表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
80/86

第二章 神域編 七話

 異形の凄まじい攻撃に、私は死を覚悟した。

 回避も防御も不可能。

 残された未来は無惨な私たちの残骸か――

 しかし、それに対する孝也くんの行動は常軌を逸していた。

 異形の拳に合わせて、孝也くんも同じタイミングで拳を繰り出したんだ。

 拳同士が衝突し、私たちは大きく弾き飛ばされた。

「うわぁ!」

 衝撃と圧力の空中疾走。

 私は孝也くんに抱き締められたまま、訳がわからなくなり上下左右の感覚を失った。

 しかし、孝也くんは冷静だった。

 空中でバランスを取った彼は、そのまま着地をしつつ足で勢いを殺して停止したのであった。

「ふ、ふわぁ〜」

 目が回る。

 吹き飛ばされたのだから感覚が狂うのは仕方がない。

 しかし私も訓練している人間なので、すぐに意識を取り戻すことができた。

「大丈夫か」

「う、うん。なんとか」

「そうか。じゃあ作戦会議といこうか」

 私の拘束を解いた孝也くんは、異形に視線を向けつつ質問してきた。

「どうやって倒せばいい?

 お前の経験が頼りだ」

 どうやら私に作戦の指揮を仰ぎたいらしい。

 でも私もこんな特殊な状況の経験は多くない。

 あの異形は二体が合体しているんだけど、そんな異形と戦ったのは数回しかないんだ。

「う〜ん。弱点はやっぱり頭だけど、ああいうふうに合体して複数の頭がある異形は、一つの頭を潰した瞬間に強くなる気がするんだよね。

 多分、命令が統一されて動きに無駄がなくなるんだと思う」

「じゃあ両方の兜を壊して、頭を一気に潰せばいいんだな」

「簡単じゃないけどね」

 孝也くんは一つ頷くと、迷うことなく行動を開始した。

 さすが孝也くんの行動力は高い。

 驚愕の脚力でぐんぐん異形に近づいていく。

 だけど勿論、異形も黙ってはいない。向かってくる孝也くんを潰すため、嵐のように複数の拳を繰り出した。

 孝也くんはその攻撃を避けたり殴って勢いを逸らしたりして、少しずつ距離を詰めていった。

 やがて異形の体に到着すると、ジャンプしてその胴体部に飛び乗った。そして全速力で頭に向かい駆け上がる。

「うおぉぉぉっ!」

 最初に狙ったのは後ろの頭部。視界のない後頭部に向かって拳を放った。

 が――

 不意に、孝也くんの前から狙っていた後頭部が消えた。

「なにぃ!?」

 私から見たら、ただ異形が前に屈んだだけだったんだけど、孝也くんには消えたように映ったことだろう。

 そして次に孝也くんが見たのは、自分に視線を向ける前の異形であった。

 その異形は上半身を回転させて、真後ろにいた孝也くんに殴りかかろうとしていたんだ。

 孝也くんは空振りをした格好のままで、体制を立て直すことができないでいた。

 そんな孝也くんに、異形は無常に拳を叩き込もうとする。

「孝也くんっ!」

 終わった。そう思った。

 孝也くんは間もなく致命傷を受けることだろう。

 だけど、孝也くんは吹き飛ばされなかった。

 それより早く異形の腕が切断され、巨大な手が空高く舞い上がったからだ。

「……ここまでか。まあ良くやったと言っておこうか」

「あれは……」

 孝也くんが何とか体勢を整えながら石畳に着地したとき、異形の背後に人影が現れた。

 異形の背と肩を踏み台にしたその人物は、扇子のような物を一度だけ水平に薙ぎ払った。

 ―――――――

 次の瞬間、異形の頭部が一瞬にして切断された。

 そのまま二つの頭蓋が石畳に転がると、直後に異形は活動を停止した。

 徐々にその全身が傾いていき、やがて轟音を立てながら倒れ伏したのであった。

「うわ!」

 大地を揺るがす振動と、舞い上がる砂埃。

 しかし、そんなものなど気にする様子もなく、その扇子を持った人物は石畳に立っていた。

「ふむ。体の切れが良い。納豆か? 納豆が良かったのか?」

「弓菜さん!?」

