下り坂
(登場人物)
山田香織 今作の主人公(25)
佐藤さん 香織の近所に住む柴犬の飼い主
家に帰ってからというもの、あの眼差しが気になってしかたがない。大方私の読み通り、あのタロちゃんが負の象徴であろう。しかし、あの情景を見ただけで呪いの類を信じるということは到底できない。まずもって私の考えすぎなだけで、不可解なものを無理やりに理解しようとしているだけだ。
机に突っ伏して明かりを一つ灯したまま、今日の出来事を時系列順に書きだしてみた。強烈な体験と明確な記憶があると、どうしても小説に生かせないだろうかと悩む。あるはずのない呪いに怯えながら、もしもこれがきっかけで私自身の悪意が増幅してしまったら、利用しようとしていることが明るみに出て呪われてしまったら。こんなことは誰にも相談できないが、なにか形に残したいという欲だけは仄かに灯っている。その小さな炎は簡単には消えず、燻る火種が燃え広がってしまわないように一所懸命に消す自分がいる。それが次第に強さを増して、手遅れな気配を醸し出す頃には少しばかりの悪意に心動かされた。
「ブログに書くぐらいなら。」
こんな私でも承認欲求の欠片くらいは引っかかる人生であり、現代においては単純明快で文章の短いSNSを使うことが基本なのであろうが、本来の目的の説明や意図の達成には結構な文章量が必要なはずである。それらが、嫌われる傾向であるのは如何せん無理もないだろうが、この世界にはそうした文章をしっかりと読むことができる人は多いし、読もうという意欲は誰の中にも存在するはずだ。その期待から、長文を書いても忌避されにくいブログに今回の一連の体験を書き記してみようと思う。
激動の一日を終えて、その夜を越えようという時に、4000文字程度の物語を生み出すことができた。古い家屋ゆえに、微かな風が家屋に入り、廊下を渡って自室のカーテンをしっとりと揺らしている。こう恐ろしい物語を書いた後は、その揺れにも過敏に反応してしまう。廊下と階段では特に大きな家鳴りがして、指の骨をぽきぽきと鳴らしている誰かの姿を見てしまうかもしれない。こういう時、いつもうろ覚えのお経を口にして、少しでも気を紛らわそうと努める。または、ネットの浅知恵というかネタであるが、下ネタを言うことで幽霊を払うことができるらしい。それを連呼する姿は筆舌に尽くし難く、一人きりの世界を完全に享受している状態でないと身が持たない。なので心の中で唱えているのだ。暗闇で怖がって目を閉じている私を見つけたら、それは怯える小動物などではなく、下品な言葉でしりとりをしているような女だ。
ブログには、コメントの書き込み機能とイイネ数を表示させる機能とがある。記事がどれくらいの人に見られたかというのは、作者しか知りえない。投稿のボタンをクリックする時の心境は、ぐつぐつと煮えたぎったヘドロのようなものが、弾けて飛沫をあちこちへ飛ばすようなもので、嫌々とそれをひとつひとつ拭いていく。
「私は違うから。」
他のあんな奴らと違って、私は汚らしくはない。まだ誰にもいたぶられていない。その高貴さという鏡に、私は慣れない笑みを浮かべて立っている。本当の自分を隠して、うまく笑えないのだ。
「投稿。」
すぐに結果が出るようなものではない。毎日ちゃんと投稿しているものほど、アルゴリズム的におすすめされやすく、思い出して掘り起こしてきたこのアカウントでは無謀とも言える。しかし、今日一日の終わりとして、経緯を文章化してまとめて、投稿できたという達成感に酔いしれて、そうした先のことを見通すに至らなかった。そのままベッドに寝転がり、憑き物でも落ちたかのような軽やかさのまま、体が空に吸われていかないように掛布団にもぐりこんだ。やけに落ち着く重量感を抱いたまま、今日を忘れた。
朝陽の昇る音までは聞こえないけれど、その輝きが部屋の隅々に差し込む。実際にはその光で目が覚めることはなく、気がつけば朝であった。寝起きは良い方である。昨日の疲れによってではなく、いつもすくっと立ち上がって眠気を吹き飛ばすことだってできる。昨日のブログがどれぐらいの反応があったか気になってうずうずしているが、その欲なるものをぐっと腹に鎮めて、まずは朝食を食べるためにリビングへと下りてゆく。
いつもよりも大きめの音量でテレビが流されていたので、階段を下りる間に耳にすっと入ってくる。
「犯行声明が突如としてSNSなどに拡散され、、、。」
