第二章 神域編 八話
「そんなことよりキミたち、ちょっとこれを見たまえ」
異形との戦いから解放されて、浮かれていた私たちに何やら弓菜さんが声をかけてきた。
見ると少し離れた場所で手招きをしている。どうやら、私たちが目を離していた隙に異形の体を調べていたらしい。
「どうしたの?」
「ほら、この布だ。どこかで見覚えがないか?」
弓菜さんは異形の上半身に装着されている鎧の内側から、何やら朱色の布地を引っ張り出していた。
それは目の細かい織物で、特に模様の類は施されていないようだ。
「見覚えって、さっき戦っている最中にも見たけど?」
「いや、これってどこかで……」
凝視したり触ったりしていると、つい最近の記憶が思い浮かんできた。
「ああ、思い出した!
これってあのお婆さんが川で染めていたヤツじゃない!? 色と手触りが似てる!」
「だろう。あの布地と符合する点が多い」
それは数日前、依頼で川に調査しに行ったときだ。
そこで出会った妖怪のお婆さんは、その布地とよく似たもので染物の仕事をしていたんだ。
「でも、何でそれがここに? これって販売しているの?」
当然、そのお婆さんは染物屋さんに雇われていたのだから、その布が商品として市場に流通している可能性はある。
「いや、販売した形跡はない。まだ試作品だったというのが、警察の見解らしい」
「つーか、その織物屋はどうなったんだよ? 潰れたのか?」
「あ、そういえば」
今まで忘れていたけど、私たちはあの依頼の経過報告をまだ聞いてはいなかった。初めての依頼だったし、色々と気になっていることはあったんだけど。
「ふむ。家宅捜査が済んで営業停止状態だ。既に警察も引き上げていて、今いるとしたら店の関係者ぐらいだろう」
「じゃあ、やっぱり流通はしていないんだ。ということは……」
「この異形に着せやがったのは、店の関係者である可能性が高い、ってことだな」
譲渡していたり盗まれたりしている可能性もあるので、一概に誰が着せたとは言えないけれど、流通していないのならまず製造者が係わっている可能性は高いだろう。
「でもそうなると、この布に何らかの秘密があるってことだよね」
「だろうな。それなら、こいつらが町の内部にまで侵入できた理由が説明できる」
異形は魔力が充満するこの町には入って来られない。それが可能となる手段があるとすれば、魔力を遮断する道具が存在していた場合だけだ。
もしそんなものを意図して製造し、異形に纏わせていたのだとしたら。
それは完全に、町に異形を引き入れることを目的にしているみたいじゃないか。
なんて憶測を重ねてはみたものの、やはりここでは確信は得られない。
「取り敢えず、その店に行ってみるのが早いな」
「うん」
ここで答えが得られないのなら、それが効率的なのかもしれない。
「あ。でも依頼の方はどうするの? 妹さん探しの途中だけど」
「それがな。どうやらその少女も今回の件に係わっている可能性があるんだ」
「…………はい?」
「先程あった連絡なんだが、どうもこの異形の侵入を手引きしたのがその妹さんのようなのだ」
「――え、ええ!?」
どういうことだろう。どういう情報があればそんな見解に至る?
「神域に入るための申請届を調べてもらっていただろう。
立ち入り許可が出ていたのは一人の少女と、三人の巨人型の妖精。だったらしい」
「妖精って」 それはこの異形たちのことなのかな?
「申請書類に不備はなく、有力者の正式な紹介書もあったため許可は簡単に下りたそうだ」
「その有力者というのは?」
「ある財団の幹部。どうやら金で紹介書を出した節がある」
何やらきな臭くなってきたな。
そこから先を探ることはできないのだろうか。
「しかも今現在、他の地区にも巨人が暴れているらしい。
あるいは行方不明になっていた他の少女たちが係わっている可能性もある」
「ええ!? そんなことになっているの!?」
暴れまわっているって、大変じゃないか。早く何とかしないと。
「記録では既にこの神域に妹さんはいないようなので、やはり手懸りはあの染物屋にありそうだな」
「そう、だね」
あまりにも急な話に、私はついて行くのが精一杯だった。
まったく、どんな超展開だろう。異形が現れることですら驚きなのに、それを引き入れたのは私たちが探していた人物だったなんて。
どうしてそうなったのか、とても私の頭では想像できない。
結局私たちは、このまま織物屋に向かうことにした。
現状で本当に依頼人の妹さんが係わっているのかだけは、しっかりと確認しなければならなかったんだ。
私たちが移動を始めたその時点で、町は本当に大変なことになっていたみたい。
市街地で暴れ回る異形に、警察や軍隊、それに研修中の塾生たちが対応に当たっていたそうだけど、やっぱり簡単に鎮圧することはできなかったみたいだ。
そんな事態を、最終的に片付けられたのは亜人たちの手助けがあったからだという。
命をかけて奮闘する彼らの活躍は、称賛されるものだったみたい。
町の仲間たちとして、彼らは一丸となって協力し合ったのである。
まあ、私たちには関係のない話だけどね。