 あっさり異形を倒してしまったのは弓菜さんだった。

 当の彼女は、何やら怪訝な顔で素振りをしている。

「た、助けてくれたの?」

「キミたちの頭があまりにも動いていなかったので仕方なくな」

 何故かいきなりバカにされた気がした。

「頭がって」

「ここをどこだと心得る。

 魔素のない外と同じように戦ってどうするんだ?」

「え……?」

「異形がこの町に入れない理由は、魔素によって神経伝達が阻害されるからだと言われているだろう。

 つまり異形に肌を露出させた時点で、勝負は決まっていたんだよ」

「あ……」

 最後の異形は下半身を切り離し、超再生によって素肌の足を晒している。その状態の異形に何の影響もないなんてあり得なかったんだ。

「じゃあ、放っておいても歩けなくなったってこと?」

「それどころか活動自体が停止していた可能性もある。キミたちはただ時間稼ぎをしているだけで良かったんだ」

「…………」

 私は間抜け面を晒した後、

「たはー」

 と言いつつ額に手を打った。

 まったくもって、迂闊としか言いようがないじゃないか。敵の性質を失念した挙句、仲間の命を危険に晒したんだ。それで本当に討伐の専門家と呼べるのだろうか。

 なんて私が苦悶している横で、いつの間にか孝也くんが現れて普通に弓菜さんに話しかけていた。

 まあ、気にしてないのは有難いんだけれども。

「つーか、その扇子? は凄ぇな。そこらの刃物より良く切れるじゃねぇか」

 どうやら私の失態より、敵を倒した武器の方に関心があるようだ。

 責任を追及されなかった安堵はあるけど、蚊帳の外である私としては複雑な気分である。

「これか? これはただの檜扇さ。普通の紙と木でできた扇子だよ。確認してみるかね?」

 と弓菜さんが孝也くんに渡したので、私も興味に釣られて色々と眺めてみた。

 確かに、一部に銀の綺麗な装飾があって高そうだけど、品物自体は普通の扇子だ。角が鋭利だとか、刃が仕込まれているとか、そういった特別なものはない。

「ふぅん? じゃあアンタの技術……いや、技能が凄かったってことか?」

「コツと気合だな。紙で割り箸を切断することと似たようなものだ」

「規模が全然違う気がするが……」

 普通の人が気合いで異形が倒せたら世話がない。

「ちなみに値段はどれぐらいするんだ? 随分と高そうだが」

「ふむ。単価で六万」

「高ぇ!」

 驚いて孝也くんが落としそうになるのを、慌てて私が掴み取った。

 確かに美味しい御飯が何回も食べられる値段だ。まあ、食べ物で換算するのは卑しいと言われそうだけれども。

「ヒノキは古くから神聖な樹木とされている。その退魔の効果が重要なのだよ」

「へぇ、そんな効果があるんだ」

 だから高いのだろうか。素材の値段というものは確かに馬鹿にならない。

「じゃあこの銀の装飾にも意味があったりするのか?」

「昔から銀も魔を払うと言われているな」

「へぇ、ちゃんと意味があるんだな」

 どうやら値段が高額だっただけに、孝也くんは扇子のことが気になっていたみたいだ。

 このご時世、わずかなお金もなくて餓死する人間は割と多い。

 外の世界では無意味な物にお金を出す余裕なんてないんだ。

「じゃあさ、扇子を武器に選んだ理由もあるのか?」

「それは当然、風が起こせるからだ」

「風が起こせる?

 風を起こして何かの意味があるのか?」

「無論、涼しい」

「は? 戦闘に役立つとかではなく?」

「戦闘の役には立たんな」

「それただの扇子と何が違うんだよ」

「普通の扇子だが? 切断するのはコツと気合いだと言っただろう」「魔除けとか関係ないじゃないか!」

 どうやらあまり扇子である意味はなさそうだ。

 まあ、夏だからね。

 外見的にも、無骨な武器より扇子の方が涼しげで良い。

 ただ疑問なのは、そんな高額な武器(という名目の私物)が、経費で落ちるのかどうかだが。

 ……うん。この町の闇は深そうだ。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