押し殺せずにいた好奇心が、体を強く引っ張る。テーブルに着きながらも、顔はテレビを注視している。
「何食べるの?」
そうした母の声にも
「なんか適当なやつ。」
と空返事をする始末である。
「あなたが好きそうなやつね。」
「この事件が?」
「いやいや、このイチゴね。昨日浜のおばちゃんにもらったやつよ。」
「あー、うん。それでいいよ。」
娘の熱中する姿に、母は昔をしみじみとして、思い出したように語る。
「あんたの小さい頃に、同じような脅迫文みたいなのがテレビでやってて、ずーっと見てるもんだから心配したよ。あ、もしかしてそっち方面の才があったのかしら。そしたら今頃ちゃんと就職もして。」
「はい、ごめんなさいね。」
と言いつつも、そうした小さい頃の出来事は、たいてい当事者は忘れているものである。何かに特別な興味を持っていたとしても、意外と忘れてしまっているもので、こうやって母の口から聞いた時には少しうれしかった。
「そういえば、昨日面白いことがあったよ。佐藤さんていうところの犬を探して、見つけられたの。」
「ああ、あそこの可愛くない犬の。いなくなってたんだ。」
「可愛くはないけど、凛々しい顔つきだったよ。犬嫌いなの?」
「好きではないね、早く食べちゃいなさい。」
8つのイチゴをかぶりつき、ヘタの部分を前歯でがじがじして食す。起きたての粘っこい口内に、イチゴ独特の酸味がチクチクと攻撃してくる。その種をプチっと潰したときの感覚は、幼いころに指で蟻を潰したときの感覚に似ている。土の上ではなく、洗い場の硬い石の部分でプチっと潰した時、残酷な勝利感と優越感とが無垢な魂にこびりついて、指で隠れるしまうほどの大きさなのに、体全体を使って隠してしまいたいほどだ。それを今でも覚えているのは、罪悪感からだろうか。それとも、単に気持ちが良かったからだろうか。
仕事をしていない人間にとって、歯を磨くという行為は意外に難しいもので、それを毎朝毎夜続けるということに神経質になってしまっている。おかげで前歯はかけてしまい、歯茎との境目にできた小さな傷が、今やその中で爪の先端を動かせるほどの広さを確保している。人間にできた傷というものは、たいてい指によって拡げられてしまうものだ。よってこのまま二階へと戻るのだが、今日はいつもと違ってドキドキしながら駆け上がる。
「確認してみますか。」
ノートパソコンを開き、いつぶりかの緊張感を持ってアナリティクスを確認する。そこで今後のすべてが決まるとは言わないが、差し迫った20代を過ごす私からすれば、もう冗談も言えない状況なのだ。
「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ、、、。」
効率化された慣れた手つきで、検索バーから履歴をクリックし、ログイン済みのアイコンから統計を押す。
「おねがい、します。」
両手を合わせて神頼みまでしてしまった。実力というよりも運の要素が強いからこそ、誰かに見つかっていますようにと唱える。子供たちの騒ぐ声を聞き、洗濯ものを干す母の足音を聞き、いつもと変わらぬ日常をあえて変える結末であってほしい。
「あ、増えてるじゃん。200イイネか、まぁそんなとこだよな。」
それは一夜にしてたくさんの人間に視姦された。3000人もの人々に閲覧され、200人からイイネをもらい、45件のコメントをもらっている。これは、快挙であった。そのうれしさを隠しきれないように、狂った歪な笑みを浮かべる。釣り糸で右の頬を吊り上げられているかのように、不自然にクイッと引っ張られているようである。昨日までの様々な不安や恐怖や悪意が、曇天を散らす花火のごとくやってきた希望によって、見事に晴らされた。
「ふー。あーよかった。よかったね。」
少し他人のふりをしてみた。他人になって山田香織を褒めてやろう。お前の全てが報われたんだぞ。昨日のことは全てうまくいったんだ。お前には才能がある。
「ふふ、ふ、ふ・・・。」
ベッドに潜り込んで足をジタバタさせて、オーディションで全身で喜びを表現してくださいと言われたらこうするであろう形を、運動神経皆無の24歳が夢中になって見せつけている。 それから10分ほど経ってから、ようやく落ち着いて天井を見上げられた。心も体も活発なのに、睡魔がそろりそろりと静かに近寄ってきている。
