿馬鹿しい事柄と向き合わねばならないという勇気だ。
震えるカーソルの標準を”開く”へ合わせる。
「初めまして、私は以下のYouTubeチャンネルを運営しております。清宮でございます。」
その続きよりも、コピペされたURLに興味がそそられて、本文を最後まで読まずにクリックした。そこには、霊媒師清宮の完全無敵チャンネル、とある。サムネイルには、気の良いおばちゃんのような女性が映っており、白い衣装はまるで教科書で見た卑弥呼のようである。
「祓いたまえーー!!!」
動画を閉じて、元のメールを確認しよう。
霊媒師として活動をしているが、気になることがあると言うのだ。
「あなた、悪い気に憑りつかれているわよ。それにあなたは気に入られて、近いうちに災いが起こる。」
これで信じろというのだから無理がある。荒唐無稽な言論ほど、極端な反応を招きやすいため、距離を置いて観察していたいものだ。それを織り込み済みであったのか、これから起こる事象を具体的に言及してくれている。
「信じていただくためにあなたの未来を見ます。外に出ると犬に吠えられます。」
そうであろう。吠えられるだけの人生を送ってきたのだ。しかし、それが未来視の説得力にはならない。
「ショッピングモールに行くと、あなたの高校時代のご学友にお会いできます。それは女性です。」
迷惑メールだろうとそのまま無視をして、ブログを閉じた。出版の打診もなく、数字を稼げたといっても簡単に製本化されるわけではないか。
しかし、ショッピングモールと聞くと行きたいと思うようになった。目的を作ってもらったということで、先ほどのメールの件は良しとしよう。自転車で向かうには億劫であったので、電車を利用して揺られて行こうと思う。市内を走る電車は一両編成の地電であり、ベルをちんちんと鳴らして走ることから、ちんちん電車と呼ばれている。10分に一本のペースでやってくるが、これを待つのには苦労はしない。問題は、どちらの方面に乗ればよいかがイマイチわからないことである。
「お母さん、いつも乗ってたほうの駅ってどっちだったっけ?」
「え?川の方の駅が松山駅方面よ。だから川沿いの方。」
どこにいても踏切の音は変わらず、どこかへ向かう船の出港を絶えず伝えてくれる。交互に照らし合う赤色のネオンが、聞こえる踏切の警告音を強調している。黒と黄色の遮断機を越えれば、あの日と同じようにかなりの怒号が飛んでくるのだ。そうしてかつての友人が、学校全体で怒られていたのを静かに笑いながら見つめていた。




