猿鳥犬
教授の話は簡潔で、我々にも分かりやすく伝えようとしてくれている。その前向きな精神は、自ずと学生時代へと戻してくれて、学生たちに慕われているのが何となく理解できる。彼が説明をしてくれている間、作業中の学生たちがチラチラと教授の方を見て、くすくすと小話をしている。それが嫌な笑顔ではなく、子を見る母のような微笑みであった。
「ちょっと聞いてもいいかな。」
加藤と林が教授と話している間に、坂田が学生たちに聞き込みをする。彼らの意見を聞き出すのに、年齢が近い方が都合が良いだろう。女学生の二人が互いに顔を見合った後、坂田のほうをじっと見つめる。
「私たち何も知りませんよ。」
「ありがとう。聞きたいのは教授のことなんだ。」
「南方先生は・・・わくわくした様子で。あの史料だこのイラストだって準備してました。」
「そうなんだね。先生は悪いことしていないかい。」
「もちろんです。よく気遣っていただいてます。」
教師にかけられた疑いを晴らそうと弁論する姿、ここに偽りがないのは明らかである。彼女たちが作業する土器について聞けば、機嫌を直してくれるだろう。
「その模様は、なんだと思う?」
「これは、うーん。なんて答えればいいのかな。」
「まぁ、分かりやすい方が良いんじゃない。これとかさ。」
「これはですね、お祭りの様子を描いたものですね。」
白熱する先輩方を背中に感じつつ、ここには若さが溢れている。
しかし、その祭りの模様よりも書かれた文字のようなものに目がいく。
「この文字みたいなやつは、なんて読むのかな。」
「当ててみてください。」
「えへへ、そうだなぁ。」
そのまま静かに時が過ぎる。文字に見える三つの模様を見ていると、一つずつ音が消えてゆく。高い音から順番に、一つ一つをミュートにしていく作業をしているようで、一番低い音まで消していった先には無音ではなく、存在そのものを消し去ろうとする力を感じた。その催眠のような魅力に引っかかっていると
「さ・が・せ。」
と出したことの無い声で喉が震えている。
「違いますよ、お兄さん。」
と彼女たちにバシッと叩かれたことで目が覚めた。
「え、ああ違ったかな。」
「正解は、犬猿鳥です。」
彼女たちのおかげで助かった。話の流れとはいえ、警察を叩いてしまったことに少し現実味を感じているらしい。坂田が安心感から砕けた表情で笑っていたので、彼女たちも緊張が解けた様に汗をかいていた。
「猿鳥犬は、方角的に言うと鬼門と対を成すんです。なので、災いに対抗するためのおまじないのような意味があるんじゃないかと考えているんです。」
それが妙に納得のいく説明であったので、それを模したお守りを持ち歩こうと思う。