再び目を閉じ、開けば2時間経過していた。また、ブログの統計を見てみると、あれから250イイネほど増えていた。閲覧も10000に迫ろうとしている。これだけ多くの人間に発見されると、逆説的に見られすぎて露になってしまうのではないかと不安になる。思えば、絶えず人の目を気にして生きてきた私は、注目というものに昔から敏感であったはずだ。自分でもクラスかなんかで視線を集める時が何回かあった。その現実が気持ち悪くなって逃げてきたはずなのに、この空間はやけに可視化されすぎている。避けていたことでカウンティングしていなかったが、こうやって統計によって明確な数を目にしてしまえば、ここへ逃げて来た意味がないじゃないか。
「コメント、そうだ、コメント見ないと。」
50件になったコメントにハートマークを付ける必要がある。曇り始めた空に、少しでも明かりを足さなければならない。不思議と、肯定的なコメントよりも否定的なコメントに目を奪われる。一瞬心臓が止まる感覚の後に、一気に血が流れて全身に熱と神経系のショックが伝播していく。それを明確に捉えることはできない。恐れていた悪意が、画面から飛び出して目の虹彩に雲を架ける。やはり、希望と絶望は表裏一体なんだ、と。
「(最近のブームに乗っかっただけ、って感じでした。)」
「(それを"思い込み"って言います。)」
「(小説家目指しててこれか。)」
「(△☆さんよりは面白い!△☆さんよりは面白い!)」
いずれも単なる批判というよりも、神経を突いてくるような作為的な駄文である。駄文であるからこそ、騒ぎ立てるほどの優越を付与させられていないが、どこの誰かもわからない奴の短い言葉に、心を支配されて感情的になってしまうことが当たり前にある現代においては、そうした駄文も無視できない脅威なのである。
「まぁしょうがないか。」
これも有名税とやらの一つであろう。嫉妬されるような文章を目にしてしまえば、その偉大なる看板に卵の一つでもぶつけたくなるのは理解できる。悲しいことではあるが、何の反応もない毎日を過ごしていると、例え辛い言葉の棘であっても嬉しいと思ってしまうのだ。それがどんな形をした返答であっても、私という存在の輪郭をなぞるだけの役割をしてくれる。透明になってしまい、心さえ露わになろうかとした時に、存在の肯定をしてくれたのだ。だから憎めないし、ブロックや通報ができない。それらは等しく尊いのだ。
リビングにいる母に、やっといい報告ができると浮かれている。その娘の姿を見て、母も察するほどには親子関係がある。
「お母さんあのね、ネットに書いたのを乗せたんだけどね。」
ブログというと通じない可能性があったので、ネットと言い換えたがそれほど知識もないだろうし、大丈夫だろう。
「それで?」
「前言ってたじゃん、小説家になりたいって。」
「ほうほう。」
「それがうまくいきそうなの。」
母は笑みを浮かべて喜んでいそうな感じがした。だから、私の期待するような、喜ぶようなことを言ってくれるだろうと。
「それでご飯が食べられるの?」
「いや、その段階にはまだ・・・。」
「まぁ書くんは好きしたらいいけど、ちゃんと仕事をしないけんよ。明日ママやパパが死んだらどうしていくの?どうやって生きていくん?」
「ううん。」
唇を固く閉じ、毛虫のようにうねうねとさせる。
「収益化できれば稼げるから。」
「あれでしょ、ブログなんでしょ。それってテレビみたいに広告で稼ぐわけでしょ。小説で稼いでるわけじゃないよ。」
「いや。」
「香織、ちゃんと勝負しなさい。それとバイトぐらいしなさいよ。」
母の言う通り、簡単に収益を稼ぐことはできない。まいしてや諸々のインフラ費を払って生活していくだけの金額など、これからどれくらいかかるかも予測できていない。実力ではなく運で得た数字は、持続する期待がない。その間に実力によって安定化させることが、これまでの実績や経験からは不可能である。
「ちょっと、神社行ってくる。」
「あれ、神頼みなんて意味ないんじゃなかったの?」
「別の神社!」
感情がバラバラになったり元に戻ったりを繰り返して、まるで弟に壊されたパズルを一から組み倒して、また壊されてを繰り返す兄の心境である。うれしいんだか悲しいんだか分からないまま、部屋に戻ってはみるものの、ただ力が抜けて萎んでしまっただけの風船が、再びベッドに横たわるだけで一日を終えるのだった。




